9.01.2026

[film] The Drama (2026)

8月22日、土曜日の昼、ヒューマントラストシネマの渋谷で見ました。 邦題は『ドラマなふたり』。

監督はノルウェーのKristoffer Borgli。 ベースはカップルの会話(&心理)劇で、物理的な流血はそんなにないものの、神経を無駄に刺して引っ張って逆撫でしてくるあたりはやっぱりA24かも。 以下、ネタばれっぽいところも含む。

Charlie (Robert Pattinson)はイギリスから来てNYのCambridge Art Museum(もちろんそんなの存在しない)でキュレーターを務めていて、ある日カフェでひとり読書をしていたEmma (Zendaya)を見かけて、話しかけるために、彼女が読んでいた本をサーチして、その本いいよね、って声をかけて、そこで彼女は片耳が聞こえないことがわかり、ちょっとばたばたするのだが、それをきっかけに仲良くなって、一緒に暮らし始めて、結婚するところまでくる。 この出会いのなんてことはないやりとりが、結構血圧がきゅーってあがるかんじで撮られていて、この後の流れを象徴していたような。 

結婚式が近づいて、ふたりは親友のRachel (Alana Haim)とMike (Mamoudou Athie)とディナーをして、そのテーブルで、これまでに自分がした一番ひどいことを暴露してみよう、というのを始めて、Emmaは14歳のとき、父親の持っていたライフルを使って学校で銃乱射事件をしようとしたけど、実行には移せなかった、という話をする。 それはいくらなんでもひどすぎる、シャレにならん、一体どういうこと? って一同震えて、回想シーンも入って掘り下げていくと、校内でいじめられっ子だった彼女はそんな日々にブチ切れて計画を立ててひとり射撃の訓練とかも始めて、そのせいで片耳が聞こえなくなった。いよいよ実行まで行こうとしたとき、地元のショッピングモールでリアル乱射事件が起こって友人が犠牲となり計画はなくなって、彼女は銃規制派のほうに転じることになった、と。

今はもう大丈夫だから、というEmmaを他の3人も信じてくれる、というのは甘くてそうもいかなくて、そこまで思いつめて銃を手にしようと思った人が、そう簡単に - 後で規制派に転じたとは言え、いや簡単に転じてしまったが故に- 彼女のことを信じられるだろうか、って特に花嫁の付き添い人をするはずだったRachelは敵意を顕わにするようになり、もちろんCharlieも、がたがたに揺れ始めて神経症のようになり、オフィスの秘書とひと悶着起こしてしまったり、それでもとにかく結婚式を吹っ飛ばすところまではいかずに当日を迎える。

従来のハリウッドの結婚式コメディにもよくあったような、直前にいろんな不安が湧いてでてじたばた、の体裁をとりつつ、ここに銃乱射事件という誰もが目を背けたい「現実」を繋ぐことで、全体をホラーに近い心理的な極限状態に引き摺りこむ – ここで焦点があてられているのは『ドラマなふたり』というよりは、ドラマのありようそのものだとも思うのだが – そんな試みで、あなたの婚約者が突然こんなことを言い出したら... って挑発してくるような。その挑発の仕方、作法って流血ホラーのそれとどんなふうに違うのか同じなのか。

たぶん、結局のところ、いや大丈夫だから、って大抵のひとはなると思うのだが、そんなのは自分で自分を騙しているだけで、本当はぜんぜん大丈夫だなんて言えない、妄想で銃を手にとってバリバリ、なんて妄想であればいくらでもある、その手前までの人だっているだろうし、そこでなんで踏みとどまれているかなんて、単なる環境に恵まれているだけなのかもしれないし。でもそこに求める安心て、そもそもなに? などなど。

というぐるぐるに囚われて従来であれば狭くてみみっちいやつ、として蔑まれそうな男(像)、を”Die My Love” (2025)に続いて、いや消費され続けるゴミ男、にまでスコープを延ばせば”Mickey 17” (2025)の頃から演じ続けているRobert Pattinsonはすごいなー、って思った。

ラスト、やっぱりRachelは銃を手にして… になったら最高だったのに。”One Battle After Another” (2025)の時と同様、Alana Haimはあっさり。

あと、NYの美術館の上級キュレーターで、マンハッタンのタウンハウスに住んでいるような男が、若い頃とは言えあんなふうにカフェでナンパしてどぎまぎしたりするものだろうか、とか。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。