4.09.2026

[theatre] Romeo & Juliet

3月25日、水曜日の晩、Harold Pinter Theatreで見ました。
今回の滞在期間中に見た演劇のうち、5本目となるRomeoとJuliet。なんか流行っているのだろうか?

“Stranger Things”のSadie Sinkと映画”Hamnet” (2025)の劇中、グローブ座で上演される”Hamlet”でHamlet役を演じていたNoah Jupeの競演。 原作(1596)はShakespeare、演出はMark StrongとLesley Manvilleによる”Oedipus”がおもしろかったRobert Icke、設定やコスチュームは現代のそれになっていて、タイトルの”&”はハートマークを模していて、客層もやはりたいへん若い。それもあるのか上演前からスマホ撮影に対するチェックと指導は厳しめ。 休憩を挟んで約3時間。

配役は若いぴかぴかのふたり vs 汚れて醜い一族の大人たち、が強調されているようで、シンプルな黒の背景にふたつの勢力の対立構造がざっと紹介された後、中央に置かれた大きな白いベッドの布団からJuliet (Sadie Sink)がひょこっと顔を出してふぁーって気持ちよさそうな伸びをすると、それだけで客席から溜息がもれたりする(Paddingtonミュージカルの登場シーンと同じ)。そして少しの間を置いて、同じベッドからRomeo (Noah Jupe)も姿をあらわす。場所は別々であっても、そんなふうにどこかでなにかが同期している予感のようなものがふたりを近づけていく。

舞台の上にはデジタルの時計板が表示されていて、前日の土曜日頃~キャピュレット家でふたりが目線を交錯させる日曜の晩からふたりが遺体となって発見される水曜日の朝まで、たった4日間の時間を刻々と刻んでいく。で、場面によっては同じシーンの時間を巻き戻して、もしこの場面がこう進行していたら… という仮設定シーンも重ねて上演されたりする – 例えばもしあの晩ふたりが出会わなかったら、とか。でもこの悲劇には関しては、どれだけの「もし」を重ねたとしても、誰もが最後にああなってしまうことを知っているし、それ以外の結末なんてありえないし、みんなそれを見にくるものなので、あんなふうにもしもあの時… を重ねていくことにどんな意味があるのか、はちょっと思った。(ひとりひとりが後でしみじみ振り返って想像すればよいことでは - 実際にそうするし - とか)

ただ、これをやることで、ふたりのあの出会いがどれだけの奇跡の上に重ねられたとてつもない奇跡であったのか、はくっきりと強調されていたかも。

光と闇をコントラスト強めに交錯させていく演出とライティングは、ふたりが相対するやくざでバカでしょうもない世の中やそこに潜むガサツな大人たちを劇画のような暗さのなかに浮かびあがらせ、その反対側でまばゆい、止まらない愛を辺りかまわずぶちまけていくふたりの姿を照らして、近づいてくる最後の時までの切なさ辛さときたらたまんなくて、ふたりはそれに応えるかのように羽を目一杯広げて飛びたとうとして、その眩しいことったら。

これまで見た同作の翻案ものとしては、やはりBaz Luhrmannの映画版 - “Romeo + Juliet” (1996)のClaire DanesとLeonardo DiCaprioの、あのふたりを思い浮かべてしまう。グランジの泥のあとに現れた彼らの瑞々しさと、それに続くケミストリーと、それが壊されていく、でもぜったい壊されないが故の痛みがどこまでも伸びていって、トラウマになりかねないやつ。

あの映画ほどの悲痛なかんじはなく、他の舞台にあったような悲劇一直線の生真面目な暗さもそんなになくて、とにかくふたり一緒にいられれるのなら、あとはなにもいらない! のつんのめった明るさがふたりをたったふたりにする。それだけで十分、になってしまう、そんな舞台だった。Sadie Sinkの輝きを見てほしい。


Bruno DumontのRomeo and Julietにインスパイアされたという新作、見たいような見たくないような…

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