5月31日、日曜日の午前、新文芸座で見ました。帰国してから最初の、久々の池袋。異文化…
見たい、見なきゃだった映画をようやく。原題の後半部分を英語にすると”It Had To Be With You”、邦題は『エリス&トム ボサノヴァ名盤誕生秘話』。
こないだのEgberto Gismonti & Daniel Murrayのライブを逃したり、ライブ方面では気が付いたらもうその日でびっくり~既に手遅れ、というのが最近多すぎて、これはロンドンで演劇などを2~3日前とか当日に決めて行く、というのを繰り返してきたせいだと思う - 違う、怠惰で情報に鈍く疎くなっただけよ。
1974年にリリースされたElis ReginaとAntônio Carlos Jobimによる“Elis & Tom”は、ブラジル音楽、という枠を超えて誰もが認めるとんでもない名盤だと思うが、その現場の制作過程をとらえた16mmフィルムの映像を中心としたドキュメンタリー。監督はElisの当時のマネージャーだったRoberto de OliveiraとJom Tob Azulay。共同脚本にはNelson Mottaの名前がある。
最初の方の"Águas de Março" - アルバムのオープニングの『三月の水』をふたりが向かいあって掛け合いしながらレコーディングしている光景で鳥肌が立ちすぎて寒くなる。曲のなかで発せられるふたりの声の近さ、遠さ、互いに突きあう発声がリズムを刻んでそれが歌となる不思議な対流のなかで音楽が形作られていく驚異が映像として残されていて、エンディングのあの高い音がElisの声だったことを知って驚愕。鳥だったのか。
前半で、このレコーディングに来るまでのElis Reginaの軌跡、Tom Jobimの軌跡がそれぞれ紹介される。Elisは歌手としてブラジル国内では無敵となり、ヨーロッパ各国でもそれなりに人気は出たものの、キャリア10年を経てその次が見えなくて、そこで当時の軍事政権のイベントで歌ってしまったので叩かれて萎んでて、Tomは60年代にボサノヴァの旗手としてアメリカで広く知られるようになったものの、音楽の探求と洗練が人気には結びつかずにちょっと腐っていて、互いに「それはとても有意義な取り組みだと思うな」って棒読みをするだけ、もちろんキャリアの傷になることはないだろうしお金にもなるだろうし、くらい。 この時Elisは28歳でTomは47歳 - 同じくらいかと思っていたのに20歳近くの差があったとは。
今だから言うけど、という形で語られる現場でのふたりの確執 – Tomは当然自分でコンポーザー、アレンジャーを含めて全体の統括までやるつもりだったのにElisは自分の夫でピアニストでアレンジャーでもあるCésar Camargo Marianoを連れてきたので、音楽面でも簡単に衝突して、初日からマネージャーのOliveiraに「もう帰る」になるあたりはまあそうだろうなー、程度で、でも18日間かけて音楽的な落としどころをみんなで見出していった、というHélio DelmiroやPaulo Bragaといったミュージシャンたちが(彼らの証言も含めて)すばらしい、というかブラジル音楽の底の深さと恐ろしさはここにあるのだよ(どこから来るのか知らんが)、って改めてEgberto Gismontiを逃したのを悔やむ。
Tomのアコースティックに空間の拡がりを求めていくアプローチとElisの声の震えと響きでエレクトリックに世界を埋めていくアプローチをどう束ねてひとつの楽曲として構成していくのか、ジャズのエレクトリック化としてむきむき筋肉をつけていったジャズ・フュージョンの塊りとはまったく異なる可能性がここにはあったし、そういうところも含めて問答無用の名盤だったのだ、と。
この映画の中のElis Reginaは本当に楽しそうに歌っているのだが、彼女以外に映っているのはすべて男性ばかりで、こういう中でどんな思いだったのだろう、とか、タイトルも”Tom & Elis”にしたがった、というし。… というあたりで引き裂かれてあがったりさがったりしながら見ていた。
6.03.2026
[film] Elis & Tom: Só Tinha de Ser com Você (2022)
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