4.20.2026

[film] Caught (1949) - etc.

3月31日に帰国して、4月3日の金曜日に帰国後最初のライブに行って、4月4日の土曜日に帰国後最初の映画を見た。割とゆっくりめだが、この先はゆるゆると老いて腐っていくだけなので焦らずに見たいものを粛々と見ていくの。

そういう時は、CMも予告も入らないシネマヴェーラと神保町シアターと国立映画アーカイブは(あとラピュタも?)が救いで、とにかくここに駆けこんで暗闇にうずくまって何本か見ること。 日本の映画館のCMと予告って、なんであんなにぐったりさせられるものが多いのだろう。 CM予告は英国のシネコンにもあるけど、日本のほどストレスを感じさせるものではない(言葉だけではない気がする)。

とにかくそんな時に、シネマヴェーラの特集 - 『映画は女で作られる マックス・オフュルス特集』ほどうまくゆるく嵌って救ってくれるものはないの。

Caught (1949)  - 魅せられて

4月4日、土曜日の昼に見ました。
見たことないと思っていたが、最初の雑誌をめくっているシーンで、あ、ってわかる(映画のタイトルは憶えられないがファーストシーンだけは憶えているタイプ)。

原作はLibbie Blockの小説”Wild Calendar” (1945)、これをArthur Laurentsが脚色している。
モデルをしながら花嫁修業学校に通い、玉の輿を夢みるLeonora (Barbara Bel Geddes)が押しつけられたパーティ券でビリオネアのSmith Ohlrig (Robert Ryan)と出会う。セラピストとのセッションで君に結婚は無理だ、と言われてムカついていたOhlrigはそれへの反発でLeonoraにプロポーズして結婚してやって、ふたりにとってwin-win関係のはずだったのだが、夫はとてつもないDV野郎だった… (現代用語がわかりやすく簡単にはまってしまう)

ロングアイランドの豪邸を飛び出した彼女は境遇を隠してダウンタウンの貧しい地区で小児科医をやっているLarry Quinada (James Mason)の医院で事務のバイトを始めて、最初は怒られてばかりだったが努力してQuinadaとも仲良くなっていって、他方でOhlrigはLeonoraの居場所をつきとめて連れ戻し、Leonoraの正体を知ったQuinadaもロングアイランドに向かうのだが、そのとき彼女は妊娠していて…

ちっとも古くない、こてこてどろどろ、英米を代表する粘着パラノイア系男優が激突する、怪獣映画みたいなサイコメロドラマで自分の身とは一切関係ないので安心して見ていられる。Robert RyanとJames Masonが延々罵りあい殴りあうところをもっともっと見たかった。


Le Plaisir (1952)  - 快楽

4月5日、日曜日の昼に見ました。
英語題は”House of Pleasure”。原作はモーパッサンの短編3つ - "Le Masque" (1889), "La Maison Tellier" (1881), "Le Modèle" (1883)をもとにした3つのエピソード。これもやはり見たことがあるやつだった。邦題がシンプルすぎるのがよくないと思うの。

Le Masque
ダンスホールで仮面を被って踊っていた男が具合悪くなって倒れて、そこにいた医師も一緒に彼の自宅までついてきてもらう。仮面を外した男はよれよれの老人で、家にいた老妻は昔はこれでもプレイボーイでしたの、って語るの。酸欠で死にそうになるまで仮面をして繕ってモテようとする男性の悲哀が妻の口から語られて、いろいろしょうもない。

La Maison Tellier
小さな海辺の町で、その町の男たちみんなが通うJulia Tellier (Madeleine Renaud)の娼館があって、ある晩から突然休業になってしまったようなので行き場を失った男たちはぶつくさ言い合うのだが、彼女は従業員たちを連れて姪の初聖体拝領式に出席するため列車で田舎に向かっていた。田舎の駅で一行を迎えたJuliaの兄Joseph (Jean Gabin)はそのなかにいたRosa (Danielle Darrieux)に夢中になるし、村人は派手でおおらかな女性たちにびっくりなのだが、メインはあくまで聖体拝領式で、その時はみんなでしみじみ聖なる何かに感動して、一行が再び町に戻ると、男性たちも大喜びで戻ってくるのだった。

Le Modèle
若い画家とモデル(Simone Simon)が恋におちて、一緒に暮らして将来を誓いあうのだが、やがて画家の心は離れて友人の家に身を寄せてしまう。そこにやってきた彼女は飛びおりる!っていって本当に飛びおりちゃって、後悔した画家はずっと車椅子の彼女の面倒を見ることになる。

若い頃の画家が絵を売りにいったサロンに、こないだオルセーで見たルノワールがあった、気がした。

最初のエピソードは老いた男性を女性が見ている話しで、最後のそれは動けなくなった女性を男性が見ている話しで、どちらも若い頃からの業を引き摺っていて、その中間のエピソードでは、聖体拝領式以降の色恋が盛っていくもようを描いていて、タイトルは「快楽」。誰ひとり悪くない。 死は見え隠れしているけど、ここにはいない。


Madame de... (1953)  - たそがれの女心

4月6日、月曜日の晩に見ました。 これはさすがに見たことあった。

原作はLouise de Vilmorinの同名小説(1951)。
ベル・エポック時代のパリに関係の冷めきった夫婦 – Louise (Danielle Darrieux)と伯爵で軍の将軍でもあるAndre (Charles Boyer)がいて、遊びすぎて金がなくなったLouiseが夫から貰ったイヤリングを売ったら、それが宝石商~夫~夫の愛人を介してコンスタンティノープルまでいって、それを手に入れたイタリアの外交官であるDonati男爵(Vittorio De Sica)とLouiseとの出会いを経てぐるっと戻ってくるのだが、その軌跡が決闘沙汰にまで繋がっていく。

「呪いのイヤリング」と言いたくなるところだが、中心にいるのは自身の苗字を言えずに”...”となってしまう彼女の祈りと苦しみ、その悲劇、あとは将軍のクズっぷりと。

上の“Le Plaisir”が、死に向かう一歩手前までを描いているとするなら、こちらは死につながるチェーン(リング)に託された何かを映しだして、どっちにしても楽なことはない。なのになんで人は恋におちてしまうのか、など。

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