“Woman Make Film”の14時間の次に何を見るべきか、はもう決めていて、これ以外には考えられなかった。
米国の(英国ではやってない)のMUBIで、18日土曜日の昼にEP1-2を、19日日曜日の昼にEP3-4を、25日土曜日の昼にEP5-6を、26日日曜日の昼にEP7-8を見ました。全部で773分。
こういう時期でもあるので一気に見る、という手もあったのかも知れない。でも内容によるよね、とも思い、最初のEP1-2を見た後でこれは分けて見ていっても大丈夫かも、と思ったので。
とにかくこれはずうーっと見たかった一本で、日本でクラウドファンディングでの上映のが来たときもすぐに申し込んで楽しみにしていたのだが最初の上映会が延期になって、その間に自分は英国に渡ることになってしまったので泣いた(後で特典だけ実家に転送されていることを知る)。
見る前もわかんなかったらどうしようとか、長すぎてついて行けなくなったらどうしようとか、少し悩んで、でもStar WarsのEP1からEP9まで見るのよりは短いしな、とか思って踏みきる。
これからこれを見たい、見ようと思っていて楽しみにしている人はここから先は読まない方がよいかも。 以下はただのメモ。
EP1: From Lili to Thomas
日付は最初に"13 April 1970"、とでる。日付が表示されるのはここだけで、どれくらいの時間間隔でこの話が進んでいったのかはわからない。同様に人の名前も、名札が出るわけでもないので彼/彼女がそう呼ばれたときに知る(複数の呼び名をもつ人もいる)。全体として、時間をかけて誰がなにをやっているのか/やろうとしているのか、誰と誰が繋がっているのか/過去に繋がっていたのか、等がいくつかの人や集団の会話と行動からだんだんに浮かびあがってくる、それがひとつのでっかい話なのかその一部なのか、個々が絡みあっているのかいないのかもわからない、なので最初はなにがなんだか、何についてのお話しなのかさっぱりわからない。でもおもしろいったらない。
最初は太鼓の音(テープ)に乗って男女5人のグループがダンスのようなパフォーマンスのような、のレッスンだかリハーサルをしている。どういう団体なのかはわからず演出してリードしているのはLili (Michèle Moretti)で、指示は細かいもののどこを目指しているのかはわからない。ずっと後になって彼らはAeschylusアイスキュロスの”Seven Against Thebes” - 『テーバイ攻めの七将』- を上演しようとしていることがわかってくる。
もういっこ、別の演劇グループのリハーサル風景も出てくる。こちらも男女6人くらいで、最初のグループよりはより前衛・即興風味がつよく、呻いたり痙攣したり転げまわったり舐めたり噛んだりやや激しくて、少し年長のThomas (Michael Lonsdale) がリードしている彼らはAeschylusの”Prometheus Bound” -『縛られたプロメテウス』を上演しようとしている。
どちらのグループも休憩中の風景(編み物したりフルート吹いたり)やリハーサル後の振り返り会でどこが難しいか、どこに注意すべきか、どうしたら巧くできそうか、等を全員でディスカッションする様子まで映しだす。それぞれの劇のテーマとその上演は彼ら全員が真剣に取り組んでいるなにか、そうする価値があるなにか、であるらしい。
このリハーサル映像と並行してカフェで「わたしは聾唖者です」の封筒をテーブルに置いてお金をせびるColin (Jean-Pierre Léaud)がいて、恵んでくれないとハーモニカをえんえん吹きまくるのでみんな嫌な顔をしてて、部屋でスタンプを押してこの封筒を準備する彼の姿が繰り返される。
もうひとり、街のカフェとかに現れてそこの客と話をしたりしてお金を持っていくコソ泥のようなことをしているFrédérique (Juliet Berto)がいて、彼女は部屋に戻るとピストルを手にしたりしている。
EP2: From Thomas to Frédérique
”Prometheus”をやっているグループのディスカッション - ゲーテのこと、シェリーのこと、神のこと、ベケットのこと、Prometheusを通して何を伝えるのか、エテオクレースやエリーニュスのこと、Violenceのこと、などなどの議論が続き、その合間合間にFrédériqueはいろんなカフェに出没していろんな連中と会話したりして、彼らの言葉の端と金を拾っていく。同じようにColinは、渡されたり拾ったりしたメモから何かに気づいたのか閃いたのか黒板に書きだして考え始め、Balzacの”Histoire des Treize” (1833 -1839) -『十三人組物語』に辿り着く。
EP3: From Frédérique to Sarah
Colinが大学の教授(Éric Rohmer !)に手紙を書いて、面談で”Histoire des Treize”(以下The 13)について3つの質問 – 構成される3編の主人公たちの役割とか、実際の事件が影響していたのかとか、現代でもここで描かれたようなアソシエーションはあると思うか、について聞いて、その内容を踏みしめつつ黒板で”The 13”について考えていく。そういう探索のなか"The Corner of Chance"ていう若者がだらだらしている店の前に辿り着いて、そこの店主Pauline (Bulle Ogier)に「the 13を知っているか?」ていうメモを渡す。あと、彼が両親に電話して記者証がほしい、という(ここで彼が喋れることを知る)
そしてFrédériqueはカフェやバーやホテルで小競り合いを繰り返しながらかっぱらいを続けている。
リハーサルはどちらのグループも壁にぶつかっているふうで、”Prometheus”のグループのThomasはSarah (Bernadette Lafont)を呼ぼう、と言って海辺の家(The Obade)に彼女を訪ねる。彼女はグループへの参加について了解する。
EP4: From Sarah to Colin
“Prometheus”のグループにはSarahが加わり、”Seven Against Thebes”のグループにはどこからか現れたRenaud (Alain Libolt)が加わる。
ColinはPaulineの店に出入りするようになり、彼女に”The 13”のことを聞く。その店にはSarahも 出入りしていたり、いろんな糸が見え始めたような。
Frédériqueは、家のリビングでひとりチェスをしていたEtienne (Jacques Doniol-Valcroze)のところにあがりこんで話をして(すごいな)、彼が飲み物を作っている間にカップボードから手紙を盗んで出ていく。この手紙を使って脅したりできないか、って。
Thomasの家での会話から「彼ら」の計画の頓挫とここ6ヶ月くらいずっと動きがないことがわかる。
ハーモニカを手に何かに目覚めて、ふたつのPathがある、ってColinが歩いてくるところで終わる。
EP5: From Colin to Pauline
FrédériqueはEtienneのところから盗んだ手紙をネタに脅迫を始めるがほぼ相手にされない。唯一、Paulineのところに行くと彼女は紙幣と引き換えに手紙をひったくる。
ColinはPaulineの店に入り浸るうちに”The 13”の件だけでなく、Paulineのことを好きになってしまい彼女と”The 13”の両方を(Jean-Pierre Léaudのあのどこか壊れた調子で)追っかけ始める。
“Prometheus”のグループは試行錯誤を通して疲れが出てきて、”Seven Against Thebes”のグループはRenaudがリードを取るようになってLiliは出て行ってしまう。更にメンバーのQuentin (Pierre Baillot)が当ててきた宝くじをRenaudは持ち逃げして、グループの全員で手分けしてパリの地下鉄の駅周辺で聞きこみ張りこみするようになる。
EP6: From Pauline to Emille
”Seven Against Thebes”のグループ全員は消えたRenaudを探しまくって稽古どころではなくて、”Prometheus”のグループの稽古場にはColinが現れてThomasに”The 13”とPrometheusの関係を直球で聞いて、Frédériqueは手紙の関係者に片っ端から会ってどうも連中がしらばっくれている組織のことを聞きだそうとする。 その組織のことを知っていると思われるThomas, Etienne, Lucie (Françoise Fabian)らは2年間動いてないけどどうする? とか言い合っている。
Thomasに教わったカードゲームを繰り返しながらColinは黒板で謎解きを始めて、”Thirteen to hunt the Snark”(スナーク狩り)とか”WAROK”という名前に行き着く。
いろんな角度から突かれて掘り出された名前と符号 - ”The 13”を通して何かが外側で持ちあがろうとしているような。
EP7: From Emilie to Lucie
ColinはWarok (Jean Bouise)に会いに行っていろいろ聞きだし、そこでThomasとすれ違う。ずっとPaulineを探している。
”Prometheus”のグループにはQuentinが加わってリハーサルは少しWorkするようになってきた。
店を畳んで海辺の家(The Obade)に戻ったPauline = EmilieはLiliと会って、Thomasたちの訪問を受ける。彼らの間には明らかに不信と疑念が渦巻いている。
Frédériqueはカフェで会った男は持ち逃げ男のRenaudで、ふたりのはぐれ者はFrédériqueのアパートで婚礼の儀を。
EP8: From Lucie to Marie
ここはもう書かないほうがよいかも。組織をこれからどうするのか/どうしたいのか、についてとてつもないテンションで会話が展開するのと、Frédériqueが最後の賭けにでるのと、Colinは..
確かに長いけど、軽いかんじで、その軽さはどこまでも完成しない演劇とか、目的を達成できないまま停止している組織とか、永遠に終わらないと思われるその運動とその問いの周りを人々がリスのからからみたいに回り続けてところから来るのだと思った。それがよいことなのかいけないことなのか、誰もわからないし答えを持っていない。それって人によっては「青春」とか呼んでしまうしょうもないアレかも知れず、登場人物たちの態度はそれを巡ってふたつの方角に別れる。 通りとカフェと地下鉄と稽古場と海辺が舞台なんて青春ドラマとしか考えられないじゃないか。
もういっこはギリシャ神話から始まりバルザックやキャロルを経由して五月革命に至る、歴史のドラマでもある、と。 人間とはどうやって作られてなんでこんなふうなのか、という問いに貫かれたやつで、顔を出さない名前だけの連中が幅を利かせる、とか、手紙や書物の掘り起しが真実を明らかにしていく、というあたりも。
テーマ的にはColinがÉric Rohmerの教授に聞いたことの答えがそのまま - のような気もする。
そして、Éric Rohmerの映画も、それらの問いの答えを諺とか格言に包んで見せてくれるやつではなかったかしら、って。
女性は誰もがみんなとてもかっこよくて、画面に顔をだす男性はどいつもこいつも割としょうもない。女性たちが頼りにするのは顔を出さないPierreとかIgorとかGeorges、それに真面目に探求を続けるColinだけ、というー。
音楽はなくて、リハーサルの時に流れる太鼓と、Colinのハーモニカと、縦笛とフルートと、これらって、ぜんぶ出陣のときの出囃子で景気付けなのね。
衣装もみんな素敵だし、アパートの部屋も海辺の家のデコールもかっこいいし、ここはフランス映画だねえ。
あと、あのラスト、終わっていないよね。 “OUT 2”ができる可能性もあったのよね?
もう一回見たくなっている。
7.28.2020
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