1月1日、元旦の晩、National TheatreのOlivier Theatreで見ました。さすがに満員御礼ではなかったけど、十分に埋まっていた。
これの前には隣のBFI Southbankで『大人は判ってくれない』を見て、続けて”All About Eve” (1950)を見て、『大人は.. 』はいつもの、でよいのだが、”All About Eve”に充満するどろどろに改めてやられて - ずっとげらげら笑っている人が何人もいたんだけど、そういうもの? - これで新たな年が始まってしまうのは… にちょっとなったので、それだけでも。
Noel Streatfeildによる子供向け同名小説 (1936)をKendall Feaverが脚色し、Katy Ruddが演出している。
2025年の初めにNational Theatreの別のシアターで上演していた作品で、評判がよかったからか、子供向けとしてクリスマス〜年越しによいと思ったのか、シアター内の宣伝飾りも力が入っていて、プログラムにはクイズや切り絵がついていたり、でもそんなに子供向けでも、ホリデイ向けでもなかったような。
開演前に座席への案内をしたりする係の(制服を着た)人たちが、あちこちの客席を回って簡単なストレッチとかエクササイズみたいなことをして、はーいみんなよくできましたぱちぱち、とかやってて、ちょっと苦手だなやだな、と思っていたら自分の両隣りの人達がそういうのには乗らない、っていう態度だったので助かった。
舞台は中央手前に恐竜かなにかのでっかい頭の骨が置いてあり、背面にはナチュラル・ヒストリー系の骨格標本や剥製などが、上から下までびっちりと積みあがっていて壮観で、これをここの大きなステージで組んでみたかった、というのはわかる。かっこいいし。
時は1930年代、お屋敷はChelseaのCromwell Road(昔、南方熊楠もあの辺にいたはず)にあって、その標本たちを世界中から集めてきたのは、古生物学者のMatthew、通称Gum (Justin Salinger)で、世界の辺境に行って、研究対象の古生物系に加えて現地で身寄りのない女の子を保護して一緒に連れてきて養子として迎えて、こうしてできあがった3人姉妹のPauline (Nina Cassells)、Petrova (Sienna Arif-Knights)、Posy (Scarlett Monahan)、彼女たちを束ねてほぼ母親として世話する婆やのNana (Lesley Nicol)、Gumの姪として最初に家にやってきたお姉さん的な役割のSylvia (Anoushka Lucas) 、大家族でばらばらだったり力を合わせたりしながらの日々を追う(でもGumはほぼ家にいなくて、最後にやあやあって現れてどうした? って虫がよすぎない?)
でも生活が苦しいので、下宿屋をやろう、って元気で華やかなダンスの先生とか、自動車整備工のひととか、いかにもで厳しそうな英文学教授などが同じ屋根の下にやってくると、3人の少女たちは彼らの影響をもろにひっ被って将来なりたい自分たちを意識し始めて、みんなそれぞれ楽しそうだからいいけど、いいのか。
やがて、それでもやっぱりお金がなくなって家を売らなければならなくなって、娘たちが力を合わせてどうにかするところでPosyのやってきたバレエの話になり、バレエそのものはよいのだけど、そういうふうに出してくるのかー、って。
(家族ではないけど)家族的な繋がりの中で結ばれた彼女たちの苦難と歓び(労働の苦役の話はない)、他者を受け容れるということ、一緒にやっていくこと、そうして流れてきた時間、それをずっと見守ってきたみんなの家、その家がなくなる、というときに、救ってくれるのは例えばこんな… っていうめくるめくファンタジー - 子供たちにとっては特に - に近いお話しだと思った。古生物の世界を追って旅を続けるGumの情熱、Posyのロシアのダンスの先生の輝ける過去の栄光のことなど、子供たちの反対側にいる大人たちのファンタジーも物語に深みをもたらしている。
話の転がし方はおもしろく、役柄も多彩でばらけていて、みんな元気にめでたしめでたしよかったね、なのだがでもやっぱり、こうなってしまった原因を作ったのは採集旅行ばかり行って不在にしていたGumなんだから、あったもっと反省してなんかやりなさいよ、サンタさんはいないんだよ、って思ってしまうのだった。 彼がサラリーマンだったら許されなかったに決まってる。- と、汚れて歪んだ大人が見たらこうなってしまうのかも。
1.13.2026
[theatre] Ballet Shoes
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