5.12.2026

[film] Route One/USA (1989)

5月6日、水曜日の連休最終日は、日仏のRobert Kramer特集で終わった。
この前の日が京都日帰りで、北野天神からKYOTOGRAPHIEまで、それなりの旅をした感覚があったので(2本のタイトルの並びだけ見ても)疲れないかしら、と思ったがぜんぜん、よい意味で軽くてよかった。

Doc's Kingdom (1989)

プロデューサーのひとりにPaulo Brancoがいる。音楽はBarre Phillips。
アメリカからアフリカを経由してポルトガルで医師をしているDoc (Paul McIsaac)がいて、リスボンの港湾地区の廃屋のようなところにひとりで暮らして酒に溺れて、酒場のマスターCesar (João César Monteiro)からはもう国に帰れ、とか言われるし、留守中にも住処に嫌がらせをうけて居場所がなくなりつつあるのだが、彼に戻る国はない。

NY(花火でそれとわかる)に暮らすJimmy (Vincent Gallo)は介護している母 (Roslyn Payn)の最期を看取って、彼女の遺した手紙から父親と思われるDocのところを訪ねてみることにする。

こうして対面した父と息子の会話は、よくある親子再会もののようなエモの揺れなど殆どない、互いの今の居場所と意思を確認しただけで終わって、つまりそれがDocの”Kingdom”、ということで、彼にとっての軍服のような白衣を纏って、メガネをして、酒瓶を抱えて、戦地である病院に向かうところで終わる。”In the Country” (1967)を出てから”Kingdom”へ、恋人から肉親へ、という地勢や人間関係の変遷はあるが、闘いは続いていて終わらないのだ、という持続感とその決意は漲っている、というか強い。

Paul McIsaacは、いまだとMark Ruffaloのようだし、Vincent GalloはOscar Isaacのようだし、要はいまのハリウッドのスタンダードとして通用するキャラクターの揺るぎなさのようなものが宿っているなあ、って。


Route One/USA (1989)

↑のに続けて14:30から第一部、休憩を挟んで17:30から第二部。計4時間15分。

↑とは地続き時間続きなのか、Doc (Paul McIsaac)が、医師のキャラクターのままでアメリカに戻ってくる - アフリカ経由で、と言っていてポルトガルの滞在については触れたくないのか、でも途中でJimmyに電話をしていたりする(でも出てくれない)。

Docと撮影クルーがカナダの国境付近、北の天辺から、Route 1をKey Westまで南下していく。
“Milestones” (1975)のファブリックを縦に裁断してみたとき、その断面はどんな様相だったり模様だったりするのか。これが東西(Route 66)横断だったらどんなふうになっただろうか。(たぶん取りあげなかったのではないか)

“Milestones”のように土地や人々の間に石を置いて観測するようなアプローチではなく、ロードムービーとして過ぎ去るものは後方に去っていくものとして、そこにいた/いる人々の顔や声を自分もいなくなることを前提に視野に捕まえてフィルムに収めていく。 親と子、コミュニティ、民族、歴史、宗教、記憶、といった枠組のなかで、その土地に根をはるイギリスに対する植民地住民、北部に対する南部民、祖先や親たちからの因襲に対する従属あるいは反逆、といった歴史の諸相や断面を追って、キャラクターとしてのDoc以外は対象との出会いも含めてすべてドキュメンタリー的な生々しさと共に動いて背後に消えていく。

“Milestones”の時はFrederick Wisemanのことを思ったが、今度のはJonas Mekasのことを思った。Waldenが出てきたからだろうか。”Lost, Lost, Lost” (1976)の、亡命者としての視線と、Docの帰還したルーザーとしての視点に似たものを感じたからだろうか。そこには痛みと、ここでくたばるわけにはいかない、という燻った怒りのようなものがあるような。 それはたかだか3時間~4時間程度で描ききれるものではなかったのだろう。

何かの用事があったのか、Docは途中で消えて、Miami – Key Westで再び合流するのだが、最後に現れる南のランドスケープのトーンがこれまでのそれと結構違って開かれているように見えるのは気のせいだろうか? その先にはなんもなく誰もいなくて、ペリカンがいるだけ、みたいな。「アメリカ人」のいなくなる地点がある、というあたり前のことを言うためにあの風景を持ってきたかのような。 ファブリックのおわり、切れ目。 のはずなんだけどでも.. ここに”Doc’s Kingdom”のラスト、リスボンの港湾地区のイメージが重なって、更に”Kingdom”が。

帰り道、もうRobert KramerもJonas MekasもFrederick Wisemanもいないんだなあ、って改めて思った。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。