4月23日、木曜日の晩、ヒューマントラストシネマ有楽町で見ました。邦題は『1975年のケルン・コンサート』。
2025年のベルリン国際映画祭でプレミアされた。監督はIdo Fluk。
1975年1月24日にケルンのオペラハウスで行われたKeith Jarrettのピアノソロを収録したライブ盤 - “Köln Concert”は世界で最も売れたJazzレコードの一枚なのだそうだが、そのライブ〜収録の舞台裏ではどんなことが起こっていたのか、コンサートのプロモーターだった当時18歳のVera Brandes (Mala Emde)を中心に語られる。
最初は最近の(初老の)Varaの誕生日に現れた彼女の天敵だった実父の抑圧的な言動から10代の彼女の回想に入っていく。威勢のよいパーティガールだった彼女は地元で行われたRonnie Scottのライブの後、親しくなった彼からドイツのツアーのブッキングをやってくれないか、って頼まれて、父の病院の電話回線を使って見よう見まねで手配ごとを始めて、そういう中で触れたKeith Jarrettの音楽にこれだ! って衝撃を受けてなんとしても自分で呼びたい、とオペラハウスを押さえて、今となっては歴史に残るコンサートを実現してしまうまでのどたばたを彼女の青春ドラマとして綴っていく。
もう一人の関係者として音楽ライターのMichael Watts (Michael Chernus) がケルンに向かうKeith Jarrett (John Magaro)の車に同乗して現地まで向かい、コンサート直前の彼の様子や人となりを描写していく。腰痛で状態も機嫌もよくないアーティストは到着してすぐ、ステージに用意されているはずのピアノ - 全長10フィート、重さ半トンのBösendorfer Imperialではない、小型でおんぼろのリハーサル用ピアノを見て、こんなのではやれない、と言う。
コンサートが始まる23時半(いいなー)まであと数時間、ピアノはどうにかなるのか、ばたばたで宣伝もできていない客の方は入ってくれるのか、そんなことよりご機嫌も体調もよろしくないKeith Jarrettは演奏してくれるのか? 等が渦を巻いていくのだが、結果はみんなわかっている通りめでたし、どころかとんでもなかったよ… になる。
この晩の彼のライブの様子は当然描かれないし、それと同様になぜそんな奇跡が起こったのかも明かされないしよくわからないので、よかったよかった、と言うしかなく、だからそんな朗らかな青春もの、にならざるを得ないことはわかるのだが、音楽を扱う、音楽がドライブした何かを扱うのであればそこをもう少しだけどうにかー、とは思った。
この映画の内容についてはKeith JarrettもECM RecordsのManfred Eicherもオーソライズはしていなくて、他方でこのコンサートに関わった関係者のインタビューを中心としたドキュメンタリーフィルム - “Lost in Köln”が用意されている(公開されないのかな?)ことも知っているのだが、もういいかなー、というかんじにはなっている。
少なくともみんなの手元に残されている50年前の音楽にはジャズとか即興とか、そういうのを超えた万能の、ユニバーサルな「音楽」としか言いようのない何かが跳ねてうねっていて、それに浸ることじゃ、しかない。あの盤にはそういう磁力があると思うのだが、それはまず聴いてみないことには、だしね。
あと、ジャズ以外の音楽だと、CANの”Mother Sky”がターンテーブルに乗せるところも含めて印象的に流れてきて、時代の空気、のような使い方なのだろうが、この頃のクラウトロックをもっとがんがん流しちゃってもよかったかも。
4.28.2026
[film] Köln 75 (2025)
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