6月2日、火曜日の晩、アイルランド映画祭2026をやっている恵比寿ガーデンシネマで見ました。
『劇作家サミュエル・ベケット ⽣誕120年記念上映』ということで、Neil Forsythが脚本、James Marshが監督したベケットの評伝映画で、イギリス・ベルギー・ハンガリー合作映画。 邦題は『まずは踊れ』。
併映でBeckett自身が唯一映画の脚本に携わった24分の短編 – “Film” (1965)も上映される。監督はAlan Schneider、撮影はBoris Kaufman。
モノクロで、登場人物(Buster Keaton)とカメラの視点を交互に微妙に対比、交錯させながら、見ること、見つめることのギャップとか違和を亀裂のように老人の震えのように描きだしていく。それらを定着させてしまうフィルムというものについて。
でも終わって残るのはBuster Keatonの掌とか指とかふっくらした老人のそれだったり。
同時上映で短編をやるなら、本編の方でも上演中の舞台(の一部)が映しだされる一幕もの”Play” (1963)を映画化した”Comédie” (1966)をやればよかったのに。キャストはMichael Lonsdale, Eléonore Hirt, Delphine Seyrigだよ。
Dance First (2023)
1969年のノーベル文学賞の授賞式で、Samuel Beckett (Gabriel Byrne)は名前が呼ばれて席を立つと「くそったれ」みたいなことを呟き、そのまま会場を後にして、そこの屋上かどこかにはもうひとりの自分(告解師?)がいて、懺悔告解をするかのように過去を吐き出しながら、ノーベル賞の賞金を誰に寄付すべきか、もうひとりの自分と対話していく。
幼い頃の彼は何事にも理屈っぽくてやり込めようとする母よりも優しい父のことが好きだったのだが、父は早くに亡くなり、若くに家を出て大戦前のパリに渡ったBeckett (Fionn O'Shea)は憧れのJames Joyce (Aidan Gillen)と出会って彼の家に出入りするようになるのだが、彼の娘のLucia (Gráinne Good)の世話をするのが嫌になって、Joyceとはそれきり。
その先は戦時下のレジスタンス活動中、いきなりナイフでフィジカルに刺されて死にそうになった事件を機に近づいていったSuzanne (Léonie Lojkine 後でSandrine Bonnaire)とのこと、活動中にナチスに拉致されて、その後ベケットが長く罪の意識で苦しむことになる親友Alfred (Robert Aramayo)のこと、後年に翻訳者として親しくなってSuzanneとの間に亀裂をもたらすBarbara Bray (Maxine Peake)とのこと、など。
波乱万丈、と言うほどではないものの、節目節目に常に女性がいて、ノーベル賞の賞金を誰に? とか議論できる程度にはじゅうぶん活動してるじゃん、だったが、やはり相当女性に対してはいろいろ思うところがあったのではないか、と思わせるような描き方をしている。例えばSuzanneの目線で描いてみたらどんなふうになっただろうか? そのうえでも”Dance First”とか言えるのか、とか。
この映画ではただの脇役でしかないBarbara BrayはHarold Pinterと活動したり、翻訳者としてMarguerite Duras、Jean Genet、Julia Kristeva、Philippe Sollersなどを英語圏に紹介したひと。みんなそれなりの足跡を遺した人たちなので、別のいろんな角度からも見てみたかった、とか思った。Shakespeare and CompanyのSylvia Beachも少しだけ出てくる。
ほぼフランスが舞台だったりするので、彼の前衛に対するフランス文化圏の適合ぶりはわかるのだが、他方で彼の(and Joyceも)アイルランド性(のようなもの)がどんなふうに醸成され表れてきたりひん曲がっていったりしたのか、その辺があったらよかったのに – となると、やはり彼の舞台作品を見て掘っていくしかないのか、って。
でも俳優がうまいからだろうか、湿っぽいところがぜんぜんなく枯れてからっから、なのはどこかベケットぽくてよかった。
6.08.2026
[film] Dance First (2023)
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