6月21日、日曜日の夕方、TOHOシネマズ日本橋で見ました。
映画とは関係ないけどTOHOシネマズ、上映前の宣伝があまりに常軌を逸してやかましくてくだらなくて、目を瞑っていても吐きそうになるので今後はできるだけ行かないようにしたい(もう100回めくらい)。
脚本・監督は黒沢清、原作は米澤穂信による同名ミステリー時代劇小説で、今年のカンヌにも出品された。
時代劇にもミステリーにも疎くて、「くろろうじょう?」「こくろうじょう?」とか言うありさまだし、黒沢清監督作品も、見る機会があれば見るけど海外にいた時には見れないままだったし、国内外の黒沢マニアのような人たちには敵わないのだが、でもおもしろく見て、いろいろ考えさせられた。以下、ネタバレのようなところもあるかも。
登場するのは歴史上実在した人物たちで、史実としてもそんなには違っていないらしい。
戦国時代、織田信長の殺してしまえ戦略に叛旗を翻して自分の城に立てこもった荒木村重(本木雅弘)のところには威勢がよくて血気盛んな家来たちと優しい妻・千代保(吉高由里子)がいて、周辺国の武家も含めて一触即発の膠着状態になっていたところに信長からの使者として軍師・黒田官兵衛(菅田将暉)がやってくると、村重は彼を人質として地下牢に幽閉してしまう。
そんな城内で室内の少年が刺されて殺される事件が起こったり、殺した敵の武将の首が替えられていたり、宝物の壺を持たせた密使が殺されたり、不可解な事件が続いて、放っておくと士気にも響くし、村重は黒田官兵衛にこれどう思う? って助けを求める。
ふつうのミステリーに求められるような何故、誰が、どんなふうにそれをやったのか、という角度からの精緻でロジカルな謎解きを見せるというより、人がいっぱい死ぬ、殺されるのも殺すのも当たり前、進むも地獄/進まぬも地獄、の戦時の世になーんでわざわざそんな手のこんだことしてかき乱すの? というリーダーの苦悩と、その目線を超えたところにある宿命とか天罰のありようを描く。謎解きは誰かの恨みを晴らしたり明日への展望をもたらしてくれるもの、ではなく、だからこうするしかないのだ、という諦めに近い洞察と決意をもたらす。
突発的に作動して、意味不明だけど起こっちゃったことはしょうがないからどうにかしよう、という黒沢清得意のアクションの仕掛け、というかドライブは今回のような群集劇でも – 少し斜め上からの構図から黒い男たちが虫みたいにわらわら湧いて蠢いて雷に打たれたり、これだから… としか言いようのないぞわぞわが湧いてきたり。 これらの群像とそれを率いるリーダーの、後に引けなくなった姿を描く、という点では間違いなく上の意向に振り回されて身動き取れなくなる現代 or アカルイミライの話で、ここをどう見るかー。天罰ですらどうすることもできない地獄、としてあの時代を捕えることもできたのではないか、など。
あの雷があそこにいた全員を叩きのめしてくれたら、より天罰感がでたのに。
でも、いろんな描き方があるであろうことは承知のうえで、あの存在の薄さがひとつのメッセージとして機能していることをわかったうえで、たったひとりの女性である千代保が見た地獄を軸として戦乱の世でどんなふうに「天罰」の考え方が生まれ維持され、それを待望したり、それに向かって動いたりするようになっていったのか、を宗教映画のように描いたやつの方が見たかったかも。
あと、音楽 - 半野喜弘 - がとてもよかった。
6.25.2026
[film] 黒牢城 (2026)
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