やっと追いついてきた。
27日金曜日の晩、六本木の先行で見てきました。
先行に行くほど見たかったのか、というとぜんぜんそんなことなくて、FRFも行けないし、つまんなくて退屈だったからさ。 ついでにFRFのチケット代の倍くらいの本とか買って散財した。 楽しくない。
"Batman Begins"も見てないし、ネタバレとかしたらいけないようだし(けっ)、あんまたいしたことは書けませんけど。
もちろんおもしろかった、がしかし中盤のどんよりした感じはなんだったのか。
地上の殴り合いとかがとにかく鈍重できつそうでさー。
ほんもんの悪意をもった悪人とか強大な組織がまじの本気をだせば、街をあんなふうにしてしまうことだってできるし、この監督の前作"Inception"みたいに夢の中に侵入することだってできる。それを映画のなかで実際のセットを作って実現してしまい、街はぼこぼこになったりぐんにゃり倒立したりして、それがブロックバスターとなって社会現象化する。
都市とか機械(メカ)の容貌ががつんがつんとすごくなっていく一方、ヒトはあくまでヒトで、だからここでのBatmanは、翼を使っての飛翔すら禁じられて、Baneにボコボコの丸裸にされてしまう。
力の強いものが世界を掌握する、善なるもの、正しいものが勝つのではなく、そうなったものが正しいのだ、という論理、それに従ってヒーロー(リーダー)も社会組織のありようも変わっていくはずだ、では、そこにおいて善とか正義というのはどういう意味を持つのか、などなどなど。
それは近未来の話なんかではなく、サッチャーあたりから始まって現東京・大阪の首長まで、更にはやんわりと均等に強制されるオリンピックの熱狂とか、ごくふつうに(それがどんだけ異常なことか)流通している肉食の思想。
成熟した都市における法と正義、支配と平和秩序、組織と命令、復讐と悪、この映画のあれこれを巡って「気鋭」「新鋭」のなんとか学者さん達が屑みたいな論文だの本だのをいっぱい量産することになるのだろう。 しかもそこんとこにコロラドの事件まで… やだやだ。 ただの映画なのにさ。
そういうのが画面の向こう、光の落ちたゴッサムの貌の奥にどんより浮かんでくるのが嫌なかんじだったので、ひたすらAnne HathawayさんとJoseph Gordon-Levittさんに集中することにした。ふたりともすんごく素敵だ。
これが15年前はAlicia SilverstoneさんとChris O'Donnellさんだったんだよな...
あとは、みんなが泣くMichael Caineとか。 おじいちゃん… て。
Ricki Tarrは、George Smileyの部下だったはずなのに。
機械関係は、どれも夢のようにすごくてかっこいい。 "The Avengers"の空に浮かびあがる空母もそうだったが、もうなんだってできるんだねえ。
音楽のHans Zimmerも、あんぐり。小さい音だとわかんないかもだが、画面のひとつひとつにびっちりと粘膜のように張りついてて、それが偏頭痛のようにずきずきと圧迫していって、クライマックスで暴走する。 つくるの大変だったのではないか。
予告でも流れている台詞、"This isn't a car~"と"Not everything. Not yet"がSNLで散々いじられることを期待したい。
オリンピックの開会式は、Billy BraggさんのTweetを追っかけたくらいなのだが、曲目リストを見たら"Gregory's Girl"のテーマとかあった。 そこのとこだけ見たかったかも。
7.29.2012
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