6.15.2024

[film] Here (2023)

6月9日、日曜日の晩、ICA – Institute of Contemporary Artsで見ました。ICA久しぶり。

ベルギーのBas Devosの作・監督によるベルギー映画で、同年のベルリン映画祭で、Encounter AwardとFIPRESCI Prizeを受賞している。

ブリュッセル – かどうかはすぐにはわからないヨーロッパの都会 – のビル建設作業現場で働くルーマニア人のStefan (Stefan Gota)がいて、夏休みで故郷に帰ろうとしているのだが、冷蔵庫の整理をしながら野菜のスープを作って現場の同僚に分けてあげたり、車を修理に出したり – でも修理は時間が掛かりそうだし – なんだかんだだらだらどうでもよさげで、いつ帰るのか、本当に帰りたいのかもはっきりしない。

Shuxiu (Liyo Gong - 俳優だけじゃなくてワン・ビンの『青春』(2023)で編集をしている人なのね)はベルギーの大学院で顕微鏡を覗いて緑色のなにか - コケの研究をしたり、町中で気になる植物を見るとしゃがみこんで摘まんだり、教室で教えたり、彼女も夏休みに中国に帰る予定があることを携帯で話しているのだが、町中でStefanと出会って、彼が夕立の雨宿りで中華料理のお店に逃げこんだら、そこがShuxiuの叔母さんがやっているお店で彼女と再会して、そこの食事 – なんかおいしそう - をしながらちょっとよいひと時を過ごす。

3度めはStefanが車を取りに行くために公園を横切ろうとしたら木の陰に座ってコケを採取しているShuxiuと会って、こんなところでなにしてるの? から始まり、Shuxiuがコケの講義を始めて、そうやって話し込んでいるうちに辺りは暗くなって車の件はどこかに行ってしまって…

この後にrom-comの方には向かいそうもないふたりの出会い – これがホン・サンスだったらぜったい酒にいってその後強引に、であろう - なのだが、ここにはこのふたりでなければありえなかったような時間と場所(Here)があり、Stefanが高いとこから電車を眺めて、あれがここからすべての土地に出ていく起点なのだ、っていうところとか、Shuxiuがコケは太古の昔からここに根を張って、人類よりもずっと長く生きていくのだ、って強く語るところとかを重ねていくと、このふたりが町の隅でぶつかっていまのこの時間と場所を共に過ごしていることの奇跡.. なんかではもちろんないけど、そういうことが起こる不思議について、少し考える。

自由に移動できる場所にいて、季節と共に起点のようなところに戻る(という言葉が適切かどうか)ことができる、そのありようとか、確かさとか、反対にどこかの土地に縛られて身動きがとれずに苦しんでいる人のことも思うし。 そういう中で、Stefanはスープをつくり、Shuxiuはコケを見つめる - マクロとミクロの交点がうっすら立ち現れる。ブリュッセルという町はそういうところにあるのかも。

こっちにきて長期ではなく週末にちょこちょこヨーロッパのいろんなとこに行くようになってよく思うのは移動のしやすさ - 列車は遅れるし来ないしサービスとしてはひどいけどそういうのとは別に、ひとが移動する前提で地上の網ができあがって、目の前にひろがっていることで、これってよいなーといつも思う。英国は… これはこれでいろいろありそうかも。

この映画、ラストが本当にすばらしくじわじわくるので、是非。(地味すぎるので日本での公開はないか...)

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