6月30日、火曜日の晩、ル・シネマ 渋谷宮下で見ました。
まだあれこれ考えたりしているが、なんか書いてみよう。3時間20分ある作品だが、するする見れて、軽い。
仏語題は”Soudain”(突然)、英語題は”All of a Sudden”、先のカンヌで主演のふたりが女優賞を共同受賞している。
原作は哲学者宮野真生子と文化人類学者磯野真穂による同名の往復書簡集(未読)で、映画は中心のふたり、その間で交わされるメディア(手紙→対話/演劇)、言葉も含め、舞台をパリとそこの介護施設に変えて、いろんな出会いや衝突があるなか「急に具合が悪くなる」ような事態はそこになにをもたらすのか? というその行方と結末を見せる、というより、どこまで転がっていってもどうにもならないnow/here な世界を、ロメール調のさらさら手書き日めくり方式で綴って見ようと。
パリで高齢の認知症患者向け介護施設のディレクターをしているMarie-Lou (Virginie Efira)は、老人たちを機能不全に陥った機械として扱うのではなく、人として対面して時間をかけてケア、支援していく、ユマニチュードの方法論を軸とした施設の設計や運営に反対したり疑義を抱くお役所や現場のスタッフ達と辛抱強く対話を続けていて、疲れて眠れなくなった時に誘眠剤を飲んでしまったせい(が直接の要因ではないが)で患者が亡くなって、トラムでひとり泣いていたら、丘の向こうから走ってきた智樹(黒崎煌代)と出会い、自閉スペクトラム症である彼と、その祖父で役者をしている吾朗(長塚京三)と彼の舞台を作・演出しているMari (岡本多緒)と出会い、彼らの演劇 - イタリアで精神病院を廃止した精神科医Franco Basagliaについての芝居 - “Da vicino nessuno è normale” - 『近づいてみれば、誰もまともな者はいない』 - を見に行ったMarie-Louは感銘を受けて、Mariと親交を深めていく。
Mariはステージ4の癌患者で、いつ「急に具合が悪くな」ってもおかしくない状態であること、またそうなったらもう先は長くないことをMarie-Louに告げ、Marie-Louは自分の施設での運営や指針を巡る試練や困難について語り、ふたり共なんでこんなに生きにくい状態になっているのか、等についてナンシー・フレイザーの資本主義システムの絵を白板に描いたりしながら共に対話して考えていく。
ドラマは急に具合が悪くなったMariが急遽日本に帰国し、一緒についてきたMarie-Louの求めに応じて再びパリに戻り、という展開を見せて、ふたりの抱える生き難さが周囲のいろんな人たちとの関係の移り変わりによってどんなふうに別の様相に変わっていくか、を描いて、所謂難病モノにある周囲の希望や悲嘆にフォーカスするものにはなっていかない。そういったエモを周到に回避しつつ、変わることは難しいかもしれないが、例えばこんなことも、という見せ方に向かう。
「急に具合が悪くなる」ことの「急に」が急であることを察知するためにはずっと傍にいて「いつも具合が悪い」ことを見ながら認識しておく必要がある。「急に具合が悪くなる」ことの背後には「ずっと具合が悪いまま」である/がある、ということ。 『悪は存在しない』 (2023)で、そう言いながら「悪は存在する」さまを軽く示していたように。
そしてその「急に」という事態、時間のありようは、患者ひとりひとりの時間感覚が異なるようにケアされていくなかで引き延ばされ、それが資本主義システムの求めてやまない効率や時間のお金の使い方 - 予測・計測可能ななにか、に対置、対抗されるものとしてあるように示される。ふたりの食べるカップラーメンの2.5分が、ぜったい2.5分よりも長かったように(いちばんはらはらした場面)。
そしてたぶんそこに、原作の往復書簡の宮野さんがテーマとしていた九鬼周造の「偶然性」の話も絡んでくるのだろうな、というのと、もうひとつの基調音としてあるロメールの映画とはまさにそういうchance meetingの織物としてあったよね、というのと。
ふたりが京都の山の上で語り合いながら朝を迎えるシーン、『レネットとミラベル/四つの冒険』 (1987)の"The Blue Hour"みたい、って思った。
主要な舞台を日本ではなくパリに置いたのも、ロメール、というだけでなく、日本だと雑で愚かで幼稚な資本主義がやかましく声高に進行しすぎていてドラマとして成立しないからではないか、とか。
ひとつだけ、施設の老人たちや自閉症の智樹の「演技」の描き方は、ちょっと気になった。ワークショップであれ本番であれ、彼らがあんなにきちんとコントロールされて動いてくれるわけなかろうに、って。
7.06.2026
[film] 急に具合が悪くなる (2026)
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