日曜日の11:50、飛行機を降りてから2時間半後、Union SquareのRegalで見ました。
この映画はなんとしても、なにがなんでも見たくて、公開に合わせて何度か出張も画策したのだが相次いで失敗し、最後はもうプライベートで行くしかない、と腹を括ろうとしていた、それくらいの。
”Knocked Up” (2007)(くだらなすぎた邦題は忘れた)から派生したおはなしで、あれに出てきたPete(Paul Rudd) Debbie(Leslie Mann) の夫婦がメイン、他にもJason Segelとか、あれに出てきたキャラは何人か出てくる。
"The 40 Year Old Virgin" (2005)や"Knocked Up"が童貞喪失や出産といった人生の一大イベントを扱っていたのに対して、これは共に40歳になっていろんなことにいらいら焦ってガタが来始めた夫婦と家族のおはなし(うー "Funny People" (2009) 、見たいよう)。
イベント、というより時間と共にやってくる避け難いなにかとどんなふうに向き合うのか、その事態を我々はどう笑い、何をおかしいと思うのか、とか。
へたをすると糞みたいな中高年向けの安心/元気/幸せガイドのようなとこに落ちてしまいそうな話を、見事にファミリー・コメディに仕上げている。 134分はぜんぜん長くかんじない。
ほんとうにファミリー・コメディで、Maude & Iris Apatowのふたりの娘のほかに、Judd Apatow映画の常連もいっぱいでてくる。Lena Dunhamさんも。
小さなエピソードの積み重ねから大事故が勃発し、さらに和解から絆の再確認へ、みたいなつまんないパスは通らなくて、自転車乗り、車の移動、エクササイズにダイエット、夫婦の会話、子育て、子供の学校、学校のあれこれ、職場のあれこれ、庭のパーティー、などなど、回廊のように果てしなく延びながら反復していく一連の動きと会話をえんえんと繋いでいく。 個々のエピソードにいちいち共感できるとか、わかる(くすくす)とか、そういうことよりもこの際限のない堂々巡りとはらはら、溜息、諦念を経て"This is 40…"と空を仰いで白目を剥いてしまう、その波と瞬間がくっきりと、時として残酷に刻まれている。
どうすることもできないし、かといって放り投げるわけにもいかない、滑稽すぎて笑えるようで、笑えない、でも笑うしかない、そういう状況なんだ。 40ていうのは。
Paul RuddとLeslie Mannのふたりの、なんなんだろうあのあたりまえのようにそこらにいる夫婦みたいな有様は、そして輝けるMaude Apatowの産湯の頃からそこにいるんだし反抗だってするわ、のノリは。 役作りとか、そういう域の話ではない。そういう揺るぎないベースの上で彼らを自在に動かして、彼らも勝手に動いていく。
そして、脳の底から痺れるくらいにすばらしい音楽映画でもあるの。 音楽全体はJon Brionで、主人公がとっても敬愛していて、自分のレコード会社で契約しているのがGraham Parker、という設定で、彼本人も、ライブもいっぱい。 The Rumourの名前だけで痺れるような人たち - Steve Goulding, Andrew Bodnar, Martin Belmont, Bob Andrews, Brinsley Schwarz - の演奏する姿も見ることができるし、最後のほうではRyan Adamsのライブが(Ian McLaganて、いま彼のバンドにいるのね)。
家族が一緒に乗っている車のなかで、Pixiesの"Debaser"を熱唱しつつ、それがいかに画期的な楽曲であったかを力説するも、「パパうるさい」の一言であっさり切られてしまうとことか、わかるけどね、でもそんなもんなんだよね(泣)。
他にもAlice in Chainsの"Rooster"とかThe Replacementsの"I Will Dare"とか、ラストにはWilcoの"I Got You (At the End of The Century)"のぜんぜん別バージョン(あれなに?)とか、いろいろたまんないの。
あーなんてすばらしいー、と余韻に浸ろうとしたのだが、エンドロールで流れるMelissa McCarthyの止まることを知らない爆裂NGでなにもかもふっとんでしまうのだった。
昨晩のJimmy FallonはBad Religionだった。 かっこいかったー。
1.31.2013
1.29.2013
[log] January 27 2013 - NY
27日の日曜日、New Yorkに着いたのだが、ぜんぜん時間がないし、期待してたほど寒くないし、どんよりしまくり。
行きの飛行機、こないだ機内食の全面リニューアルを発表した日系の航空会社で、どんなもんか食べてみたのだが(どんなもんか、とか言うより食べないわけにはいかないのね)、そんな劇的においしくなったかんじはしなかった。 葉っぱとか野菜が増えたのは嬉しかったけど。 洋食にしたのだが、冷製鰤大根、とか言っても要は薫製した鰤の切り身と大根のサラダだし、メインのトリュフハンバーグは、トリュフの数減らしていいからもう少しよいお肉を使ってほしかったし。 二回目の食事の「フミコの洋食」(なんだそれ)、ていうのはなかなかよかった。 あと、アイスクリームがハーゲンダッツからDean & Delucaに変わっていた。
でもさー、こういうとき悩みもせずにアタマから和食って決めているようなビジネスおやじの脳が変わらないといくら機内食のレベルあげたってきついよね。 このおやじ連中は、搭乗するとまずおやじ週刊誌をキープして新聞をばさばさ風を立てながら繰り返し読んで、映画はほぼ必ず「釣りバカ」を見るの。 それはそれはものすごい確率で、こういう連中が横の席に来る(なんかの嫌味か)のだが、彼らの間での「釣りバカ」の定着率は相当のもんで、日本のビジネスを動かしているのはおおよそこんな奴らで、いくら変革だの維新だの言っても、自民党以前にこの連中をどうにかしないことには、なんだと思うの、いつも。
機内で見た映画は3本。
最初は"Pitch Perfect" (2012)。
前回の滞在時の最終日が、"Looper"とこれの初日で、結局"Looper"を選んでしまったのだが、これもとっても見たかった1本で。
大学に入学後、アカペラ部に入ったAnna Kendrickさんとそこの仲間とか、ライバルの男子チームとの精進と戦いの日々あれこれを楽しく、スポ根にちかいノリで描く。結末は当然のように。
ベースにあるのが"The Breakfast Club" (1985)で、行き詰まって落ち込んだ主人公がこれのラストシーンを見ながらぼろ泣きするとこがあって、それなら甘くても許してあげようか、となる。(ちょっと遅いけどね、大学に入ってからこれ見てどうする)
で、あとから振り返ってみれば、父親の描き方とか彼(候補)の風貌とか、Anthony Michael Hall的なおちゃらけ野郎(Christopher Mintz-Plasse)とか、John Hughesぽいネタはいろいろあるのだった。(でも、John Hughesはコンペティションのようなテーマは描かなかったけど)
アカペラそのものにライブ感がゼロだったのは惜しかったかも。
この映画の場合、そういうのあってもよかったような。
それから"End of Watch" (2012) - Jake GyllenhaalとMichael Peñaのロス市警もの - を途中まで見てつまんなそうだったのでやめて、"The Expendables 2" (2012) を見て、これもなんかあんましだねえ、と思った。 Chuck Norrisなんてもう、一匹狼どころか枯れた羊飼いみたいじゃん。
Van Dammeの後ろ回し蹴りが久々に見れたのはよかったけど、あんなにあっさり始末できちゃっていいの? とかさ。
それから、続編の予告が気になってしょうがない"Despicable Me" (2010)をついに。
やっぱし面白かった。 声優陣がSteve Carell、Jason Segel、Russell Brand、Kristen Wiig、Mindy Kaling、Ken Jeong、などなどめちゃくちゃ豪華だし("2"ではAl Pacinoが!)、なんといってもMinionsがたまんないの。
ホテルに入ったのがごぜん10:30、Duane Readeに行って水とかAdvilとかを調達し、スタンドでNY Timesを買って、シャワーを浴びて支度して外に飛び出し、11:50からばたばたと映画を2本みました。
それらはまた後ほど。 それにしても今回はほんとに (溜息)…
行きの飛行機、こないだ機内食の全面リニューアルを発表した日系の航空会社で、どんなもんか食べてみたのだが(どんなもんか、とか言うより食べないわけにはいかないのね)、そんな劇的においしくなったかんじはしなかった。 葉っぱとか野菜が増えたのは嬉しかったけど。 洋食にしたのだが、冷製鰤大根、とか言っても要は薫製した鰤の切り身と大根のサラダだし、メインのトリュフハンバーグは、トリュフの数減らしていいからもう少しよいお肉を使ってほしかったし。 二回目の食事の「フミコの洋食」(なんだそれ)、ていうのはなかなかよかった。 あと、アイスクリームがハーゲンダッツからDean & Delucaに変わっていた。
でもさー、こういうとき悩みもせずにアタマから和食って決めているようなビジネスおやじの脳が変わらないといくら機内食のレベルあげたってきついよね。 このおやじ連中は、搭乗するとまずおやじ週刊誌をキープして新聞をばさばさ風を立てながら繰り返し読んで、映画はほぼ必ず「釣りバカ」を見るの。 それはそれはものすごい確率で、こういう連中が横の席に来る(なんかの嫌味か)のだが、彼らの間での「釣りバカ」の定着率は相当のもんで、日本のビジネスを動かしているのはおおよそこんな奴らで、いくら変革だの維新だの言っても、自民党以前にこの連中をどうにかしないことには、なんだと思うの、いつも。
機内で見た映画は3本。
最初は"Pitch Perfect" (2012)。
前回の滞在時の最終日が、"Looper"とこれの初日で、結局"Looper"を選んでしまったのだが、これもとっても見たかった1本で。
大学に入学後、アカペラ部に入ったAnna Kendrickさんとそこの仲間とか、ライバルの男子チームとの精進と戦いの日々あれこれを楽しく、スポ根にちかいノリで描く。結末は当然のように。
ベースにあるのが"The Breakfast Club" (1985)で、行き詰まって落ち込んだ主人公がこれのラストシーンを見ながらぼろ泣きするとこがあって、それなら甘くても許してあげようか、となる。(ちょっと遅いけどね、大学に入ってからこれ見てどうする)
で、あとから振り返ってみれば、父親の描き方とか彼(候補)の風貌とか、Anthony Michael Hall的なおちゃらけ野郎(Christopher Mintz-Plasse)とか、John Hughesぽいネタはいろいろあるのだった。(でも、John Hughesはコンペティションのようなテーマは描かなかったけど)
アカペラそのものにライブ感がゼロだったのは惜しかったかも。
この映画の場合、そういうのあってもよかったような。
それから"End of Watch" (2012) - Jake GyllenhaalとMichael Peñaのロス市警もの - を途中まで見てつまんなそうだったのでやめて、"The Expendables 2" (2012) を見て、これもなんかあんましだねえ、と思った。 Chuck Norrisなんてもう、一匹狼どころか枯れた羊飼いみたいじゃん。
Van Dammeの後ろ回し蹴りが久々に見れたのはよかったけど、あんなにあっさり始末できちゃっていいの? とかさ。
それから、続編の予告が気になってしょうがない"Despicable Me" (2010)をついに。
やっぱし面白かった。 声優陣がSteve Carell、Jason Segel、Russell Brand、Kristen Wiig、Mindy Kaling、Ken Jeong、などなどめちゃくちゃ豪華だし("2"ではAl Pacinoが!)、なんといってもMinionsがたまんないの。
ホテルに入ったのがごぜん10:30、Duane Readeに行って水とかAdvilとかを調達し、スタンドでNY Timesを買って、シャワーを浴びて支度して外に飛び出し、11:50からばたばたと映画を2本みました。
それらはまた後ほど。 それにしても今回はほんとに (溜息)…
1.27.2013
[log] January 27 2013
ありえないくらい時間がないのだが、これからNew Yorkにとぶの。
信号機故障でNEXが止まってしまったので日暮里から京成という、京成に乗るのなんて高校通学以来で乗り降りしていた駅名が変わっていてびっくりしたりして、車内は満員の立ちづめでうんざりなのだが、とりあえず空港まできて、ラウンジでチーズとクラッカーを食べている。 もぐもぐ。
カイエ週間のカラックスもAlabama Shakesも、あと少しのとこまできた「2666」もとっても残念なのだが、お仕事だからしょうがない。 お仕事だから。
向こうではライブもあんまないし、映画もほんとに見たいのは1本とか2本で、これも残念なのだが、お仕事なんだから、ね。
ではまた。
信号機故障でNEXが止まってしまったので日暮里から京成という、京成に乗るのなんて高校通学以来で乗り降りしていた駅名が変わっていてびっくりしたりして、車内は満員の立ちづめでうんざりなのだが、とりあえず空港まできて、ラウンジでチーズとクラッカーを食べている。 もぐもぐ。
カイエ週間のカラックスもAlabama Shakesも、あと少しのとこまできた「2666」もとっても残念なのだが、お仕事だからしょうがない。 お仕事だから。
向こうではライブもあんまないし、映画もほんとに見たいのは1本とか2本で、これも残念なのだが、お仕事なんだから、ね。
ではまた。
1.26.2013
[film] Seeking a Friend for the End of the World (2012)
22日、火曜日の晩、日曜日のリベンジで見にいった。 『エンド・オブ・ザ・ワールド』。
だからさー、みんなこういう駄菓子みたいなラブコメを見たいんだよきっと、と思っていたのだが、そんなようなどたばたコメディではなくて、割としんみり切ないやつだった。悪くはなかったけど。
小惑星を破壊する予定だったスペースシャトルのミッションが失敗したので、あと3週間で地球は終ります、というラジオのアナウンスが流れて、Steve Carellの妻はどっかに消えてしまい、彼はがらがらのオフィスで仕事を続けようとするのだが、ばからしくなって自棄になって、そんななか同じアパートに住むKeira Knightleyと出会って、彼女と旅をすることに - 彼は高校の頃のガールフレンドを探して、彼女は飛行機がないと無理なのだが家族に会いたいし - なるの。
世界がもう終わっちゃう、家族も仕事もいろんな愉しみもぜんぶ消えてなくなる、となったときになにをするのかどうしたらいいのか、自殺もどんちゃん騒ぎもしないでお友達を探す、探すというより気づけば横に、たまたまついてきたかんじの犬と娘が。 ふうーん。
Keira Knightleyは割とビッチな娘で、一旦寝るとなかなか起きなくて(寝顔だけはかわいい)、でも同棲していたex.彼の部屋から逃げるときに「あたしのJohn Cale("Vintage Violence"だった)とWilcoだけは!」、とアナログ何枚かだけを束にして抱えこむような娘だもんだから、けっして嫌うことなんてできないの。
最後の最後にSteve Carellがぶち切れて、とかバカになって、とかそうでなければ"The 40 Year Old Virgin" (2005)のラストのようなパラダイスのビジョンが現れるかと思っていたのだがそうはならず、彼は終始むっつりシニカルで、まるで村上春樹の小説の主人公みたいなかんじで、ここだけなんかなー。 例えばJim Carreyだったらどうだったろう、とか。
世界の終りが近づいて、携帯もTVも繋がらなくなって、そうなってもアナログレコードは不滅なんだと、そういう映画なの。(電気はぜったい通っているのね)
最後、主人公がひとりで部屋で(他にはLeonard Cohenの"Death of a Ladies' Man"、The Magnetic Fieldsの"69" なんかがみえる)ターンテーブルに載せるのがThe Walker Brothersの"The Sun Ain't Gonna Shine (Anymore)〜♪"なんですよ。(でもレコードジャケットは”Scott”なんだけど…)
というわけで、あたりまえのように、R.E.M.の"It's the End of the World as We Know It (And I Feel Fine)" も Tubeway Armyの"Are 'Friends' Electric?"も流れないのだった。
このほんわかしんみりしたエンディングは、90年代の子供達のそれだよねえ。
べつにいいんだけど。
だからさー、みんなこういう駄菓子みたいなラブコメを見たいんだよきっと、と思っていたのだが、そんなようなどたばたコメディではなくて、割としんみり切ないやつだった。悪くはなかったけど。
小惑星を破壊する予定だったスペースシャトルのミッションが失敗したので、あと3週間で地球は終ります、というラジオのアナウンスが流れて、Steve Carellの妻はどっかに消えてしまい、彼はがらがらのオフィスで仕事を続けようとするのだが、ばからしくなって自棄になって、そんななか同じアパートに住むKeira Knightleyと出会って、彼女と旅をすることに - 彼は高校の頃のガールフレンドを探して、彼女は飛行機がないと無理なのだが家族に会いたいし - なるの。
世界がもう終わっちゃう、家族も仕事もいろんな愉しみもぜんぶ消えてなくなる、となったときになにをするのかどうしたらいいのか、自殺もどんちゃん騒ぎもしないでお友達を探す、探すというより気づけば横に、たまたまついてきたかんじの犬と娘が。 ふうーん。
Keira Knightleyは割とビッチな娘で、一旦寝るとなかなか起きなくて(寝顔だけはかわいい)、でも同棲していたex.彼の部屋から逃げるときに「あたしのJohn Cale("Vintage Violence"だった)とWilcoだけは!」、とアナログ何枚かだけを束にして抱えこむような娘だもんだから、けっして嫌うことなんてできないの。
最後の最後にSteve Carellがぶち切れて、とかバカになって、とかそうでなければ"The 40 Year Old Virgin" (2005)のラストのようなパラダイスのビジョンが現れるかと思っていたのだがそうはならず、彼は終始むっつりシニカルで、まるで村上春樹の小説の主人公みたいなかんじで、ここだけなんかなー。 例えばJim Carreyだったらどうだったろう、とか。
世界の終りが近づいて、携帯もTVも繋がらなくなって、そうなってもアナログレコードは不滅なんだと、そういう映画なの。(電気はぜったい通っているのね)
最後、主人公がひとりで部屋で(他にはLeonard Cohenの"Death of a Ladies' Man"、The Magnetic Fieldsの"69" なんかがみえる)ターンテーブルに載せるのがThe Walker Brothersの"The Sun Ain't Gonna Shine (Anymore)〜♪"なんですよ。(でもレコードジャケットは”Scott”なんだけど…)
というわけで、あたりまえのように、R.E.M.の"It's the End of the World as We Know It (And I Feel Fine)" も Tubeway Armyの"Are 'Friends' Electric?"も流れないのだった。
このほんわかしんみりしたエンディングは、90年代の子供達のそれだよねえ。
べつにいいんだけど。
[film] 刺青 (1966)
20日の日曜日の昼間、たまには軽いやつでも、と渋谷に"Seeking a Friend for the End of the World"を見に行ったら売り切れてて唖然(だからぁ…)。 なんかないかー、と探したらこれやっていたのでとりあえずオーディトリウム渋谷に向かって、見ました。
映画で合コン、みたいなイベント(?)の一部で、土曜日には若尾文子さんのトークもあったらしいのだが、この回の客は10人くらいだったかも。
冒頭、どこからか攫われてきたらしいお艶(若尾文子)が麻酔を嗅がされぐったりして、露となったその背中に彫師がざくざくと(この音がまた…)刃を入れていく、朝にそれを彫り終わったとき彫師は魂を抜かれているのだが、見ているこちらもそれは同じで、彼女の背中に宿った女郎蜘蛛がこちらの頭のなかでもじょろじょろ動きだす。
こうして彼女は襦袢の裏に蜘蛛を潜ませる染吉 - スパイダーウーマンに変容し、彼女に集ってくる悪党共に糸を絡めて血祭りにあげていくの。
あるいは、それは皮膚とその裏側に流れる血のせめぎ合いでもあって、権次とか徳兵衛とか旗本の芹沢とか、それらぎとぎとの悪人(顔)を殺める際の決して簡単にはいかないどろどろの縺れあいと流れだす血の赤さ、蜘蛛はそのなかで、そいつらを食べて生きて死ぬ、ということがラスト、蜘蛛の巣の上での新助(子蜘蛛)と彫師(親蜘蛛)のやりとり、彼女の背中に突き立てられた刃によって鮮やかに - あの瞬間の光の美しいこと - なるの。
それは単なる皮膚の上、たった皮一枚(あるいは、その皮膚を覆い隠し、露わにする布切れ数枚)の上で隙間で、いろんな人たちが滅んでいくドラマであって、その場所において愛とか欲とかって、一体なんなのか、何でありうるのか、と。
というようなことよりも、どのイメージもすさまじくて、暗く陰惨なところ、色艶やかなところはどこまでも、レンズに取り込んだ光と画面の端から端までぜんぶ使って、彫師がフィルムに彫りこむかのようにお艶 - 染吉の姿を浮かびあがらせている。
美しく奇妙な蜘蛛の生態と一生、を捉えるにはここまでやる必要があったのね、と。
映画で合コン、みたいなイベント(?)の一部で、土曜日には若尾文子さんのトークもあったらしいのだが、この回の客は10人くらいだったかも。
冒頭、どこからか攫われてきたらしいお艶(若尾文子)が麻酔を嗅がされぐったりして、露となったその背中に彫師がざくざくと(この音がまた…)刃を入れていく、朝にそれを彫り終わったとき彫師は魂を抜かれているのだが、見ているこちらもそれは同じで、彼女の背中に宿った女郎蜘蛛がこちらの頭のなかでもじょろじょろ動きだす。
こうして彼女は襦袢の裏に蜘蛛を潜ませる染吉 - スパイダーウーマンに変容し、彼女に集ってくる悪党共に糸を絡めて血祭りにあげていくの。
あるいは、それは皮膚とその裏側に流れる血のせめぎ合いでもあって、権次とか徳兵衛とか旗本の芹沢とか、それらぎとぎとの悪人(顔)を殺める際の決して簡単にはいかないどろどろの縺れあいと流れだす血の赤さ、蜘蛛はそのなかで、そいつらを食べて生きて死ぬ、ということがラスト、蜘蛛の巣の上での新助(子蜘蛛)と彫師(親蜘蛛)のやりとり、彼女の背中に突き立てられた刃によって鮮やかに - あの瞬間の光の美しいこと - なるの。
それは単なる皮膚の上、たった皮一枚(あるいは、その皮膚を覆い隠し、露わにする布切れ数枚)の上で隙間で、いろんな人たちが滅んでいくドラマであって、その場所において愛とか欲とかって、一体なんなのか、何でありうるのか、と。
というようなことよりも、どのイメージもすさまじくて、暗く陰惨なところ、色艶やかなところはどこまでも、レンズに取り込んだ光と画面の端から端までぜんぶ使って、彫師がフィルムに彫りこむかのようにお艶 - 染吉の姿を浮かびあがらせている。
美しく奇妙な蜘蛛の生態と一生、を捉えるにはここまでやる必要があったのね、と。
1.24.2013
[film] Monkey Business (1952)
13日の夕方、シネマヴェーラで見ました。
ルビッチとスタージェスとホークスなら、なんだってみる。
ホークスの映画にケイリー・グラントが出るのならおかしいことが起こるのは決まっていて、それがわかっているから、冒頭のやりとりからして既におかしい。 「まだだよ、まだ」。 犬かあんたは。
若返りの薬を研究している製薬会社のケイリー・グラントは研究に没頭してぼーっとしがちで、反対に奥さんのジンジャー・ロジャースはきびきびしっかり者で、試薬にチンパンジーくんが細工したのを飲んじゃったら20歳くらいのヤンキーに若返って、会社の秘書のマリリン(かわいい)を連れておおはしゃぎして、それが人から人に伝染して、かん違いにかけ違いがあって、雪だるま式に収拾がつかなくなっていくメディカルパニックもので、こないだの"Rise of the Planet of the Apes" (2011) はこれの近未来リメイクなの。 たぶん。
薬なんか使って若返ろうったってろくなことにはならねえぜ、みたいな教訓ぽいとこ、若返り礼讃社会への警鐘のようなとこに落ちる気配がこれっぽっちもないとこがすてき。
奥さんも会社の役員連中もみんなガキ、というか動物手前のところまで後退してぎゃーぎゃーどんちゃん騒いで、大人も子供の男も女も猿もみんなで輪になって踊る。 その有り様を映画はずるずるに放置しておく。
若返りによってなにかを得られる、と思っていた、そのなにかを予測しうるのはあくまでも現在の生真面目な自分であって、若返った自分ではなかった、というごくあたりまえのことが、ごく普通に描写されてて、そこにはなんのトリックも飛躍もないのにバカみたいにおかしい。
実際にやったのはチンパンだった。
でもチンパンもそれを狙ってたわけじゃない。
それは薬じゃなかったのかもしれない。ただのお酒だったのかも。
誰もこんなふうになるとは思わなかった。
結果は… 結果て、なに?
でもだれも不幸にはならなかった。
とりあえず楽しかった。とりあえず。
責任は… 責任て、なに?
そこにチンパンが。
こうして、あんま反省しないでふだんのサイクルに戻るのね。
ばーっかじゃねーの、くすくす、だからMonkey Businessなの。
そんなことよか、とにかく面白いんだよ。 あっけにとられるくらい。
ルビッチとスタージェスとホークスなら、なんだってみる。
ホークスの映画にケイリー・グラントが出るのならおかしいことが起こるのは決まっていて、それがわかっているから、冒頭のやりとりからして既におかしい。 「まだだよ、まだ」。 犬かあんたは。
若返りの薬を研究している製薬会社のケイリー・グラントは研究に没頭してぼーっとしがちで、反対に奥さんのジンジャー・ロジャースはきびきびしっかり者で、試薬にチンパンジーくんが細工したのを飲んじゃったら20歳くらいのヤンキーに若返って、会社の秘書のマリリン(かわいい)を連れておおはしゃぎして、それが人から人に伝染して、かん違いにかけ違いがあって、雪だるま式に収拾がつかなくなっていくメディカルパニックもので、こないだの"Rise of the Planet of the Apes" (2011) はこれの近未来リメイクなの。 たぶん。
薬なんか使って若返ろうったってろくなことにはならねえぜ、みたいな教訓ぽいとこ、若返り礼讃社会への警鐘のようなとこに落ちる気配がこれっぽっちもないとこがすてき。
奥さんも会社の役員連中もみんなガキ、というか動物手前のところまで後退してぎゃーぎゃーどんちゃん騒いで、大人も子供の男も女も猿もみんなで輪になって踊る。 その有り様を映画はずるずるに放置しておく。
若返りによってなにかを得られる、と思っていた、そのなにかを予測しうるのはあくまでも現在の生真面目な自分であって、若返った自分ではなかった、というごくあたりまえのことが、ごく普通に描写されてて、そこにはなんのトリックも飛躍もないのにバカみたいにおかしい。
実際にやったのはチンパンだった。
でもチンパンもそれを狙ってたわけじゃない。
それは薬じゃなかったのかもしれない。ただのお酒だったのかも。
誰もこんなふうになるとは思わなかった。
結果は… 結果て、なに?
でもだれも不幸にはならなかった。
とりあえず楽しかった。とりあえず。
責任は… 責任て、なに?
そこにチンパンが。
こうして、あんま反省しないでふだんのサイクルに戻るのね。
ばーっかじゃねーの、くすくす、だからMonkey Businessなの。
そんなことよか、とにかく面白いんだよ。 あっけにとられるくらい。
[film] The Garden of Allah (1936)
12日の土曜日の朝、シネマヴェーラで2本見ました。
最初のが、『沙漠の花園』。
テクニカラー初期の宗教ドラマ。 宗教のお話しはともかく、色彩はうつくしー。
修道院で育ったドミニ(ディートリッヒ)は、ずっと看護をしていた父の死後、魂を抜かれてしまい、修道院のおばさんの勧めでアルジェリアに向かう。 そこで端正なボリス(シャルル・ボワイエ)と出会って恋に落ちて、結婚して沙漠に旅立つの。
沙漠でふたりはうっとりしっとり楽しい時間を過ごすのだが、ボリスはほんとは修道院で秘伝の極上ワインを造っていて、そこから逃げ出した坊主であったことが明らかになって、しゅんとしたふたりは反省して、ボリスは修道院に戻ってさようならするの。
中東の都会の喧騒、アラブの猥雑さ、狡猾な人々、に対照される沙漠の静けさと美しさ、ふたりの純で一途な愛で砂嵐並みに盛りあがるのであるが、神様の愛はそれらを全て超えて強く崇高でお手上げで、御慈悲もくそもなくて、これじゃ一旦僧院に戻ったボリスは再びぶち切れて逃げ出してしまうだろうし、ドミニはますます生きる希望を失って抜け殻になってしまうにちがいない、とおもった。
とにかく、沙漠のディートリッヒが冗談みたいに美しくて、しかもそれが動いたりするので、すばらしいの。 沙漠の変な動物とか、天から落ちてきたあれとか。
美人さんが出てくる宗教ドラマ、というとこないだ見た『雁の寺』を思い出す。
どっちも破戒僧がいて(一方は雁の絵を切り出し、一方はワインをもちだし)、女は堂々と揺るがなくて強くて、他方で光といい湿気といい、ものすごくちがう。 あたりまえだけど。 そもそも神様がちがう、ということで。
次に見たのが"King Solomon's Mines" (1950) - 『キング・ソロモン』。
『沙漠の花園』はデジタルだったが、こっちは35mmプリント版のテクニカラーで、傷んではいるけど、やっぱしこっちのがいいや。 沙漠からジャングルへ。
アフリカでずっとガイドをしている男のとこに、ダイヤモンドの山を探して落書きみたいな地図をもって地の果てに消えてしまった夫を探してほしい金はいくらでも出す、て、デボラ・カーが現れて、男はいやいや旅団を組んで旅に出るのだが、いろんな獣とか人食い人種とかいろいろ現れて人がだんだん減っていく秘境アドベンチャー映画で、最後は変てこな髪型の原住民のお家騒動に巻き込まれてどうしよう、なの。
リアル動物(フェイクは大蜘蛛さんくらい)がいっぱい出てくるのが楽しいのと、野生動物と原住民をほぼ並列に扱うのってPC的にどうなんじゃろでも当時はこんなもんだったのじゃろ、みたいな間抜けっぽいところがすてき。
それにしても、これのひとつ前の名作特集で見た"Zamba" (1949)でもそうだったが、アフリカの奥地にやってくる白人女性はなんでこうも傍若無人で偉そうでつーんとしてて助けてもらって当たり前、みたいなふうなのか。 猛獣よか人食い人種よかよっぽどこわいわ。
最初のが、『沙漠の花園』。
テクニカラー初期の宗教ドラマ。 宗教のお話しはともかく、色彩はうつくしー。
修道院で育ったドミニ(ディートリッヒ)は、ずっと看護をしていた父の死後、魂を抜かれてしまい、修道院のおばさんの勧めでアルジェリアに向かう。 そこで端正なボリス(シャルル・ボワイエ)と出会って恋に落ちて、結婚して沙漠に旅立つの。
沙漠でふたりはうっとりしっとり楽しい時間を過ごすのだが、ボリスはほんとは修道院で秘伝の極上ワインを造っていて、そこから逃げ出した坊主であったことが明らかになって、しゅんとしたふたりは反省して、ボリスは修道院に戻ってさようならするの。
中東の都会の喧騒、アラブの猥雑さ、狡猾な人々、に対照される沙漠の静けさと美しさ、ふたりの純で一途な愛で砂嵐並みに盛りあがるのであるが、神様の愛はそれらを全て超えて強く崇高でお手上げで、御慈悲もくそもなくて、これじゃ一旦僧院に戻ったボリスは再びぶち切れて逃げ出してしまうだろうし、ドミニはますます生きる希望を失って抜け殻になってしまうにちがいない、とおもった。
とにかく、沙漠のディートリッヒが冗談みたいに美しくて、しかもそれが動いたりするので、すばらしいの。 沙漠の変な動物とか、天から落ちてきたあれとか。
美人さんが出てくる宗教ドラマ、というとこないだ見た『雁の寺』を思い出す。
どっちも破戒僧がいて(一方は雁の絵を切り出し、一方はワインをもちだし)、女は堂々と揺るがなくて強くて、他方で光といい湿気といい、ものすごくちがう。 あたりまえだけど。 そもそも神様がちがう、ということで。
次に見たのが"King Solomon's Mines" (1950) - 『キング・ソロモン』。
『沙漠の花園』はデジタルだったが、こっちは35mmプリント版のテクニカラーで、傷んではいるけど、やっぱしこっちのがいいや。 沙漠からジャングルへ。
アフリカでずっとガイドをしている男のとこに、ダイヤモンドの山を探して落書きみたいな地図をもって地の果てに消えてしまった夫を探してほしい金はいくらでも出す、て、デボラ・カーが現れて、男はいやいや旅団を組んで旅に出るのだが、いろんな獣とか人食い人種とかいろいろ現れて人がだんだん減っていく秘境アドベンチャー映画で、最後は変てこな髪型の原住民のお家騒動に巻き込まれてどうしよう、なの。
リアル動物(フェイクは大蜘蛛さんくらい)がいっぱい出てくるのが楽しいのと、野生動物と原住民をほぼ並列に扱うのってPC的にどうなんじゃろでも当時はこんなもんだったのじゃろ、みたいな間抜けっぽいところがすてき。
それにしても、これのひとつ前の名作特集で見た"Zamba" (1949)でもそうだったが、アフリカの奥地にやってくる白人女性はなんでこうも傍若無人で偉そうでつーんとしてて助けてもらって当たり前、みたいなふうなのか。 猛獣よか人食い人種よかよっぽどこわいわ。
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