5月20日、土曜日の昼、武蔵野館からシネマカリテに移動して見ました。
邦題は『聖地には蜘蛛が巣を張る』。この邦題はちょっと引っかかる。原題は「聖なる蜘蛛」なのに、なんで「聖」を土地の方にずらしてしまうのか? 聖地が舞台なのは確かだけど、はっきりとそっちじゃない、それって犯人側の視線をなぞっているだけではないか。
監督は“Gräns” (2018) - 『ボーダー』がおもしろかったイランのAli Abbasi。
冒頭、夜中に具合の悪そうな女性が派手めのメイクをして子供にお別れをして町に出ていって、男性に拾われて連れていかれ、首を絞められ殺されて埋められるまで、があっさり描かれる。
2001年、イラン北東部の都市マシャドで16人のセックスワーカーを殺害して“Spider Killer”と呼ばれ、逮捕後に売春を一掃する聖なる使命があると主張して宗教右派のヒーローとなったSaeed Hanaeiの事件に題材をとったもの。
犯罪サスペンス - 犯人を捜したりその動機を探ったり追ったりのドラマとは違って、犯人もそのプロファイルも動機も最初から明らか – むしろ明らかに声高に宣言していて、これをテヘランからハラスメント絡みで仕事を失って流れてきたジャーナリストのRahimi (Zar Amir-Ebrahimi) - 彼女は架空のキャラクター – がこの事件に取り組むべく犯人から犯行声明の電話を受けたりしている地元紙記者Sharifi (Arash Ashtiani)の協力を得て、証拠証跡を追ったり被害者たちの足跡を追ったりし始める。 が、警察に行っても女性蔑視の根は当然のように深く空気のようで、協力なんて得られそうにない。
犯人のSaeed (Mehdi Bajestani)は、建築作業員で、イラン・イラク戦争の帰還兵で、モスクにも通う敬虔なイスラム教信者で、妻と子供が3人、義父ともうまくやっているし誰がどうみてもふつうの幸せそうな家庭の長で、たまに陰で苦しむ様子も見せるが、それがPTSDによるものなのか自身の罪に対するものなのかはよくわからない。
犯人はセックスワーカーがたむろする辺りにバイクでやってきて連れ去る、くらいの情報しか得られないまま、Rahimiが具合悪そうにしていたところをカフェで介抱した女性が翌日に死体で発見された – その遺体を見ると自分がおとりになって突きとめるしかない、と決意を固める。他方でSaeedの方も自宅に連れ込んだ女性に抵抗されて傷を作って家族に指摘されたり痕跡を残されたり、自分の犯した罪が新聞に取りあげられないことへの焦りや苛立ちも絡まって思うように運べなくなっていく。
こうしてセックスワーカーになりすましたRahimiがバイクに乗ったSaeedにピックアップされてそれをSharifiの車が追う – そして車はバイクを見失い... ひとりでSaeedに立ち向かうことになったRahimiはどうなってしまうのか? - が映画のヤマではなくて、本当に地獄でおそろしくなるのは彼が逮捕・収監されてからなのだった。(そしていまだに地続きで)
Saeedは自分の犯した罪を(これまでの態度の延長で)隠そうとはせず、自分のしたこと – 聖都を浄化したのだ – に賛同してくれそうな世論や旧知の軍関係者や(なによりも)信じて認めてくれる家族がいることを自覚していて、裁判でも極刑はないだろうと - 精神異常で情状酌量を狙って自信たっぷりなのが怖くて、実際に彼を讃えるデモがありRahimiによる家族へのインタビューでも彼は英雄のように讃えて取り扱われていて、裁判の結果が出るまでの、そして審議の後の展開はなかなかスリリングでこわいし、見せ方もうまいと思った。
こんなふうに怖いところだらけなのだが、一番ぞっとするのはこの光景 - 浄化の名のもとで行われるヘイトや排除、それによって保たれる誰かの体面だの欲求だの - がイランの聖地だから起こった、というよりも世界のどこにでも起こりうるし起こっていることだ、って気付かされるからではないか。ダイバーシティだのSDGsだのが謳われる裏側なんてこんなもの。
言うまでもなく神の国とかこの国すごいとか自画自賛して誇りながら、反対側でセックスワーカーやホームレスや難民たちを見えないように隠したり強制排除したり(or やるなら国外で、とか)、なのに誰ひとり加害者や家父長のグロい欲望には立ち向かわずなぜかみんな被害者ヅラしたがる(うつくしー)自分の国もおなじだなー、って。 そっくりの大量殺人などもあったし。
でもどうしたらよいのだろう? というのがいっつも。
連中の頭の中のなにがどうなって人を殺す、というところまで行って/行けてしまったのかを知りたい。その中のいくつかの要素とか成分は我々の頭の中にも確実にあるはずのものだから。
5.29.2023
[film] Holy Spider (2022)
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