5.26.2026

[film] Star Wars: Mandalorian and Grogu (2026)

5月22日、金曜日の晩、109シネマズの二子玉川で見ました。IMAXの2Dで。

今回のに関しては特にぜんぜん期待していなくて、Disney+のTVのシリーズは英国に行った時点で止まってしまい(”Andor”も同じく)、それでも困らなかったので、そうかスクリーンに来たか、くらいで。
でも”SW”がついているので見るの。これはしょうがないの。

監督はJon Favreau - クッキングパパなので、こんなもんかも。

Star Warsサーガは壮大で、帝国と反乱軍の延々続いていくいろんなレベルでの戦いをいろんな星やそこに住む多様な人(の形をしたのとそれ以外)たちを跨ぎながら描いていくので、文化として確立されたものも文化以前のごたごたもぜんぶ - つまり神話から民話から言い伝えまで、どんなのでもあり得る。そういうなか、すべての層を貫く共通項としての「支配」とその周辺に撚られる富と権力、それを実現する主な手段としての暴力があり、それを捉まえる軸として「正義」というのがあって、それをミクロな末端のところまで落としてきたジャンルが西部劇と股旅物 - 今回であれば賞金稼ぎと道連れの話 - で、それをとても正統的に集約するかたちで実現したのが子連れ狼なので、本作が成立する由縁、拠って立つところは揺るがないの。ただ、話のスケールとしてでっかいところまで行かないし、行かないことがよい点だったりもするので、今回のように大作として騒がれてしまうのはどうだろうか、と思ったり。ゴジラものにおけるミニラ枠みたいなもんなのに、とか。

今回のMandalorianは新共和国からお金をもらって帝国軍の軍閥を追っていて、司令官のWard (Sigourney Weaver) からCommander Coinを捕まえてくるように請われる。彼の居場所はでっかいなめくじ(対)みたいなHut Twinsが握っていて、Twinsのところに行ったら情報提供には後継者となる甥のRotta the Huttを救出して連れてこい、と。Mandalorianは渋ったが、与えられた宇宙船がなんかかっこよかったので、なんとなく請けることにして…

どこかの星で犯罪王に囚われて闇ファイトで有名になっていたRottaのところに行くと、彼はあとひとつ勝てば自由になれるしあそこには帰りたくないし、とごねて... ここから先は反乱軍と軍閥なんてどうでもよくなり、後を継ぎたくない王子のお家騒動に巻き込まれてHutのお城で戦うことになって散々のMandalorianなのだった。

たんに好き嫌いなので流してくれてよいのだが、EP6のJava the Huttの頃から思っていたのは、こいつってレイアに首絞められただけであっさり死んじゃったし、動きはごろごろなめくじの鈍重で、得意技はプレスするだけで隙だらけにみえるし、邪悪そうで喋りも怖そうなだけで、何がそんなに強くてすごくて、あんな権勢を手にしたの? だった。

あと、ちゃんばらではなく基本はガン・ファイトなので、鎧装備も含めて見せ方が難しいよね。「顔を見られたので殺す」なんて言っちゃうし – そりゃそうなんだけど、あんた主人公でしょ… 。 剣があって銃があって、飛び道具として例えばGuardians of the GalaxyのYonduが使うyaka - 口笛で操る矢みたいなのがあったらおもしろいのに。

あと戦いの場面設定、というか全体の絵は闘技場に怪獣が出てくるところなども含め、どこかのSWエピソードで見たようなのばっかりになるのはしょうがないのか... 倒れたDin Djarinを介抱する穴倉みたいのまで既視感たっぷり、繋がっている世界なのでわざとなのかも知れないけど、そこまでやらなくても、とか。

Groguについては、もういい加減に「Yodaの子供」とか言う輩はいなくなってきたようなので、もっと個性を出してくるかと思ったのだが、あんま変わっていなかったような。 戦のど真ん中でとんでもないめちゃくちゃをやらかして、ごめんやりすぎた... の場面があってほしかったかも。もう子供だから、でなにやっても許される季節は終わりかけているのか微妙だけど..

今回、(たぶん)善玉のRottaの登場によって、今後エピソードごとに珍妙な(だけど勇者の)仲間が増えていったりする予感がなんとなく。里見八犬伝みたいになっていったらおもしろいな。歩兵はもちろんEwokの連中なの。

ほんとはこんなどうでもいいことばかりだらだら書いていきたいのに、この国はしみじみ酷い。改めて(500回めくらい)亡命を考えたい。

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