6.22.2026

[film] Caprice (2015)

6月14日、日曜日の晩、日仏の『第7回映画批評月間 フランス映画の現在』のサブ企画『『急に具合が悪くなる』公開記念 ヴィルジニー・エフィラ特集』で見ました。今回の特集で上映される彼女の3作品のうち、これだけ見ていなかったので。

作・監督・主演はEmmanuel Mouret。

パリで小学校の教師をしているClément (Emmanuel Mouret)は、妻と別れて息子と暮らしていて、勤務先の校長で、妻に逃げられてしまったThomas (Laurent Stocker)と互いの悩み相談をしたりしている。この時点で、小学校の教員、ひとりは校長の立場にあるような男たちが恋の悩みでぐだぐだしていることに不安を覚えるのだが、そういう世界なのだと思うしかない。

演劇ファンであるClémentは女優Alicia Bardery (Virginie Efira)が主演する舞台を見に通っているのだが、3回めに行った際、隣に座ったCaprice (Anaïs Demoustier)からあなたのこと前にも見かけた、って話しかけられて、彼女は陽気でおしゃべりで彼と仲よくなりたいふうなのだが、彼はそんなことよりAliciaの劇に感動して涙を流している。

そんなある日、Thomasから小学生の甥の面倒を見てほしいという女性の依頼をうけて、行ってみたらその豪邸に住んでいたのはAliciaで、夢かと思うのだが話していくうちAliciaはClémentのことを気に入ってくれたようで、ふたりはそのまま倒れこんで、やがて彼は彼女の家に息子と一緒に転がりこんで暮らし始める。

そんなある日、寂しがりの校長Thomasを慰めるべく一緒に呑みに行ったClémentは、女性2人組と仲よくなって、そのうちのひとりがCapriceで、彼女のアパートで一夜を明かして朝帰りしたところをAliciaのメイドに見られてちょっと変な状態になり、Aliciaの方もThomasと一緒に劇場のオフィスで夜を明かしてしまい、互いに自分たちはこのままでいてよいのか? になっていく。

そして、一晩一緒に過ごしてしまって扉が開かれたと思ったのかCapriceは彼女の劇団の公演を見に来てほしいって頼みに来たり、Aliciaのいない時に足を骨折してギプス生活になった彼を助けてくれたり積極的で、そんなCapriceの影がAliciaにも見えてくるのだが…

ジャンルとしてはrom-comに分類されるのかもしれないが、結末、決着のつけ方でいうと自分のなかではこれはrom-comではなくて、とても軽いご都合主義たっぷりの古からあるフレンチ・コメディで、よかったねー、くらいしかない。Virginie Efiraも、ああいう役柄だからなのか、思いっきりエモに振れたりの場面もなくて、ちょっと窮屈そうだったかも。


千変万化する恋 日本のロマンチック・コメディ映画の輝き @ 早稲田大学演劇博物館

6月14日、日曜日の昼、日仏に向かう前に見た企画展。
この大学は野蛮人の巣窟、というイメージがあったのでこれまで構内に入ったことも近寄ったこともなかった。

日本のロマンチック・コメディ映画の歴史をポスターを中心に概観する。見たことある映画も見たことない映画もいっぱいあるが、タイトルやポスターの構図を見ているとやはり「日本の」ロマンチック・コメディの定義、のようなことを考えてしまう。

当事者ふたりの間にクラッシュがあって一瞬火花が散るが、そのあとで行き違ったり宙ぶらりんの状態が続いてやっぱりだめよね… ってぜんぶ潰れて諦めかけた際でのまさかの逆転/復活というのが自分にとってのrom-comの大まかな定義 – そのクラッシュの強度と範囲が階級の壁をぶち破るようなところまでアナーキーに転がっていくのがスクリューボール・コメディ – なのだが、日本の場合、やはり家制度とか男性をたてる、というのが最初からベースとしてあって、女性主人公が向こうの家族とか関係者におおっ、という竜巻や混乱を巻き起こすものの、最終的な幸せの落下地点は家族のありようや男性上位の既存圏内に収まる(彼らをたてる)かたちでどうにかする - 幸せとはそういう(家族の)ものだからー、というのが多いのかしら。 そして(例えば)高度成長期以降で、この枠とか閾のありようが変わっていった、というようなことはあったのかしら?(かんがえ中)

あと、韓国とか90年代以降のもあったが、こちらのほうは見てないやつだらけで...  時代的、地理的な段差についても考えたり。

どこかの邦画系名画座はとうぜん連動企画を考えてほしいものー。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。