12月31日、大みそかの夕方、Curzon Sohoで見ました。 これが2025年最後に見た映画。
年末はいつも怖めのホラーとかを見ていたのだが、今年は適当なのがなくて、これを年明けに見るのはなんか違うかも、程度で。
監督はJosh Safdie、実在した卓球プレイヤーMarty “The Needle” Reismanの話にインスパイアされて、Ronald Bronsteinと監督が共同で脚本を書いて、すばらしいProduction Designは多くのTerrence Marick作品を手掛けたJack Fisk。音楽はDaniel Lopatin - Oneohtrix Point Never。Timothée Chalamet自身もプロデュースに関わったA24作品。 149分、ずっとスクリューボールで振り回され続ける卓球ゲームのような。
冒頭、なにも映っていない画面にTears for Fearsの”Change”のあのイントロが流れる。(イントロがこれだとエンディングはあれではないか、と思ったらあたった) 以降、舞台は50年代なのに80年代の音楽の断片 –サビではなく絶妙に切り取られた断片 – がちょこちょこ流れてくるので気が散ってしょうがなかった。(誰の趣味だろ?)
1952年のNY、ユダヤ人のMarty (Timothée Chalamet)はメガネにチョビ髭で、そのままだと「~ざんす」とか言いそうで、親戚の靴屋で働きながら、既婚のRachel (Odessa A’zion)と関係をもちつつ、卓球で世界制覇することを夢みていて、実際に卓球は強いようで曲芸みたいなプレーで勝ちあがって、ロンドンでの世界大会に向かう。
ロンドンにやってきた彼は順調に勝ちあがっていくのだが、同様に不気味なサーブで敵を寄せ付けないのが日本人選手のEndo (Koto Kawaguchi)で、決勝でMartyは彼に惨敗して、この辺りからケチがつきはじめて止まらなくなっていく。
ロンドンで見かけたセレブ女優のKay Stone (Gwyneth Paltrow)に一目惚れして追いかけて、でも彼女はペン会社の社長Milton (Kevin O’Leary)の妻で、Kayと付きあいたい、日本に行ってEndoと再戦したい、でもその反対側で、妊娠したRachelはお腹の子の父親はMartyだと言ってくるし、自分の家からは追いだされるし、唯一スポンサーになってくれそうなMiltonからは屈辱的なオファーを受けるし、どんな球を打ち返しても必ず返されて棒立ちで居場所もなくなっていく。 誰が、どっちが悪いとか、反省するのかしないのか、とかそういうのをすっとばして、とにかく目の前の事態、飛んでくる球を打ち返しつつジェットコースターで逃げていくのが精一杯で疲弊してぼろぼろになっていく。 “Marty Supreme”っていうのはMartyが考えて特許申請したいと思っていたオレンジ色のピンポン球のことなのだが、最後のほうのやけくそで、これらのSupremeがぜんぶ...
“Good Time” (2017)にも”Uncut Gems” (2019)にもあった、ユダヤ人の主人公によるどこを走っているのか、どこに連れていかれるのかわからない闇の怖さがひたひたずっと畳みかけるように襲ってきて、画面はずっと暗めで湿っている。だれが卓球起因でこんなことになるって思うだろうか。
本来のスポーツドラマであれば、日本での宿敵Endoとの対決がクライマックスになるのだろうし、実際そうなるものの、何ひとつ安心できないし、ずっと反復横跳びを繰り返していくような疲労感がずっと残って、これはスポーツドラマではないのかも。なんで卓球なのか、なんでチョビ髭なのか、なんの説明もないし、主人公の行動は明らかにちんぴらのそれで思い入れできるものではなくて、でもとにかく球を追っかけていく。
卓球のアクロバットもお尻も、Timothée Chalametは安定して見事で、こっちの方を”A Complete Unknown”と呼んでもよかったのかも、とか。
日本のあの応援(チャチャチャ)ってやっぱり恥ずかしいよね。子供の頃からずっと思っていたけど。
どうでもよいことだが、ロンドンの場面でMiltonがHatchards(本屋)でサイン会があって、と言う場面があって、丁度そのHatchardsに寄ってから映画館に来たので、おおーすれ違ったよ、って。
明日からギリシャのアテネとコルフ島に行ってきます。(ほぼやけくそ)
1.07.2026
[film] Marty Supreme (2025)
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