4月15日、水曜日の晩、神保町シアターの特集 『名作の陰に女性脚本家あり 田中澄江と水木洋子』で見ました。
監督は成瀬巳喜男、原作は岸田国士の同名戯曲の他、いくつかをネタにして脚本は水木洋子。ここまで来ると「名作の陰」というより「名作のフロント」でよいのでは、と思う。
結婚後4年が経った亮太郎(佐野周二)と文子(原節子)の夫婦は倦怠期というのか仲がよくなくて、日曜の朝からどうでもいいことでぶつかって、互いがうっとおしくて何を言われても何かやっているのを見ても忌々しくて、そのやりとりだけ延々見せてくれてもよいのだが、こんなふたりの隣に越してきた小林佳樹と根岸明美の歳の離れた夫婦の火花とか、新婚旅行の途中で嫌になって夫を捨ててきた姪の香川京子が飛びこんできたりとか、彼らはみんな、いかに自分の相手の相手をするのが嫌で大変でやってらんないかを訴えてきたりするのだが、そんなことを心配している余裕なんてないし、そんなのよか自分らの事態の方が遥かに深刻でどうしようもないのだ子供にはわかんないだろうが、って思っている。
そういう至近距離の戦いのほかに、町内会のおばちゃん(見るからに昭和のおばちゃん)達から、軒下にやってくるノラ犬の挙動について、放し飼いにしておくのはどうしたものか? のねちねちが来て、それが生産性ゼロ、あたしの時間を返して系の臨時町内会に発展したり、この辺の民度(っていうの?)のありようはここから70年を経ても変わっていない。ということにびっくりすべき。
原節子は表面にぎりぎりの笑みを湛えつつ内側で燻るふざけんじゃねえぞクソ野郎ども、の状態を呼吸と所作のひとつひとつに心を込めて維持実践していくのが変わらずすごくて、その反対側に立つ佐野周二は、外面だくはよくてなんかできそうに見えて、実はとてつもないぼんくらで何も考えていないもんの殺傷力が変わらずにすごくて、結果は殺伐とした日曜深夜にひとり噛みしめるサザエさんみたいなかんじになる。
タイトルはこの程度の諍いは季節によってどこにでも起こる通り雨のようなもの、ということなのか、いやいや通り雨だって落雷や土砂崩れでひとが死ぬことだってあるのよ、ということを水木洋子は言っているのだと思う。
甘い汁 (1964)
4月17日、金曜日の晩、同じ特集で見ました。
これも原作・脚本は水木洋子で監督は豊田四郎、主演の京マチ子は毎日映画コンクールとキネマ旬報賞のふたつで主演女優賞を受賞している。英語題は”Sweet Sweat”。
昭和の真ん中くらい、どぶ川の周りに狭い住宅がひしめいて再開発で整理されようとしているエリアで、梅子(京マチ子)はなにが生業とも言えないようなマルチ水商売で冒頭から仕事仲間のすみ江(木村俊恵)と大げんかしたり、ちんぴらっぽいバーテンの藤井(小沢昭一)に紹介されたじじいの妾仕事をミスったり、家に戻れば母親(沢村貞子)と娘竹子(桑野みゆき)と弟(名古屋章)一家の8人が同居していて、どこに行ってもなにをしてもなんだかはみ出してすごいのだが、誰にどう言われようともへっちゃらだし、娘だってさばさばしているし、とにかく愛と金の甘い汁を求めて彷徨う.. というよりはもう少し強く、バウンドしていく様がモノクロ写真の至近距離で肉肉しく映しだされていく。「驟雨」?ふざけんな、って自らどぶ川に飛びこんでいくような威勢のよさ。でも、本当の甘い汁を吸っているのは彼女ではない別の奴らなのだ、というメッセージも底にあると思った。
かつての恋人で、いまはやくざになっている辰岡(佐田啓二)との再会シーンもロマンチックでもなんでもなく、ベッドの下にテープレコーダーを仕掛けるしたたかさ(そして簡単にばれる)で、そこには原節子の表面張力なんて微塵もないの。でもどちらも同じくらいに強くて負けることなんてないの。
4.24.2026
[film] 驟雨 (1956) - etc.
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