1月17日、土曜日の晩、National Theatre内のLyttelton Theatreで見ました。
宣伝のポスターを見ると、現代風の顔立ちの青年が正面を向いてどんなもんだい、みたいな顔をしていて、その背後には”Bridgerton”のNicola Coughlanがいて、それでこのタイトルなので、ちょっとこじゃれたrom-comなのかと思ったらぜんぜん違った。
原作はアイルランドのJohn Millington Synge (1871-1909) による同名戯曲(1907)、彼がW. B. Yeatsらと立ちあげたダブリンのAbbey Theatreでの初演時には劇の内容に怒った観客たちが暴動を起こしたそう(ちゃんと勉強しような)。今回の演出はAbbey Theatreの現芸術監督であるCaitríona McLaughlinによるもの。アイルランド訛りの英語がややきつかったので、次は字幕でちゃんと見たい(NTLでやる模様)。
最初、舞台には幕がかかっていて、その幕には真っ赤なスカートで力士のように大股を開いた(たぶん女性の?)下半身がでーん、と広がっていて、それがあがるとトタン屋根のある納屋のようにも見えるが、奥のほうには空と原っぱが広がっているオープンエアの酒場で、奥の原っぱをとんがり藁帽子と藁衣装を纏った楽隊が弦と太鼓でアイリッシュ民謡を奏でながらゆっくりと行進していく – 劇の節目に何度か出てくるこのイメージがとてもすてき。
舞台はアイルランドの西(タイトルの”Western World”はアメリカ、とかではなくアイルランドの西部)のメイヨー、ここのバーでメイドをしているPegeen (Nicola Coughlan)には婚約者のShawn (Marty Rea)がいるものの、飲んだくれてぐだぐだしてばかり、なんかぱっとしないのでどうしたものか、になっていたある日、Christy (Éanna Hardwicke)というひょろっとした若者が逃げるように駆け込んできて、必死の形相で父親を殺してきた、という。
村の酔っ払いダメ男ばかり見てきたPegeenも他の村娘たちにとっても、なんかすごいことをしでかした若者がきたぞ!って、妄想も含めて彼への注目と好意が高まって、Pegeenも未亡人のQuin (Siobhán McSweeney)も彼に近寄っていって、そうしていくなかで田舎の村でずっと燻っている自分たち、今とこれからについての不安や不満が前に出てくる。
他方で、逃げこんできたChristyはずっと蒼い顔でぜーぜーはーはー言ってて、でもなんだかちやほやされるので徐々にご機嫌になっていたら、頭から出血しているもののそう簡単には死ぬようには見えない父親が酒場に現れたので一同唖然として、また諍いが始まって、周囲の手前もあるので改めて父親を追っかけて対決して(この場面は見えず)今度こそやったったぜ、って戻ってくるのだが…
男性観点ではよくあるどこまでも逃れられない父性の呪縛とか悪夢を描いているように見えて、初演時の暴動は父親殺しというテーマがそもそも許せん、ということだったようなのだが、この劇で中心にくるのはChristyよりも彼に恋をしてしまうPegeenとQuinの方で、前半でろくでなしばかりに囲まれてこのままロクな恋もできずに老いていく焦りが、後半は外から少しだけ現れた希望があっけなく潰れてしまった悲嘆が描かれて、そうして擦りきれてしまったそれぞれの思いを楽隊の音楽が撫でたり転がしたりしていくの。
男のほう、俺はやったぜ!ってイキっても簡単に後で潰されたり、敵にトドメを刺したって思っても実はぜんぜん効いてなかったり、今のソーシャルでもいくらでも見ることができる間抜けの光景なので古さは感じなくて、女のほうはとにかくこういうのに騙されないようにしないと、ひとりでもどうにかできるようにしないと、という辺りだろうか。
酒場を舞台にこういう普遍的ななにかが語られて(語られるような出来事が起こって)、それが風にのって漂っていくようで、そこに静かに溜まって人を動けなくさせる、という酒場ドラマとして”The Weir”のことを思ったり。
1.24.2026
[theatre] The Playboy of the Western World
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