9.01.2026

[film] The Gold Diggers (1983)

8月22日、土曜日の午後、ユーロスペースで見ました。

個人的にはこの夏の最大映画イベント。80年代初のロンドンの空気を見事に切り取った女性映画監督ふたりによる2本。なんで今なのか、はよくわかんないけど、それでも必見。BFIのマークが見えるだけでうれしい。

監督はSally Potter、これが彼女の長編映画デビュー作。脚本はSally Potter, Lindsay Cooper, Rose Englishの共同、音楽はHenry CowのLindsay Cooper、撮影は”Jeanne Dielman, 23 quai du Commerce, 1080 Bruxelles” (1975)を始め、Chantal Akerman作品を手がけたBabette Mangolte、全スタッフが女性による作品。 (ちなみに同じ頃のアメリカだと、Susan Seidelmanの”Desperately Seeking Susan” (1985)もすべて女性スタッフによるもの)

Sally Potterその人については、この翌日にユーロスペースでトークもあったようなので、よいか。
音楽面でも今回のサントラで1曲歌っているし、Fred Frithとの共演などもあるし、ソロを2作出しているし、実弟はVDGGのNic Potterだし、70~80年代の英国左翼音楽のど真ん中にいた(いる)人でもあるの。

元ネタ(のひとつ)はMervyn LeRoy監督、Busby Berkeley振付によるアメリカ映画“Gold Diggers of 1933” (1933)と見ることもできて、大恐慌の最中のアメリカで、あるところにはあるはずのお金を富裕層からふんだくろうと金策に駆け回った女性たちの姿を描いたあれから丁度50年後、やはり景気がよくないイギリスで、ふんだくるもなにも、そもそもお金の起源と流通、金づるはどこに? を女優のRuby (Julie Christie)、でっかいコンピューターのオペレーターCeleste (Colette Laffont)の女性ふたりの眼と行動を通して、政治、経済、地勢、ジェンダー、エンターテインメントなどの観点から暴きたてて世界をぐるりと掘って見渡す政治経済アドベンチャー映画なの。

これらを氷河が横たわるアイスランドの台地から現代ロンドンのコンピュータールーム~劇場までを繋いで、金を掘ったり追ったりしていく者たちの様々なイメージと足跡を結んで懲りない滅びない星座として描きだす。

さらにこのありさまを金を掘ったり追ったりする者たちの汗と涙の狂騒のなかに刻むのではなく、あんたら何やってんの?いつまでもご苦労なこった、というしらーっとした目で突き放す。そういう時のJulie ChristieとColette Laffontの顔、馬に乗って去っていく姿がしらじらとかっこいいったらないの。


Nightshift (1981)

8月23日、日曜日の晩、ユーロスペースで見ました。

監督はRobina Rose、作は舞台となったPortobello Hotelで実際に夜勤していたRobina RoseとNicola Lane、撮影は当時Robinaとパートナー関係にあったJon Jost(ちょっとだけ顔も出す)、音楽はPenguin Cafe OrchestraのSimon Jeffes、など。

ロンドンのNotting Hill - 最初にジャマイカ系移民が入って、世界で最初のサウンドシステムが組まれて、最初期のパンクが鳴らされたグラウンド・ゼロの近くに建つPortobello Hotel(まだホテルとして稼働中)の玄関口に16mmカメラを添えて、フロントで夜勤する女性(Jordan / Pamela Rooke)と彼女の傍らを行き来していく夜の人々の生態(& 変態)を、獣道を抜けていく夜の動物たちのように捕らえて見ているだけでたまんない。これは大昔にBFIで見たことがあって、何度見てもとにかく飽きないの。

同様の変な人々の巣窟としてのホテルとしては、NYのChelsea Hotelが有名だが、あちらの「ほらほら見て見て」の騒々しさ、顕示欲の塊とは全く異なる、海の底の静けさと巻きあげられた泥の滑らかな軌跡が残像のように残る。そこに静かに浮かぶJordanの能面の無表情が怖さと妙な安心感の両方をくれる。奥/裏の方に引き摺りこまれるような禍々しさは感じられない。(いや。ああいう手動リフトの付いたフラットにずっと住んでいたことがあったので、単に落ち着くだけなのかも、と後で思った)

定住する場所ではないホテルで、人はパーティの支度をしたり、帰ってきて横になったり、パーティや仕事の続きをやったりする。なんにしても寝る以外ではせいぜい2~3時間くらいの勝負で歓んだり悲しんだりして、朝になると出ていく。 そこにやってくる人たちのために寝ないで働いた人たちが迎える朝とは。

クラブやパンクで華々しく騒々しい表とは別に、静かで淫靡でどこか歪んだ洞窟と繋がったこんな空間は確かにあって、しかしこれもまた紛れもなくシーンの一部だった。Penguin Cafeもおそらくそんな場所にあった。

これの併映はDerek Jarmanの”Jubilee” (1978)でもよかったかも。Jordanの異なるもう一つの顔を見ることができるし。音楽もBrian Eno(Penguin Cafeの元締め)だし。

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