4.14.2026

[log] London - others part 1

ここからしばらくはロンドン最後の方の日々で見て、ぜんぜん or 十分書けていなかったのを並べていきたい。

Schiaparelli: Fashion Becomes Art

V&Aで3月28日から始まった展示で、3/29の土曜日に見てきました。 Elsa Schiaparelli (1890-1973)の回顧展。

ダリやコクトー、ピカソやリー・ミラーといった同時代のアーティストとのコラボ、ロブスターや電話機や骸骨やいろんな動物たちを服やアクセサリーに織り込んで服飾をアートやオブジェの域まで高めた、自分にとってはデザイナーというよりはアーティストに近いイメージの人で、見どころもその辺になるのか。アクセサリーやアーカイブも含めて約400点が出ている。 展示の後半には今のSchiaparelliのCreative DesignerのDaniel Roseberryによるブランドの現在をうまく散りばめて、死んでいないのだアピールもあったり。

イタリアに生まれ、20代でロンドンに来て、30代で20~30年代のパリに移り住んで、ライバルとなるCoco Chanelと出会い..  展示ではあの時代のパリの空気感が充満する前半がすばらしいのと、彼女の服を身に着けた映画スターたち – Katherine Hepburn, Marlene Dietrich, Joan Crawford, Josephine Baker, Diana Vreelandらの肖像がたまらない。あの時代の彼女たちが着ていた、という強さ。

前の日に見た”The Antwerp Six”の対極にあるようで、Coco Chanelがやったことと並んで、これもまた革命のようなものだったのかもしれない、とか。MET Galaを始め、レッドカーペットでの奇抜さを競うあれらの素地を作った、という功績。これらって作る人、着る人は楽しそうで、見る側はよくもまあ、とか着るの面倒くさそうだな、になって、そんな風に見る - 常に纏うファッションと飾るアートの境界を考える/考えさせるような形でのファッションのありようを作った人、ということでよいのか。


Seurat and the Sea

3月22日、Courtauld Galleryで見ました。

Georges Seurat (1859-1891)は、『グランド・ジャット島の日曜日の午後』 - “A Sunday Afternoon on the Island of La Grande Jatte” (1884-1886)の、あのでっかいやつ一枚で十分と思っていたのだが、昨年9月のNational Galleryでの企画展 - “Radical Harmony - Helene Kröller-Müller's Neo-Impressionists”がすばらしく、少し認識が変わって、点描というスタイルは結構すごいのでは、って思った。

そういう流れを受けての、Seuratが描いた海、海辺の絵を集めた展示。
Seuratは31歳の若さで亡くなるまでに45点の絵画を描いていて、ここではそのうち英仏海峡の海を描いた風景画 - 23点の油彩と3点の素描が展示されている。 こうやって並べられているものを見ていくと、ポストも含めた印象派とは全く異なる視角で光や知覚に関わる可能性を追求していたことがわかる。光やモノが網膜上に置かれるその「印象」ではなく、物理的な質量感やそれを構成する粒粒として迫ってくるその力学を追っていたということが、岸壁や海面の隆起や反射と共に見えてくる。 それは印象派の「印象」としてざっと一瞬で把握できるものではなく、じーっと見ていると静かに波打つように形作ってくるようにやってきて、そんなふうに海が迫ってくるさまが圧倒的で、わーって。

時間があったらもう一回見に行きたかったのだがー。


A View of One’s Own: Landscapes by British Women Artists, 1760-1860

Courtauld Galleryの小さな展示室でやっていた小企画。
今年はTate Britainでの”Turner & Constable - Rivals & Originals”という、なかなかすごい、歴史に残るような展覧会が開かれた年でもあったが、こういう展示もあってよいの。

18世紀から19世紀にかけて、男性画家ばかりが風景画を描いていた頃、同様に風景画を追求していた女性画家もいて、そんな10人を紹介している。油彩の大きな絵はなくて、サイズも小さめの水彩画、ペン画、素描が中心だが、どれも素敵。荒ぶる自然のなかにあって迫ってくる風景、というよりは穏やかで虹が出ていたり、楽園のような広がり - 迫ってくるというより奥に広がっていく - のなかにあって、そうだよなー、っていうのと、作品がずっと息子のものとされていてこないだ改めて発見された(ひどい話)Elizabeth Battyとか。


ここで一旦きる。 だらだら書いていこう。
 

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