1.16.2026

[theatre] Indian Ink

1月5日、月曜日の晩、Hempstead Theatreで見ました。

原作は昨年11月に亡くなったTom Stoppard (1937-2025)の同名戯曲(1995)で、その元はラジオ劇の”In the Native State” (1991)だそう。当初は初演から30周年を記念して上演されるはずのものだった。 演出はJonathan Kent。

舞台の右手にはいろんな植物が植わった小屋のようなものが建っていて、左手の方にも植物はあるのだが、少し植栽が違うような、と思ったら理由は後でわかった。

1930年、エドワード朝時代のインドを旅する詩人Flora Crewe (Ruby Ashbourne Serkis)がいて、ひとり旅でも平気な奔放さと物怖じしない強さがあって、小屋 - コテージを借りて、そこで出会った地元の若い画家Nirad Das (Gavi Singh Chera)に肖像画を描いてもらいながらいろんな話をしていく。

舞台の左手は80年代の英国で、とうに亡くなったFloraの妹Eleanor Swan (Felicity Kendal)がアメリカ人の学者Eldon Pike (Donald Sage Mackay)からFloraのインドでの足跡について聞かれて話していく。30年のインド - 舞台の右手でお話しが進行しているときは、左手が少し暗くなり、でも俳優はそのままいて、スイッチが切り替わるように80年代のイギリスに移った場合も同様。 Floraは自分が話したりやったりしていることが80年代のEleanorに影響を及ぼしているなんて思っていないし、Eleanorがそんなことを話しているなんてFloraにとってはまさか、でしかない。 でもそんなふうに思いがけないかたちで時間と場所は明滅しながら繋がっている。

Niradは(当時としては)モダーンなイギリスの女性Floraにインドのラサについて教えて、それは9つあって、色彩、雰囲気、そして音階と結びついていて云々、Floraはふーん、くらいなのだが、Niradと一緒の時間を過ごしていろんなことを楽しく突っ込みあいながら話していくうちに、西洋の描き方で絵を描いているNiradとインドの陽気や空気に触れているFloraはだんだん近寄っていく。 タイトルの“Indian Ink”はエロティックな愛のラサであるShringaraを示していて、でも右手の舞台の上で話を続けていくふたりがこの後どうなったのかは示されない。

こういうことだったんじゃないか、ということが見えてくるのは80年代のEleanorの方で、でもそれも遺されたものを辿って、でしかない。FloraとNiradの間に愛は生まれたりしたのだろうか? でも確かなものはなにも、遺されていたのはNiradが描いた肖像画くらいで…

異なる人種、言葉、文化、歴史、育った環境などなどを跨いで、人はどんなふうに、どこまで近くなって恋に落ちるものなのか、そんなの人によってだし、場所によってだし、互いの思いこみであることだってあるし、でもそれでも、例えばこんなふうに恋がありえたことを描くのはできるのではないかと、二重三重のロマンチックとしか言いようのない妄想のようなものが、インドとイギリスの30年代と80年代をピンポンしながら広がっていく。植民地時代の縛りや不幸を超えて何かが見えてきそうなこれとか、80年代のMerchant Ivory (films)のようなケースを思ったり。

チェコに生まれてナチスから逃れて幼少期をインドで過ごしたTom Stoppardが90年代初、この作品の元となったラジオドラマの”In the Native State”のFlora役に当時のパートナーだったFelicity Kendalを起用し、彼女はそのまま”Indian Ink”の初演時にもFloraを演じ、今回はElenorの役で舞台に帰ってきた。彼女自身も7歳でインドに移住し、“Shakespeare Wallah” (1965) – Tom Stoppardはこの映画が好きでFelicity Kendalのためにこれ-“Indian Ink”を書いた、とプログラムにはあった。それはそうとこの映画おもしろいんだよ – に出演していて、インドに関わってきた彼女のドラマとして見てもよいと思う。

同じくTom Stoppardの生前のインタビューが載っているプログラムで、FloraのモデルはEdith Sitwellか? と聞かれて明確にNo. と返している。特にモデルはいないんだって。

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