1.06.2025

[theatre] The Tempest

12月30日、月曜日の晩、Theatre Royal Drury Lane で見ました。

2024年最後に見た演劇で、ここんとこ自分の中で続いているシェイクスピア劇を見ていこう、のシリーズ、でもある。

Sigourney WeaverのWest Endデビューで演出はJamie Lloyd。 男性役のProsperoを女優が演じる、という点では、偶然だけど2日前に見た「ベニスの商人」のShylockをTracy-Ann Obermanが演じたのに続く。こういうジェンダー逆転シェイクスピアって昔からふつうにあったものなのだろうか?

上演前から宇宙っぽいダークでスペーシーな音が渦を巻くように埋めていて、幕が開くとどこかの星の上のような黒い崖のような岩が寒々しくでっかく横たわっていて、それらを覆ったり吹き飛ばしたりするようにでっかいシルク布が渦を巻いたり嵐を巻き起こしたり、ライティングはところどころで雷のように瞬いて強い残像を残す。シアターが大きいのでしょうがないのかもだが、ヘッドマイクを通した俳優の声はすべて均質に仰々しく響き渡ってしまうので、先の舞台セットも含めて「大規模プロダクション/アトラクション」の仕様がずっとあって、この辺の違和感は最後まで。(こういうセットでやってもよいスケールの劇である、というのはわかるけど)

Prospero (Sigourney Weaver)は最後の方を除いて大きな動きはせず見せず、裃(かみしも)のような衣装を纏って最後の場面でそれを変えるまでずっと舞台上にいて、ひとり呟いたり、登場人物たちとの個々のやりとりは十分に力強く真ん中にいるのだが、大枠では静かに全体を眺めつつ統御しているかんじ。

怪物Caliban (Forbes Masson)は傷だらけのお相撲さんかプロレスラーとしか思えない格好で舞台下の水中から顔をだしてやくざな酔っ払いとして暴れ、妖精Ariel (Mason Alexander Park)はマリリン・マンソンのメイクで空から降りてきて - この人が一番かっこよくて素敵だったかも 、Calibanと結託するTrinculo (Mathew Horne)とStephano (Jason Barnett)は漫才ピエロで、Prosperoの娘Miranda (Mara Huf)とナポリ王子Ferdinand (James Phoon)の恋は、立ち居振る舞いも含めてディズニー映画のようにきらきらしていて、要は各キャラクターが好きなように暴れたりそこらをうろつくばかり(ただし境界は守りつつ)で、宇宙の真ん中でこれか… みたいな纏まりのなさすぎる感があって、本来であれば、大嵐 - Tempestの荒ぶるなにかが力技でごたごたを収めたりどうにかしてくれるのだと思うが、ここでの女性Prosperoはなにかを静かに待っているようになにもしないふうで座っているのがほとんど。それを母性的な大らかさで包みこもうとするなにか、と見るのがよいのか、彼女の当たり役であるRipleyのように最後にとてつもないパワーを発揮するものとして置いておくべきなのか、おそらく後者なのかも。

魔界と人間界の間に立つ、って映画“Alien”のテーマにも通じるなにかのようにも思えて、せっかくSFぽい舞台セットにしたのだから、転移や寄生に近いところで、あるいは呪いや魔法を解くというところでなんかでるかも(でてきて)、と思ったのだが、割とストレートでふつうだったのはやや残念だったか。(Sigourney Weaverのふたつの顔がぼんやりと結ばれているポスターはそれっぽかったのに)

でもやっぱりSigourney Weaverはものすごく素敵な人ではないか、と思ったり。

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