6.09.2026

[log] Nara / Kyoto / Osaka - June 05 2026

6月5日、金曜日に会社を休んで奈良~京都~大阪の日帰りに行ってきたので簡単な備忘を。

前回、5月5日に京都日帰りをやって、それが思っていた以上に簡単に済んでしまった(ロンドンからパリ日帰りと比べたら – 比べるな)ので、少し範囲を広げてみよう、程度で。


神仏の山 吉野・大峯 - 蔵王権現に捧げた祈りと美  @ 奈良国立博物館


新幹線で京都に着いて、そのまま近鉄のホームまで真っすぐ行ってそこにいたのに乗って奈良へ。
日曜美術館で仏様たちの群れをえっちらおっちら山の上から降ろしているのなどを見て、どうしようかなー、だったのだが7日に終わってしまうし、終了間際の土日は混むだろうしー って5日にしたのはそういうわけ。

9:30開場で9時前に着いたら既にすごい列で唸ってしまった。

蹲った小さい仏さまなどの塊りがいっぱいごしゃごしゃ置かれているところがとてもよくて、「秘仏」の看板のかかった蔵王権現立像もその流れで。青いでっかいやつはVR表示のみだった。あれは降りてきていなかったのかー。


特別展 北野天神  @ 京都国立博物館

この企画展は5月にも来たのだが、北野天神縁起絵巻(承久本)が忘れられなくて、第八巻の展示替えなどもあったようなので、もう一回。あの絵巻の漫画みたいな展開と描かれている雷神とか魔物とか噴いて渦を巻く炎とかが素敵すぎて(道真どうでもよし)、これの全部並んだのを続けてみたいので、こういう展示ではめったに買わない図録を買ってしまった – 絵巻、もうちょっと拡大して載せてくれてもよかったのに。 今回、京都はここだけ。


MOCOコレクション オムニバス - 初公開・久々の公開 - PART2 @ 大阪市立東洋陶磁美術館

京都から電車で大阪に移動する。この近辺は地名・駅名を見てもさっぱりでGoogle Map頼りの1時間強。

今回のこれは過去寄贈を受けたりしたいろんなとこのを纏めてお蔵出し~、のようなのだが陶磁器の世界は西も東も新も旧もぜんぜんわからないので、何を見てもわあーきれいーすごいー、しかない。濱田庄司のだけ、こないだ日本民藝館で見たな、程度。


没後50年 髙島野十郎展   @ 大阪中之島美術館

もうじき渋谷にも来るらしいが、何度でも。2016年に目黒で『没後40年 髙島野十郎展 ―光と闇、魂の軌跡』を見てから、もう10年になるのかー。

蝋燭の光、陽の光、月の光、カラスウリ、さくらんぼなど、その光の明滅、その表面、真ん中の焦点をじっと、穴のあくほど見つめた前回の展示から10年…  
でもこういう絵画に「魂の」とか付けるのってなんか違うと思うのよね。ゴッホとかでもその傾向あるけど。


中西夏之 緩やかにみつめるためにいつまでも佇む、装置  @ 国立国際美術館


大阪まで来たのはこれがあったからだった。タイトルが既に中西夏之的に装置化されている。

初期の油彩から、クールにやばいハイレッドセンター期から、70年代から晩年まで、我々が「穏やかにみつめるために」「いつまでも佇む、装置」としての絵画、が、街角に置かれたサイネージディスプレイのようにそこにあって、でもそれらをじっと見ていると、あの卵たちのようになかでなにかが蠢くやつが頭のなかにシンクロするように湧いて拡がる。そのために置かれた装置。

それにしても後期作品の抽象のありようのおもしろいこと。みつめて穏やかになるのではなく、「穏やかに」が先に来てしまう不穏さから入り「みつめるためにいつまでも」が主で、どうしてその装置は「佇む」のか。装置は設置されたり作動したりするものではないのか、など。 絵画と言葉を巡ってだらだらといくらでも。

その上でやっていたコレクション - “Collection 3”も見たが、近現代アートのあまりに大阪っぽい盛り盛りでああ「国立国際」だなあ、って。


特別展:小泉八雲 - 怪談とフォークロリストのまなざし  @ 大阪歴史博物館

まだ少し時間があったので、地下鉄でここまで。しかし大阪、エスカレーターとかエレベーター少なくない?

いきなりBook of Kellsの複製本があって、八雲のインターナショナルな足跡を辿り、文学作品だけでない幅広い活動全般を。TVドラマで話題なのは知っていたが、自分が読んだのは数十年以上昔で、あの頃よかミステリアスで変なガイジン・モードが炸裂していたような。夫としてはどうだったんだろうねえ。


ここまでで、湿気も酷くて結構消耗したので新幹線の時間を少し早めにして帰った。

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