5月17日、日曜日の昼、シネマート新宿で見ました。
台湾映画で、邦題は『霧のごとく』、英語題 は”A Foggy Tale”。
監督・脚本は陳玉勲 (Chen Yu-Hsun)。2025年の金馬奨(ゴールデン・ホース・アワード)で最優秀作品賞を含む4部門を受賞している。
50年代、戒厳令下、国民党政権が行った政治的迫害「白色テロ」があった時代、台湾南部の田舎のとうもろこし畑で反政府運動で追われて隠れている兄と妹の阿月(Caitlin Fang -方郁婷)が会って将来のことなどについて話をしていると畑の向こうに兄を追う複数の追っ手が現れたので散り散りになり、それからしばらくして、兄は政治犯として銃殺された、という報が届く。
殺されたのが本当に兄なのか、本当だったら遺体を引き取って確認したいがそれには高額な手数料が掛かる、貧しい今の家にそんなお金はない、けどやっぱりこの目で確かめないと、と阿月は別れ際に兄から貰った腕時計と持てるだけのお金を手に、列車を乗り継いでひとり台北に向かう。
親切に声を掛けてくれた男についていったら女郎屋に売られそうになり、危なかったところを人力車の車夫・趙公道(Will Or - 柯煒林)に助けられたり、幼い頃養子に出されて別れたきりで、今は地元の歌劇団で人気歌手になっている姉の阿霞(9m88)と再会したり、通りすがりの泥棒とか、いろんな善い人悪い人怖い人、大人たちとの出会いが巡っていくなか、何度も葬儀場に足を運んで兄のことを確かめてようやく、になるまで。
いなくなった(殺された)兄の話の他に、中国から国民軍として戦争に召集され、やはり白色テロによる拷問などで仲間の殆どを失い、中国に戻ることも叶わなくなった趙公道の贖罪と復讐の物語も並行して重ねられる。テロにより失われたもの、テロから取り戻そうとしたもの、等の痛ましい傷とその痕が浮かびあがり、そこに絵本を描く夢をもっていた兄のお話が被る。それは生々流転していく水の物語で、やがて空に昇って白い雲になるのと、地に留まって地面や森を覆う霧になるのがいるのだ、と。
みんなが忘れて輝ける遠くの白雲ばかりを見ようとしている今、細かな霧として目の前に漂って潤してくれているなにか、は確かにあって、そんなふうにいてくれる水粒たちに敏感でいたいし、それらを忘れずにずっと共にありたいのだ、という明確なメッセージに基づいて組み立てられたストーリーで、キャラクター設定も含めてちょっとTVドラマ的な類型感と性急さがどうかなー、になるところはあったが、なんとしてもこのストーリーを映画にしたかったのだ、という強い意思と現在への危機感にも繋がる真剣さが感じられたので、よかった。
でもさー、NHKでもドラマとかなら戦時のひどい話や官警の暴力や弾圧は悲劇としてふつうに描かれて受け容れられているように見えるのに、日々のニュースや時事解説はあんなふうな日の丸ばんざいに、圧されるままに当時通ったやばいルートをなぞって、白い雲ばかりを追ってて平気なの? お金や会社や毎日の暮らしが… なんだろうけど霧のごとく、はどこに? って世界共通なのか。 水が巡るように歴史も巡るのだ、になってよいわけがないのにさー。
5.25.2026
[film] 大濛 (2025)
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