1月14日、水曜日の晩、ICAで見ました。
英語題は”Below the Clouds”。昨年のヴェネツィアでプレミアされてSpecial Jury Prizeを受賞したGianfranco Rosiによるナポリの町とそこに暮らす人々を3年に渡って撮影して作ったモノクロ、ナレーションも字幕もなく進んでいくドキュメンタリー作品。音楽はDaniel Blumberg。 ローマ郊外を描いた”Sacro GRA” (2013) – ランペドゥーザ島を描いた“Fire at Sea”(2016)に続くイタリアの町シリーズ。前2作は見ていないが、これはすばらしくよかった。
冒頭、タイトルはコクトーの“Vesuvius makes all the clouds in the world”から来ていることがわかり、ポンペイを灰の下に埋めてしまったヴェスヴィオ山のもと、いまも頻繁に地震が起こっている町と人々の様子を紹介していく。
市内をゆっくり走っていく電車、人のいない映画館(ロッセリーニの『イタリア旅行』がかかったり)、夜とか地震の度に緊急コールセンターにかかってくる電話(いま揺れたよね?ね? 程度でかけてくるのがすごい)、夜のコールセンター宛にかかってくるその他の電話(家人の暴力とか)、過去に墓泥棒が入って根こそぎ持っていったりしたその跡地、博物館の学芸員の活動 - というか彫刻を眺めてほれぼれする、日本から遺跡の発掘にきたチームの活動、シリアからの労働者のこれからどうする、の会話、などなど。
ナポリは近くにポンペイ遺跡があって、観光客で賑わっていて、自分も行ったことはあるが、こんななだらかな地形の穏やかそうな土の上で、突然に自分たちの築いてきたものが一瞬で灰で埋まり、家族も親族もぜんぶ亡くなる、消滅する - そういうことが起こった、地政も含めて、そういう脆く危うい脅威やリスクにずっと曝されながら暮らしてきたんだな、というのがだんだん見えてくる。ここで、モノクロの鉛のような質感のなかで描きだされる町の情景は静かで深くて、終わりの見えている閉塞感のなかにあり、どこにも動けないまま止まっているような。
日本も地震はいっぱいあるし、経済的にも安定していないので、同じような風景が見えてきてもおかしくない気がするのだが、そうならないのは家長を含めた共同体ががっちりといろいろガードして固まって異質な空気や不安を排除してしまうから、だろうか。あと、子供みたいに落ち着きなくずっとちゃかちゃか… (これはこれでいやだ)
イタリアの、ナポリの陽光溢れる陽気で華やかなイメージはまったくなくて、どちらがよい正しいとかいう話でもなく、山の上に雲がでて、それが広く町を覆っている時、その下で人々はこんなふうに生きて活動している、してきたのだよ、と。ここに年末に行ったフィレンツェとか他の町の聖堂の暗がりに浮かびあがったフレスコとかモザイクの擦りきれた影や跡 - とその彼方に広がる宇宙、噴火の火砕流で固められてしまった人々、墓泥棒がフレスコのあった壁ごと剥いでしまった石室、そしてほぼ人がいない状態で走っていく夜の電車、映画館、博物館のぼわーっと浮かびあがる - ”Below the Clouds”というかんじがすばらしい。
ナレーションや説明の入らない世界について、Frederick Wisemanの描こうとしているのが所謂「社会」であるとすると、Gianfranco Rosiの描こうとしているのはその土地を流れていく、その土地をつくってきた雲とそれができるまでの「時間」のありようなのではないか、と思った。
1.20.2026
[film] Sotto le unvole (2025)
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