7.06.2026

[film] Born to Kill (1947)

7月1日、水曜日の晩、シネマヴェーラで新たに始まった特集 - 『ヴァル・リュートンから始まるⅠ ロバート・ワイズ』で見ました。リュートンもワイズもよく知らないところなので、可能な限り見たい(いつもの)。 

邦題は『生まれながらの殺し屋』、英国でのタイトルは”Lady of Deceit”。 原作はJames Gunnによる小説 – “Deadlier Than the Male” (1942) - 『男よりもやばい』。 監督Robert Wiseにとって最初のフィルム・ノワール作品だそう。

サンフランシスコの社交家、Helen (Claire Trevor)は自分の離婚手続き待機でリノの町の下宿屋に滞在している時に知り合ったLaury (Isabel Jewell)が恋人のSam (Lawrence Tierney)を嫉妬させるために別の男とデートするんだー、って言っているのを聞いて、その晩、Lauryと男が一緒にいるところを見たSamは、嫉妬どころか相手の男とLauryを簡単に殴り殺してその場を去り、あとでその惨劇の現場を見てしまったHelenは警察には通報せずにそのままサンフランシスコに戻る。

サンフランシスコでHelenはSamとわざとらしく再会して、彼女が金持ちのFred (Phillip Terry)と婚約していることを知ったSamはHelenの義妹で新聞社を引き継いで裕福なGeorgia (Audrey Long)の方に近づいて、結婚するところまでのしあがる。

その裏ではリノの下宿屋のおかみが雇った私立探偵Arnett (Walter Slezak)が辺りを嗅ぎまわるようになり、Georgiaの夫として各方面になりふり構わぬ傲慢さをむきだしにするようになったSamと、自分が似た者同士であることを仄めかしつつ彼に近寄ったり距離を置こうとしたりするHelenの綱引き・綱渡りは果たしてどこに向かうのかー。

極悪非道のサイコパスが社交界でのしあがろうとして、彼と距離を置こうとしつつも絡まないわけにはいかない似たもの女性の複雑な思いと境遇を描いて、それはノワールの定石であるfemme fataleに寄っていく、それに翻弄されて嬉々として破滅に向かう男性ではなく、homme fataleに寄りつつ自分でもどこに行きたいのかわからなくなっていく – でも決して狂うことはない - 女性を生々しく現前させて、目が離せない。

Samのキャラクター造形にもうちょっとだけ深みを持たせることができたらなー くらい。いまの俳優に演じさせるとしたら、やっぱりGlen Powellあたりかしら。


Executive Suite (1954)

↑のに続けてみました。 邦題は『重役室』。
脚本はErnest Lehmanで、彼が手掛けた最初の映画脚本になるそう。あと、音楽が全くついていないの。
オスカーに沢山ノミネートされて、ヴェネツィアではGrand Juryを獲っている。

大手家具メーカーの社長Avery Bullard - 冒頭は彼の目線で動いていく – がNYでの商談を終えて、秘書に夕方帰るので重役会議を招集しておくように、って電報を打って道路に出たところで急に具合が悪くなって倒れて天にー。

倒れた男性が運ばれるのをビルの上から見てて、あれはうちの社長ではないか、って確信した重役が手元の株を売って儲けようと画策するが身元の公表がぜんぜんでなかったり、死亡が公表されると、社長は後継者の指名などをしていなかったこともあり、対外発表や株主の保護、そこで誰が主導権を執って進めるか、そしてなにより、誰が後継の社長になるべきか、などについて、彼は若すぎる、人望がない、など水面下での男たちのぐさぐさの攻防が始まって、焦り苛立ち失望などが止まらなくなる。

基本は老獪なじじい vs それぞれの理想に燃える若手、という男たちの成りあがり蹴落とし駆け引きサバイバル・ドラマで、そこに創業者の娘でBullardの愛人だったJulia (Barbara Stanwyck) - 議決権をもつ – が絡んで、相当にねっとりした熱いやつに盛りあがって、俳優はみんな重心低めでうまいし、緊張が途絶えないまま最後まで運ばれる。

見ごたえはあって、一般的なメッセージや教訓としてもたぶん悪いことは言っていなくて学びも多く、結末の持って行きかたも間違っていない映画だと思うのだが、会社とか経営とかそこでの仕事とかにぜんぜん興味を持てないまま生きてきてしまったので、何をやっているのか、何を言っているのかはわかるものの、これ、なにがおもしろいんだろ? の連打になってしまったのが残念だった。(そもそもなんで会社員なんかになったの? → 自分、といういつもの)

他方で、ここに出てくるような人たち(Executives)によって決定されたり執行されたりしたことが、多くの人たちの人生や生活の行方や質を決めることになる、という仕組みとか、そんな彼らに対するべらぼうな報酬とか支配/服従のありようとか、いまや世界の殆どの会社組織で行われていることとは言え、なんともグロテスクでおそろしいことだわ、って改めて思った。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。