12月26日の金曜日から30日の火曜日まで、フィレンツェ & その他に行っていた、その備忘。
フィレンツェは2018年のクリスマスの後にもほぼ同じ日程で行っていて、この時にはミラノも少し混ぜていたので改めてもっとフィレンツェを、と思ったのだが、アレッツォ、シエナ、ラヴェンナを突っこんでしまったので結果的には薄まってしまったかも。
子供の頃からなんでか惹かれていたイギリスやヨーロッパの音楽とか美術とか小説とかの背後に見え隠れするキリスト教というものについて、サルトルから入ってしまったので洗礼こそ受けなかったものの大学はそれ系のに入って学んでいくとその広がりはとてつもないものであることがわかり、それが最初の英国駐在で少し再び燃え広がって、行った先々に寺院や聖堂があれば入ったりするようになり、これではないか、と思ったのが昨年の(MET →)National Galleryでの企画展示 - “Siena: The Rise of Painting, 1300 ‒1350”で、やっぱり現地に行って見たいかも、になった。丁度Beato Angelicoの2箇所を使った大規模な展覧会もあることだし。
以下、細かく書いていったら終わらないのでポイントだけ。
フィレンツェに着いた日は前回見ていなかったSanta Maria Novellaを見てから夕方にUffizi Galleriesに行って、ものすごい混雑のなかひと通り見て、セットで買っていたCorridoio Vasarianoに行ったらもう時間切れでCloseしましたごめんね、と言われて泣いた。あのびっちりの混雑をどうにかしてほしい。ルーブルよか酷い。Vasarianoは次回。
Beato Angelico
27日の午前はPalazzo Strozziでの展示で、まあすごかったこと。
昔からこの人の絵を前にしたときに襲ってくる至福感がなんなのか、よくわからなかったのだがこうして纏めて見せられると、天使が特に微笑んだりしているわけでもないのに何かを訴えてくる - 彼がSNSをやっていたら❤️をばちばちに飛ばして来そうなチャームがあり、それが僧でもあったこの人の技術(徳)として練り込まれていたのだろうな、と思った。なにを見ても拝みたくなる、というより祝福されている感が先にきて絵の前で手をあわせてしまう。
今回、有名な『受胎告知』等、移動不可の作品はもうひとつの展示会場 - もともとの置き場所 - Museo di San Marcoでやっていて、でもそちらのチケットは既に一杯で、この予約をなんとかメジャーなツアー会社経由でゲットして、29日の朝8:30に門前に行ったら時間になっても開くかんじがなくて、同じように待っていた人から、月曜日は休みってあるねえ.. って言われてみれば確かにそうで、後でツアー会社には文句言って返金して貰い、でもこの程度で諦められるわけないので、最終日30日の朝に行って並んだら割と簡単に入れた。
ここは2018年にも来ていたのだが、『受胎告知』の他の展示あるし、『受胎告知』は何度見てもすごいのでじっくりと見る。最後に、やはり図録は買うしかないか、になったのだがかなり重くて€80って。でもこれ、印刷がすごくよくて、開いているだけでありがたみが湧いてくるのでぜんぜん損しないよ(… 勧誘か)。
27日のお昼は、ドゥオモの前の洗礼堂のモザイク修復サイトのツアーというのに参加して、普段は修復工事している現場に土曜日だから入れてもらい、ヘルメットを被って工事用の足場を伝って(写真撮影不可)、修復しているモザイクの壁を前にいろいろ教わった。モザイクはどういう素材でできていてどこから来て、2029年頃に終わる予定の修復が日々どんなふうに行われているのか、などなど。タイルの総数は約10mil、総修復費用も約€10mil。どれだけ大変な作業であるかはよくわかったが、それよりもこんなものを創りあげて後に遺してくれた昔の人達だよね、という感覚はこの後もずっと。
Arezzo
27日の午後は電車でArezzoに行った。目的はGiorgio Vasariの家 - Casa VasariとBasilica di San Francesco。Casa Vasariはフィレンツェにもあって、こちらは個人向けの公開はしていなくて不定期に開催されるツアーに入るしかなくて、それが29日にあったので窓口の人とコンタクトはしていた - 結局時間割りが無理で諦めたので次回に。
Piero della Francescaの描いたBasilica di San Francescoのフレスコ画は褪せた色まで込みのコントラストが圧倒的で、色同士の境界と褪せて面が消えていくとこも含めすべてが動き出しそうな構図に溢れていてたまらない。どうやって描いていったのか、その形跡を辿れない魔法をかけられたかのように全体が浮かびあがってシュールリアリズムの絵のように見えた。こないだNational Galleryでやっていた”The Baptism of Christ”(1437-1445)とDavid Hockneyの繋がりのこととか。
本当はこの後、Piero della Francescaの故郷のSansepolcro - 市立美術館にいくつかある - にも行ってみたかったのだが、電車の本数がなくて開館時間中に辿り着けないことがわかって諦めた。これも次な。
Pisa
28日の日曜日は、朝からSienaに向かうはずで、8:00発のバスを予約していた。トラムに乗ってフィレンツェの中心から少し離れたところにあるバスターミナルに8:00少し前に着いたら、そこにいたバスは1台だけで、人々はそこに群れていて、運転手らしきおじさんにこれシエナに行く? と聞いたら行くよ、というので乗って出発して暫くしてmapを開いたらどう見てもぜんぜん違う方角に向かっているので、どこに向かっているの? と聞いたらPisaであると。そんなの知らない聞いてない。
というわけで、旅の計画段階では一応候補に入っていた(最終的にここではなくArezzoを選んだ)Pisaで降ろされて、ものすごーく頭にきていたのだが、目の前のPisaの斜塔は本当に傾いてて、ほーらこんな斜めになっても立ってるんだよー、ってご機嫌をなおしてくれた。あんなんで倒れないってすごい。勿論ついでに大聖堂とサン・ジョヴァンニ洗礼堂には入ってみた。
PisaからSienaはバスで鉄道の駅まで行って、直行でいく電車はなかったので1回乗り換えて12時過ぎに着いて、そこから更にバスでいろんな史跡があるエリアに向かう - これくらいルートとしては面倒くさいのでバスを予約したのにばかばかばか(って誰に)。
Siena
バスを降りて大聖堂の方に向かうところからそこは既に起伏たっぷり中世の城塞都市で、途端にご機嫌なおる。このような坂とか段々とか壁とか屋根の見晴らしの中でシエナ展にあったような絵たちが祈りと共に立ちあがって神のような獣のような丸みとでこぼこをもったあれらを形作っていったのだな、というのが見えてくるようで、そしてその中心に建っていた大聖堂はやはりすばらしかった。すべてを支える本丸としてある、というより宇宙の網目の一部の、見えない真ん中付近にあって隅々まで照らしている、というか。あと、大理石の敷石に彫られた絵? が素敵で、それについての本を買ってしまった。
日曜日のせいか早く閉まってしまう施設もあり、見れなかったところもあったが、大聖堂の一部の美術館の収蔵品は充実していていくらでも見ていられた。
ここは朝から晩まで過ごすことで見えてくるものもあるに違いない、と思ったので、次は満月の晩とかに行ってみたいな。
Ravenna
29日、月曜日の朝は先に書いたようにSan MarcoのBeato Angelicoでいきなり打撃をくらって、気を取り直してRavennaに向かうべく電車の駅に向かったら電光掲示板の遅延表示が大変なことになっていて、Roma行きのなんて130分の遅れとか出ていて、それってもうキャンセルではないのか、なのだがみんな割と平気な顔してて、確かにヨーロッパの鉄道圏ではこんなの屁でもないのだが、自分の乗るボローニャに行くやつも25分遅れででて、やっぱり乗り継ぎに失敗して1時間以上ロスした。無理して走れば間に合ったのかも知れないのだが、昨年行ったボローニャの駅の複雑怪奇な構造を走り回っているうちに思い出してこんなに毎日宗教画を見て聖堂でお祈りしているのになんのバチでしょうか神様? ってなった。
Ravennaは初心者なので5箇所を回れるRavenna Mosaics Passというのにして、それに従って歩いて回った。ここ以外のは年末の月曜日で閉まっているところが殆どだったが、半日間なので丁度よかったかも。
前々日にモザイクについて少しだけレクチャーを受けていたのですごいものであろうことは覚悟していったのだが、やはりBasilica of San Vitaleとその横のMausoleo di Galla Placidiaのスケールと強度は度肝で、上を見あげた途端にうわぁぁー(これはなんだ?)になる。部分は全体であり全体は部分である、という万物のありようについての素朴な、であるが故に打ち破れない強固な意思(世界観というよりは意思)が宇宙をまるごと貫いて実現されて、そんな宇宙が外から見れば茶色の地味な建物の内部で炸裂して数世紀に渡って膨張を続けていて、どんなプロジェクション・アートもこのフィジカルの前ではクズだな、って思った。
あと、ここにはダンテのお墓と、バイロン卿が住んでいたところがあり、ダンテ博物館は閉まっていたが一応お祈りしておいた(なにを?)。
30日、火曜日の出発の日は、San MarcoでのBeato Angelico展を見るために早めに並んで、その後はロレンツォ・メディチ図書館を見て、やっぱりもっと見たいかも、と橋を渡ってPalatine Galleryに並んでRaphaelを拝んで、おわり。
食べ物関係は今回まったくどうでもなんでもよくて、Tagliatelle → Spaghetti → burger → Pizza → Pici → burger → Fettuccine → risotto など。時間なさすぎて持っていったビスケットでしのいだり。もったいないー、って思わないでもなかったが、優先順位で。だってどこに入ったって外れないんだもの。
寒かったけど寒さは感じなかった。また行きたいな。行けますようにー。
1.04.2026
[log] Firenze, Arezzo, Siena, Ravenna
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿
注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。