5.15.2023

[film] Un beau matin (2022)

5月5日、初日の初回、新宿武蔵野館で見ました。

Mia Hansen-Løveの新作。邦題は『それでも私は生きていく』。英語題は原題と同じく”One Fine Morning” -「ある晴れた朝」なのに。 邦題の、とりあえずフランス映画なら「パリ」を入れとけ対応と同じく、やたら「生き方」みたいのを訴えようとする(or 「背中を押す」とか?)の、本当に根が深くて気持ち悪い(加齢や美白の宣伝とおなじ)類のやつ。「ターゲット」にしているであろう女性層をバカにしているよね。 例えば『アダマン号に乗って』にだったら(同様に生き方に近いとこのテーマだけど)そんな邦題つけないでしょ?

同年のカンヌでLabel Europa Cinemasというのを受賞している。35mmフィルムでの撮影はDenis Lenoir。

冒頭、通りをすたすた歩いてきたSandra (Léa Seydoux)がアパートに入っていって父のGeorg (Pascal Greggory)を見舞う。彼は神経変性疾患(ベンソン症候群)を患って、視力も記憶力も低下して現在のアパートに住み続けるのが危険であることは本人にもわかっていて、ケアホームを探して越さなければならない。でも本人もSandraも、彼の本棚、本に囲まれたこの部屋が彼の生のすべてであることがわかっているので引き剥がしてしまうようで辛い。

Sandraは英語と独語の同時通訳や翻訳の仕事をしながら8歳の娘Linn (Camille Leban Martins)を育てているシングルマザーで、髪もメイクも服装も最小限のビジネス最適のシンプルなのにして走り回っていて、それでも父の介護だけでなく自分の仕事にも十分に集中できずに失敗したりするので、自身のこれからについても漠とした不安を - 誰にも言わないけど - 抱き始めていることがわかる。

Sandraは既に父とは別れている母のFrançoise (Nicole Garcia)、現在の父のパートナーで、彼が娘以上に信頼しているLeïla (Fejria Deliba)らと一緒に介護施設を探し始めるのだが、公営のはひどいというし、評判がよいところは空きがないし高いしで、それらを理由に転々とさせられるのは本人にもストレスだろうし、という誰もが直面する葛藤や困難があり、Georgは申し訳なさそうに何も言わずに施設に入るのだが、自分ではどうすることもできない無念さが彼の背中からは滲んでくる。

そんななか、Sandraは旧友で、宇宙の塵がどうしただのを研究する“cosmo-chemist”だというClément (Melvil Poupaud)と久しぶりに再会して、彼には妻子があるのだがずるずる会って親密になっていくのと、環境デモに参加したりマクロンにぶうたれたりGeorgとは対照的にアクティブなFrançoiseとか、ずっと脚が痛いというLinnを医者に見せに行ったらおそらく成長痛、と言われたりとか、ひとには些細なことかも知れないけど、日々こういうのの海に溺れたり潮に流されたり浮上したりへろへろに疲弊しながら生きているのだ、というあたり、Mia Hansen-Løveの自伝的な要素が相当入っているそうで、遠いパリのお話しであるにしてもわかりすぎるところがものすごく沢山ある。

父の病が進行していくにつれて、彼の視野や記憶域からSandraの姿はどんどん遠くなっていくし、Clémentとの関係も一緒に過ごす時間は楽しいのだが、彼もそのうち妻と子供のところに戻ってしまうかもしれないし、そうやって大切なものが向こうに遠ざかって小さくなっていくことに対して自分は余りに無力で動くことができなくてこんなのでいいのか? と問いつつ、いやそれでも残るものはあるのだ、と控えめになにかを掴もうとする – “L’avenir”(未来)よりも少しだけ手前のある晴れた朝に、そうやって踏みだそうとするSandra - Léa Seydouxの像はすばらしいの。(それでも彼女は『それでも私は生きていく』なんて言わないと思うけどね)

そうやってきて最後に静かに流れだすBill Fayの”Love Will Remain” (2020)が。彼女の映画の音楽はどれも本当にすばらしくて、今回はそんなに流れないなー、と思ったらこれかがくる。

Georgの本は、大学の生徒たちがアパートまで取りに来てくれることになったのだが、Sandraがこの本棚は父以上に父そのものだと思う、ていうところにじーんとなる。部屋の床に積んであるこいつらだって(ごめんね)... (大学の哲学教授にしては本が少なすぎはしないか、きっと別の部屋にもあるよね)。

きっぱり夫と別れて次に踏み出そうとする女性の姿だとIsabelle Huppert主演の“L’avenir” (2016) - “Things to Come”が思い起こされて、あれと対のようにして見ることもできるかも。そしてここにも哲学教師の本棚が出ていたなー、とか。
 

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