5.08.2023

[film] Russkiy kovcheg (2002)

5月1日、月曜日だけど会社やすんだ夕方、ユーロスペースで見ました。

Aleksandr Sokurovの最新作『独裁者たちのとき』の公開にあわせて『歴史をみつめるソクーロフ』という彼の過去作を35mmで上映する特集が組まれていて、そこからの一本。

彼の新作『独裁者たちのとき』は見たほうがよいかなーと思う反面、おもしろがれないままものすごく気分が悪くなりそうな気もして、まずはいまの自分の国(日本ね)の異様な一党独裁の方ではないか、とか思ってしまうのでまだ。

邦題は『エルミタージュ幻想』、英語題は”Russian Ark”。最初に封切りされた時にも見て、その時はうぶだったのですごいなー、って目をまわしてばかりだった。これを見てやっぱりエルミタージュ美術館は死ぬまでになんとしても行きたい! って強く思って念じて、2019年の秋に実際に行くことができた(… 行っておいてよかった)。 そのあとにこれを見たらまた違うのかしら、とか。

当時まだ先端技術に近かったHDで90分間全編ワンカット、切れ目・編集なしの撮影をしたものをそのまま。今だと全編ワンカットって宣伝文句にもなっていて驚かないしほんとかよ、みたいのもある(だって編集で繋いでそれらしく見せるの簡単だし)けど、当時のこれは本当ぽかったし、実際に最初の3回の撮りは失敗して4回目でようやくできた、とか。

邦題に入っているし宣伝文句にもあるのでエルミタージュ美術館のなかを探索していく美術館紀行みたいなのをイメージするかも知れないが、そういうのではなく、原題の「ロシアの箱舟」のような建物に迷い込んだらしい人物 - 19世紀ヨーロッパ(フランス)に実在したキュスティーヌ伯爵(Sergey Dreyden)がその内部を彷徨いながらぶつぶつ言ったり人にぶつかったり、そんな彼の声に応える別の声(ナレーション/タイムトラベラー: Aleksandr Sokurov)がある。所蔵品の紹介はほとんどないし、あっても細部が映されることもないし。

エルミタージュ美術館と明示されないその内部にはここ数世紀 - 300年分くらいの人物も含めたいろんなのが何かに乗り遅れたかのように滞留して並べられていて、例えばピョートル大帝とかエカテリーナ大帝とかプーシキンとかニコライ2世とか、将軍、軍人、スパイ、メイド、外交官、ふつうの観光客、などいろんな有象無象がそれらしい扮装をして幽霊のように彷徨っていて、その幽霊たちが近寄ってきたり遠のいたりの時間のありようときたら生々しい - 夜が明けたら.. とかではなく、彼らがいま目の前にいて振り返ったら消えてもういない… そういう触感、湿り気、温度感がある。

はじめは玄関口のざわざわ雑然とした混沌と困惑があり、それが奥に進んでいくにつれてやばいところに迷いこんでしまった背筋を撫でるのに変わり、そこからボールルームでの舞踏会の誰もが自分と同伴者しか気にしない雑踏になると少しほっとして騒がしいほうに近づいて、だんだん大きく鳴ってくる音楽に身を委ねる。

Valery Gergiev(ほんもん)が指揮するマリインスキーのオーケストラとバレエ団を中心としたきらきらひらひらした羽とか布でぬたくる雲のようなところに踏みこんだ、と思ったらメリーゴーラウンドですべてが回りだしてそこに身を委ねるしかないことがわかった瞬間のスリルと陶酔ときたらちょっと比べようがなくて、このままずっとここでだらだら過ごしたい暮らしたい! くらいになるのだが、どんな宴にも終わりはくるらしく、やがて人々は渦を解すように出口の方に向かって流れをつくって行進して、そこに加わって帰ろう、と – ここまでくると彼らひとりひとりがなんだか愛おしく見えてくる不思議。

こうして描かれる箱舟内部の様子が夢のなかのものなのかリアルなのか、は実はどうでもよくて、どっちにしても現実離れした古のロシア、としか思えない映像が頭のなかに侵入してくるその異物感がたまんなくて、それは甘美なだけではなく腐臭ぷんぷんだったりかもだけど、でもそれでもよいの。

これがプーチンが大統領になったばかりの頃のロシアが夢見て(見ようとして)いたかもしれないひとつの像、なのかも。わかんないけど。そして、繰り返されてきた血生臭い凄惨な歴史を横に置いて、ではなくて今現在の暴力も含めて並べてみたときにリアルの逐次で撮られたこの墓石の断面がこれからどう変わっていくのか。(変えないと。もう殺さないで)

エルミタージュ美術館については、こんなだったよなー、っていうのが蘇ってきてたまんなかった。メトロポリタンやルーブルやプラドと比べると、格段に迷宮感が濃くて絵画を鑑賞する場所としては照明が変に暗いし、でもその分彫刻とかは艶めかしく浮かんでいるし、油彩の匂いが不思議と漂ったりしていて、「ラファエロの回廊」も「ルーベンスの間」も懐かしいー 2日間うろうろしたけど全然足らなくてまた行かないと、になったのだった。 また行きたいよう。

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