4.08.2026

[theatre] Evening All Afternoon

3月24日、火曜日の晩、Donmar Warehouseで見ました。

この日は午後から航空便と船便の荷物出しがあって、13時開始予定だったのが前のが押してるとかで3時間ほど後ろに倒れて、でも17時前にはどうにか終えて、スーツケースなどに詰めた生き残り荷物と一緒に車で西の方のホテルに移動してからCovent Gardenに行ってBleecker Burgerでバーガーとフライとシェイクを頼んでなんとか生き返って、その隣でこれを見た。

上演前は、Joni Mitchellの”Both Sides Now”が繰り返し流れていて、ステージ上は手前に椅子がある白の簡素なリビングのよう。奥に小物が並べられた棚があって斜めから照らされるモノトーンの照明が柔らかく影絵の効果を生み出している。

原作はNYのAnna Zieglerによる新作(これがプレミアとなる)の2人芝居、演出はDiyan Zora。1時間半、休憩なし。

Delilah (Erin Kellyman - こないだの映画 - “28 Years Later: The Bone Temple”(2026)での演技が印象に残った、これが彼女の演劇デビュー作)はジャマイカ生まれの母を亡くして、彼女の父は7歳年上のイギリス人女性のJennifer (Anastasia Hille)と結婚した。彼女は地味で穏やかな典型的なイギリス人で初婚で、Delilahは最初からふてくされていて、彼女のなにもかもが気にくわないらしい。

ブルックリンで育ったアメリカン娘と午後の紅茶とその時間を愛する穏健なブリティッシュ女性が最初から意気投合するはずもなく、愛する母を失ったばかりのDelilahからすれば、再婚によって父までも奪われたかのようで、でもそれらをぶつけることができる相手がいるとすれば目の前のJenniferしかいない。

Jenniferからすれば、これまでしたことがなかった結婚(生活)に加えて、自分が持つことになるとは思っていなかった子供 - 娘までついてきて、いかにもイギリス人な辛抱強さと諦念と母親的なおせっかいでもってどうにかできる、と思っているような(はっきりそう語るわけではないが、その態度物腰、眼差しと自分の知るイギリス人の範囲ではそうかな、って)。

劇は最初から敵意&憎悪丸出しのDelilahとそれをぜんぶ律儀に正面から受けながら少しでも自分のことをわかって貰おうと静かに優しく語りかけていくJenniferと、でもそれらのコミュニケーションがぜんぶ空振りしたり宙に浮いてしまったり、舞台の中央にはゆっくり回転するサークルがあって、その端と端に立ったふたりが距離を縮めることなく同じ軌道を回り続けていく姿が描かれていく。

やがて静かな語り、そのやりとりの中で明らかにされていくJenniferの過去、彼女の抱えてきた喪失と失意の物語がDelilahのなにかに触れて、めでたく分かり合えて結ばれる - そんなわけはないのだが、それぞれの影がふたりの間にひとつの、いくつかの像を切り結んでいく様が刻々と描かれていく。対話やそこに向かう姿勢がどう、という以前のところで、そこにいるひとりの人はそれぞれいろんなものを背負ってそこに座っている、その息遣い、それがもうひとりに触れて何かが起こるその不思議が舞台の上に置かれているようだった。

この静かな紛争の第三の当事者であるDelilahの父親、Jenniferの夫がここにいないことについて、人によっては違和感を感じるのかも知れないが、これは原因や和解を模索するお話しではない気がして。

客席には女性がやや多めで、最後の方はすすり泣く声があちこちから聞こえて、そうかも、って思った。アメリカで上演しても同じ反応になるのかしら?

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。