4.27.2026

[film] 沓掛時次郎 (1929)

4月19日、日曜日の午後、国立映画アーカイブの特集『発掘された映画たち2026』で見ました。
16mmプリントから復元されたサイレントで、ピアノ伴奏は吉田詩子。

原作(1928)は長谷川伸による3幕からなる戯曲で初演は同年の帝国劇場、Wikipediaによるとこれまでに8度映画化されていて、これが最初の映画化作品で、監督は辻吉朗。

沓掛時次郎モノの映画は、シネマヴェーラができたばかりの頃(2006年)の加藤泰特集で『沓掛時次郎 遊侠一匹』(1966) - 主演中村錦之助のを見ていて、この頃はNYから戻ってきたばかり、その時いた会社を辞めちゃったところに加藤泰作品がとてもしみて、衝撃だったりしたことを思いだす。もう20年前なのかー。

画面は白黒のコントラストが強い、昔の写真のようで、冒頭に中ノ川一家の親分が島流しにあって、部下の三蔵(葛木香一)らに後を頼むぞ、って消えてなくなり、でも親分がいなくなった組を捨てて出ていく者も多くなり、そうして弱体化した三蔵のところに、3人の刺客+彼らに一宿一飯で雇われた沓掛時次郎(大河内伝次郎)が現れて、三蔵は3匹をどうにか蹴散らすのだが、背後から現れた時次郎には敵わなくてやられてしまい、息を引き取る直前に時次郎に妻のおきぬ(酒井米子)と息子の太郎吉(尾上助三郎)を頼むって言い残し、おきぬからすれば夫/父を殺した男と一緒に旅をしなければならなくなるし、やがておきぬの体は弱っていって、お金もなくなってしまったので、最後にやむなくお金稼ぎのために出入りの助っ人を引き受けるのだが、いざ行ってみるとものすごい敵陣で、向こうには最初に自分を雇った3人組とかもいて…

とにかく大河内伝次郎の輪郭がフランケンシュタインのようにぶっとくて、あんなのが通りの向こうから現れたらそれだけで逃げたくなると思うのだが、最後の出入りのシーンのぶん回しはとてつもないスピードと勢いで大量の敵をばさばさなぎ倒していくし、向こうの刃はぜんぶ逸れていくようだし、サイレントのコマの早いのとかも入っているのか、イメージとしては「うぉおおりゃああああー」みたいな勢いで一気にぶちかまして、稲妻の速さでおきぬのところに戻ったのに…

自分の夫を殺した男と身寄りもお金もなくなったので一緒になって旅をしなければならなくなり、やがて情が移って、ってどう考えても男性に都合よい視点の物語で、女性からしたら恐怖と絶望一直線しかないのでは、っていつも思うのだが、でもこのお話しは好まれて映画もTVも沢山作られて昭和を代表するような男優たちがみんな演じている。よくわかんないかも。 って思いつつそのまま正門前のデモまで歩いていった。


Karl Walser  - スイス絵画の異才 

↑を見る前に、東京ステーションギャラリーで見ました。
Karl Walser (1877–1943)は小説家Robert Walser (1878–1956)の兄で、ローベルトのほうはベンヤミンを経由したり、数年前に出た本『ローベルト・ヴァルザーとの散策』で知っていて、カールの方は当時の割と典型的な線の象徴主義の画家、程度の認識しかなくて、纏めて見る機会があまりなかったかも、と。

日本に行って東京や京都に滞在していたなんて知らなくて、そこで描かれた絵がなかなかよいかんじ。祭りのごちゃごちゃした色の塊りの出し方とか、滲んで見えてしまうもののかんじとか。

ちょっとびっくりしたのは会場で上映されていた「カール・ヴァルザーゆかりの地」のビデオにベルン旧市街の古書店 – Daniel Thierstein Buchantiquariatが出てきて、ここってベルンに行った時に1時間くらいはまってたとこじゃん! で、ヴァルザー兄弟の著作が多く置いてある、って説明があって、店に入ったのはたまたま、そんなことぜんぜんそんなの知らなかったのだが、そこで買ったのはヴァルザー兄弟の評伝本だったという…(ちゃんと確かめたいのだが、本たちは今頃みんなアフリカ大陸の西か南の海上にいる – はず..)

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