帰りの飛行機は月が変わって9月になっていて、機内の映画プログラムも変わって、見たくてしょうがなかったのが2本入っていたので万歳した。 機内で見たやつはこういうかたちでは書かないことにしているのだが、やっぱし書いとこ、書きたい、と思った。 ので書く。
おもしろかったし。 そのうち公開されるのであればいいけど、その見込みあんまなさそうだし。
それにしても、なぜ自分はこんなにMelissa McCarthyの映画を見ているんだろう、て思う。
最近のは殆ど見ているのよね、機内とか現地とかで。 愛してしまったのかしら。
Bradley Fine (Jude Law)がCIAのスーパー諜報員で現場にいて、Susan (Melissa McCarthy)がCIAオフィスの端末(彼のコンタクトレンズと連動している)からいろいろ敵の位置とか経路とかの情報を渡したり注意を促したり彼の後方支援をしてて、ふたりのコンビネーションはパーフェクトで、問答無用で相手をやっつけてしまう。 冒頭で核弾頭の取引をしようとしていたロシアのボスをやっつけた(くしゃみしたら引き金が、ていうクラシックなやつ)後、どこかに消えてしまった核の行方を追うべく、彼の娘(Rose Byrne)にたどり着いたところでBradleyは顔面に弾丸うちこまれてしまう(のがSusanの画面に)。
彼の仇を討つべくこの件を全うするのは、スパイをやるのはあたししかいない、てSusanは奮起して、スパイ道具一式(めちゃくちゃしょぼい)もらって、偽名と偽プロファイル(めちゃくちゃださい)もらって、Rose Byrneを追っかけてパリに行くの。
そんな彼女の行動に絡んでくるのは、どSの上司とか、すべてがとんちんかんのくせにちょっかい出してくるJason Stathamとか、女ならなんでもいいイタリアすけべ野郎とか、オフィスの同僚女子とか、同僚とはちがうけど、50 Centとか、癖のある連中ばかりで、彼女だってあの体型のあの振る舞いなので、真面目に真剣に突き進めば進むほど、二次災害も含めて騒ぎはでっかく転がっていって収拾がつかなくて、痛快ったらない。
おおよそスパイらしからぬネジの外れた人がスパイをやって大騒ぎを巻き起こすどたばたコメディには、Rowan AtkinsonのとかSteve Carellのとか、これまでもいろいろあったが、これはなかなか本格的なかんじがして、おもしろい。
なんで本格的なかんじがするんだろ、と思ったのだが、Melissa McCarthyひとりが突出しているわけではなく、味方も敵も全員が異様なテンションで追いかけっこして変なことをやっている、ということにつきる。 スパイって全員変態(Rogue Nation)なんだよね、てこないだMI5を見て思った、そういうテイストがこの映画にもあるのと、Paul Feigて、こういう群衆変態ドラマをやらせるとしみじみすごいの。”Bridesmaids"にしても"The Heat"にしても。
”Ghostbusters”たのしみだよねえ。
キッチンでのバトルとか半分くらいはスタントなんだろうけど、サモハンかよ、とか思うくらいすごいし楽しいし。
続編つくらないかしら。 その前に”The Heat 2”だけど。
9.10.2015
9.09.2015
[film] Grandma (2015)
この低気圧はなんだ。
1日、火曜日、LAさいごの晩の8時すぎ、なぜか気がついたらAmoeba Musicの前にいて、おかしいなあそれならしょうがないな、とその横のArcLightで見ることにした。 79分だし、監督は”American Pie”の、”About a Boy”の、”Admission”の、Paul Weitzさんだし、いいかも、見るべきかも、て。
最初、Elle (Lily Tomlin)が同居していたGFのOlivia (Judy Greer)にあんたとはもうお別れ、出てって、ていう修羅場で、Oliviaはなんで? こんなに好きなのに? てぴーぴー泣くのだが、Elleは冷たい。
でもOliviaが出ていっちゃうとElleは風呂場でさめざめと泣いて、そうしていると今度は孫のSage (Julia Garner)が現れる。 子供ができたみたいなので中絶したい、夕方にクリニック予約していて現金で$630いるんだけどある? ていう。おばあちゃんはくらくらしつつもクレジットカードを粉々にしちゃった直後でお金ないから、お金くれそうなひとを探そう、ってぼろい車(あれ、Lily Tomlinの私物だって.. )をひっぱり出してふたりで旅に出る。 そんな一日のおはなし。
道中でカフェの店員 (John Cho)をいじめたり、そもそもおまえを孕ませたくそ野郎はどこのどいつだ?って彼 (Nat Wolff)のとこに押しかけて悪態つくそいつの金玉をホッケーのスティックでどすっ、てひと突きして財布から$50抜きとり、とかそんな調子で、昔の面倒みてあげた友達とか恋人 (Sam Eliott)とかを訪ねてまわる。 けどあまり反応はよくない。
その過程でElleはかつてフェミニズムの闘士で詩集も出版している生粋のボヘミアンであることがわかったりするのだが、よくある破天荒で我儘な老人がギャップをもろともせず若者をきりきり舞いさせて大騒ぎ、のようなコメディとはちょっと違って、ElleはElleで頑固で不機嫌でいらついたまま、SageはSageでイライラのイラ - 孫の不機嫌を全開にしていて互いに一歩も譲りやしない。けど、それ故におばあちゃんと孫のもの言わぬ絆、みたいのが静かに浮かびあがってくるの。
夕方が近づいてきて、どうしようもなくなってママ (Marcia Gay Harden) - Elleからすれば娘だし、Sageからすれば母親のところに行くのだが、ふたりの中間にいる彼女 - 会社の重役とかしているバリバリ - もあったりまえに強くてアクが強くておお女系家族、「父親」なんて影もかたちもありゃしない。
内容が内容なので最後はみんな朗らかにハッピー、というわけでは勿論ないのだが、最後のElle - Grandmaの姿は”Admission”のラストのTina Feyにも通じるたまんないものがある。
Lily Tomlinのかっこよさがすべてで、少し目を細めてOliviaやSageを凝視するその姿が素敵で、愛すべきくそばばあ、てこういうもんなんだわて思って、「おばあちゃん」て言ってみたくなる。
日本公開される可能性は400%ないね。
これでLAの映画館で見た映画はおわり。 LA来たのなら”Straight Outta Compton”を見るべきではないか(ほんと看板だらけだった)、と悩んでいたのだが、西海岸の英語、あんまよくわかんないのよね、しかも147分となると ... でも公開しないってほんとなの? どこまで ...
1日、火曜日、LAさいごの晩の8時すぎ、なぜか気がついたらAmoeba Musicの前にいて、おかしいなあそれならしょうがないな、とその横のArcLightで見ることにした。 79分だし、監督は”American Pie”の、”About a Boy”の、”Admission”の、Paul Weitzさんだし、いいかも、見るべきかも、て。
最初、Elle (Lily Tomlin)が同居していたGFのOlivia (Judy Greer)にあんたとはもうお別れ、出てって、ていう修羅場で、Oliviaはなんで? こんなに好きなのに? てぴーぴー泣くのだが、Elleは冷たい。
でもOliviaが出ていっちゃうとElleは風呂場でさめざめと泣いて、そうしていると今度は孫のSage (Julia Garner)が現れる。 子供ができたみたいなので中絶したい、夕方にクリニック予約していて現金で$630いるんだけどある? ていう。おばあちゃんはくらくらしつつもクレジットカードを粉々にしちゃった直後でお金ないから、お金くれそうなひとを探そう、ってぼろい車(あれ、Lily Tomlinの私物だって.. )をひっぱり出してふたりで旅に出る。 そんな一日のおはなし。
道中でカフェの店員 (John Cho)をいじめたり、そもそもおまえを孕ませたくそ野郎はどこのどいつだ?って彼 (Nat Wolff)のとこに押しかけて悪態つくそいつの金玉をホッケーのスティックでどすっ、てひと突きして財布から$50抜きとり、とかそんな調子で、昔の面倒みてあげた友達とか恋人 (Sam Eliott)とかを訪ねてまわる。 けどあまり反応はよくない。
その過程でElleはかつてフェミニズムの闘士で詩集も出版している生粋のボヘミアンであることがわかったりするのだが、よくある破天荒で我儘な老人がギャップをもろともせず若者をきりきり舞いさせて大騒ぎ、のようなコメディとはちょっと違って、ElleはElleで頑固で不機嫌でいらついたまま、SageはSageでイライラのイラ - 孫の不機嫌を全開にしていて互いに一歩も譲りやしない。けど、それ故におばあちゃんと孫のもの言わぬ絆、みたいのが静かに浮かびあがってくるの。
夕方が近づいてきて、どうしようもなくなってママ (Marcia Gay Harden) - Elleからすれば娘だし、Sageからすれば母親のところに行くのだが、ふたりの中間にいる彼女 - 会社の重役とかしているバリバリ - もあったりまえに強くてアクが強くておお女系家族、「父親」なんて影もかたちもありゃしない。
内容が内容なので最後はみんな朗らかにハッピー、というわけでは勿論ないのだが、最後のElle - Grandmaの姿は”Admission”のラストのTina Feyにも通じるたまんないものがある。
Lily Tomlinのかっこよさがすべてで、少し目を細めてOliviaやSageを凝視するその姿が素敵で、愛すべきくそばばあ、てこういうもんなんだわて思って、「おばあちゃん」て言ってみたくなる。
日本公開される可能性は400%ないね。
これでLAの映画館で見た映画はおわり。 LA来たのなら”Straight Outta Compton”を見るべきではないか(ほんと看板だらけだった)、と悩んでいたのだが、西海岸の英語、あんまよくわかんないのよね、しかも147分となると ... でも公開しないってほんとなの? どこまで ...
9.08.2015
[film] Mistress America (2015)
31日、月曜日の晩7時にArcLightで見ました。
これもなんとしても、の一本だったのだが上映開始時点で席にいたのは3人、シアターの挨拶のひとにはPrivate Screeningへようこそ! て言われた。 うん、日本から来た甲斐があったってもんよ。
2015年はNoah Baumbachの新作が2本も公開された年として映画史には刻まれることになるのだろうが、愚かもんばかりのこの国では、あーんなにすばらしかった"While We're Young” (以下、WWY) ですらようやく来年公開、というありさまなので、これなんかへたしたら再来年になりかねない。 ほーんとに、何千回言ってもいい、くそったれだわ(→日本の洋画配給会社)。 こーんなにおもしろいのにさ。
さてこの"Mistress America" (以下MA)、Noah Baumbachの作品としてはWWYに次ぐものだが、Greta Gerwigさんとの共作、という点では”Frances Ha” (2012) に次ぐもので、”Frances Ha”の公開当時にふたりが準備中の次作として、”Fuckin' Times Square Project"て呼んでいたやつと思われる(そういう台詞がでてくるから)。
コロンビアの文芸科(?)に入学したTracy (Lora Kirke)は周囲に馴染めず課題の作品も書けずにもやもやしてて、そんな彼女に母は、再婚予定の男の娘(つまりやがて義姉に)がマンハッタンにいるから会ってみればとアドバイスして、TracyはBrooke(Greta Gerwig)とTimes Squareで出会う。
独身アラサーのBrookeはジムでインストラクターとかしながら毎日毎晩パーティやイベントに駆け回るさまを慌ただしくTweetしつつ、夢である自分のレストランをオープンするための投資パートナーを探していて、もう物件は押さえてあるからあと一歩なのだ、とぺらぺらハイテンションでTracyに喋りまくり、そんな将来想像すらしていなかった彼女はひたすら感心して圧倒されて、Brookeの語る言葉や彼女の挙動を自身の作品用のメモとして書き留めはじめる。
やがてちっとも投資話が進まないことに苛立ったBrookeは、かつての婚約者で富裕層のDylan(こっちからふってやったんだぜ)から金を引きだすことと、ついでにかつて自分のTシャツビジネスのアイデアを盗んでDylanと結婚しやがったMarie-Claire (Heather Lind)に文句をつけるために、Tracyのex-BFとこいつ未だにTracyに気があるんじゃないかとカリカリしているその彼女の計4名で車で郊外グリニッジの豪邸街(あるのよ、そういうとこが)にわーわー乗りこんでいくの。
後半はDylanの邸宅のリビング(ほとんど舞台劇設定)で繰り広げられる(主に)Brookへの投資を巡る愛の下剋上とか陣地合戦とか格差とかのずるずるじたばたのディスカッションがとんでもなくスリリングでおもしろすぎて鼻血が出そうだった。
前作のWWYとこのMAは似たところもあって、WWYでは年齢的にも先が見えてきた主人公(Ben Stiller)の目の前に現れた若い才能(Adam Driver)に感じる焦りと羨望がテーマだったのに対して、MAではどん詰まり状態にある若い主人公が自分よりひとまわり先を軽やかに(でもほんとは傷だらけで)走っていく年長者に出会ってどうしたもんか、と思ったりする。
更にそこから模範とは、模倣とは何か、野望とは、成熟とは、信頼とは、といったところまで踏みこんで考えさせて、それははっきりとFrancesのあの見事な疾走の先を敷衍 - 俯瞰できる見晴らしのよい高台に我々を連れていってくれて、それってNoah Baumbachの若さというものに対する誠実さ(あるいはGretaに対する愛 - ラストの彼女の表情を見よ)に他ならないの。 そういうのを自己実現とか啓発啓蒙とかから遠く離れた地点からからりと描いて、それに成功している - 知ったふうの、理解者の素振りなんてこれっぽっちも見せずに。 Wes Andersonが子供の世界を掬いあげたのと同様のことを(「大人」に対置される)若者の世界でやろうとしている、というか。
Greta Gerwigさんのネジの外れた女王っぷりは揺るぎなく堂々としているのだが、Lora Kirkeさんの不機嫌かつ強靭な果実っぷりも見事で、このふたりが今のところ世界最強。すばらしいんだ。
画面の色味がとてもよい。 秋から冬にかけてのNYの色彩が泣きたくなるくらい素敵で。
音楽は、”The Squid and the Whale” (2005) 以来となるDean Wareham & Britta Phillips。
他には、OMDの”Souvenir”とかSuicideの”Dream Baby Dream”とかも聴こえてくる。
Dean Warehamさんは、グリニッジ在住、児童ポルノ愛好を疑われているDylanの怪しげな隣人(...とってもそれらし)として出演もしているの。
“Trainwreck”との共通項はねえ、どっちにもVeselkaが出てくるとこ。そりゃ大好きだけどさー。
それはそうと、今日はとにかく、ものすごおおおくあったまきた。
いいかげんにしろよくそった おぼえ 。 14日な。FXXX
これもなんとしても、の一本だったのだが上映開始時点で席にいたのは3人、シアターの挨拶のひとにはPrivate Screeningへようこそ! て言われた。 うん、日本から来た甲斐があったってもんよ。
2015年はNoah Baumbachの新作が2本も公開された年として映画史には刻まれることになるのだろうが、愚かもんばかりのこの国では、あーんなにすばらしかった"While We're Young” (以下、WWY) ですらようやく来年公開、というありさまなので、これなんかへたしたら再来年になりかねない。 ほーんとに、何千回言ってもいい、くそったれだわ(→日本の洋画配給会社)。 こーんなにおもしろいのにさ。
さてこの"Mistress America" (以下MA)、Noah Baumbachの作品としてはWWYに次ぐものだが、Greta Gerwigさんとの共作、という点では”Frances Ha” (2012) に次ぐもので、”Frances Ha”の公開当時にふたりが準備中の次作として、”Fuckin' Times Square Project"て呼んでいたやつと思われる(そういう台詞がでてくるから)。
コロンビアの文芸科(?)に入学したTracy (Lora Kirke)は周囲に馴染めず課題の作品も書けずにもやもやしてて、そんな彼女に母は、再婚予定の男の娘(つまりやがて義姉に)がマンハッタンにいるから会ってみればとアドバイスして、TracyはBrooke(Greta Gerwig)とTimes Squareで出会う。
独身アラサーのBrookeはジムでインストラクターとかしながら毎日毎晩パーティやイベントに駆け回るさまを慌ただしくTweetしつつ、夢である自分のレストランをオープンするための投資パートナーを探していて、もう物件は押さえてあるからあと一歩なのだ、とぺらぺらハイテンションでTracyに喋りまくり、そんな将来想像すらしていなかった彼女はひたすら感心して圧倒されて、Brookeの語る言葉や彼女の挙動を自身の作品用のメモとして書き留めはじめる。
やがてちっとも投資話が進まないことに苛立ったBrookeは、かつての婚約者で富裕層のDylan(こっちからふってやったんだぜ)から金を引きだすことと、ついでにかつて自分のTシャツビジネスのアイデアを盗んでDylanと結婚しやがったMarie-Claire (Heather Lind)に文句をつけるために、Tracyのex-BFとこいつ未だにTracyに気があるんじゃないかとカリカリしているその彼女の計4名で車で郊外グリニッジの豪邸街(あるのよ、そういうとこが)にわーわー乗りこんでいくの。
後半はDylanの邸宅のリビング(ほとんど舞台劇設定)で繰り広げられる(主に)Brookへの投資を巡る愛の下剋上とか陣地合戦とか格差とかのずるずるじたばたのディスカッションがとんでもなくスリリングでおもしろすぎて鼻血が出そうだった。
前作のWWYとこのMAは似たところもあって、WWYでは年齢的にも先が見えてきた主人公(Ben Stiller)の目の前に現れた若い才能(Adam Driver)に感じる焦りと羨望がテーマだったのに対して、MAではどん詰まり状態にある若い主人公が自分よりひとまわり先を軽やかに(でもほんとは傷だらけで)走っていく年長者に出会ってどうしたもんか、と思ったりする。
更にそこから模範とは、模倣とは何か、野望とは、成熟とは、信頼とは、といったところまで踏みこんで考えさせて、それははっきりとFrancesのあの見事な疾走の先を敷衍 - 俯瞰できる見晴らしのよい高台に我々を連れていってくれて、それってNoah Baumbachの若さというものに対する誠実さ(あるいはGretaに対する愛 - ラストの彼女の表情を見よ)に他ならないの。 そういうのを自己実現とか啓発啓蒙とかから遠く離れた地点からからりと描いて、それに成功している - 知ったふうの、理解者の素振りなんてこれっぽっちも見せずに。 Wes Andersonが子供の世界を掬いあげたのと同様のことを(「大人」に対置される)若者の世界でやろうとしている、というか。
Greta Gerwigさんのネジの外れた女王っぷりは揺るぎなく堂々としているのだが、Lora Kirkeさんの不機嫌かつ強靭な果実っぷりも見事で、このふたりが今のところ世界最強。すばらしいんだ。
画面の色味がとてもよい。 秋から冬にかけてのNYの色彩が泣きたくなるくらい素敵で。
音楽は、”The Squid and the Whale” (2005) 以来となるDean Wareham & Britta Phillips。
他には、OMDの”Souvenir”とかSuicideの”Dream Baby Dream”とかも聴こえてくる。
Dean Warehamさんは、グリニッジ在住、児童ポルノ愛好を疑われているDylanの怪しげな隣人(...とってもそれらし)として出演もしているの。
“Trainwreck”との共通項はねえ、どっちにもVeselkaが出てくるとこ。そりゃ大好きだけどさー。
それはそうと、今日はとにかく、ものすごおおおくあったまきた。
いいかげんにしろよくそった おぼえ 。 14日な。FXXX
9.07.2015
[music] Erykah Badu + St. Vincent
30日の日曜日の晩は、昨年夏のLAがそうだったようにHollywood Bowlでのライブ(ちなみにNIN + Soundgardenね)で、だんだんと日が暮れていくのを感じつつだらだら緩やかな坂を登っていくのが気持ちよいの。 人によってはバスケットやトートにワインの瓶とかをぶら下げて楽しそうなのでなんだろと思ったら、会場の前の方にはテーブル付きの席があってみんなピクニック気分で持ちこんでわいわいやっているのだった。なんかいいなー。
チケットはずっとsold outしてて、直前にリリースされる(はずの)数枚を地味に狙い続けて、離日直前に掬いあげたのだった。 この顔合わせだったら無理もないし、Erykah Badu単独でも十分そうなったと思う。 会場に向かう途上で眺めた限りでは客層は緩やかに分界してて、多数なのはゆったりだぼだぼオーガニックで、でも手を抜いているわけじゃないのよのおしゃれ上手オーラぷんぷんのBadu派と、ほんとはぴっちり決めたいけどいろいろ考えてちょっと緩めてみましたVincent派の、その混ざり具合が楽しいったら。
山を登ってなんかお腹すいたかも、とホットドッグの列に並んでいた7:30頃、突然”Rattlesnake”のイントロが聞こえてきたので慌てて席に走る。 チケットにあった7:00て、開場時間じゃないのね、たぶん。
St. Vincent、出音もじゅうぶん、彼女モデルのギターをぶんぶん振りまわし、バンド編成はこれまでと変わっていなかったようだが、ぴっちり銀ラメスーツを着込んでかくかく踊るダンサー2名を背後に従えて貫禄だった。もうぜんぜんライブハウスに納まるパフォーマンスじゃない。
1時間強、最後はステージから走り出て前のほうでワイン飲んでた客のグラスをかっさらって飲み干し、寄ってきた客にギター押しつけて錯乱状態でくるくるとステージに舞い戻り、ダンサーに抱きかかえられ制御不能のぶっこわれた状態で“Your Lips Are Red”をしんみり呟くように歌っておわった。
そしてErykah Badu。わたしのBadu体験は2001年8月、Mama's Gunのときのツアー - Central Parkのそれはそれは濃厚な夏夜のソウルで完全にやられて、更に2003年のS.O.B.'sでのライブでも叩きのめされた、そんなかんじ。S.O.B.’sのときはアンコールでThe Rootsが入ってきて、目の前50cmくらいのところでQuestloveのでっかいお尻の律動に目の前を塞がれ、あれこれ圧倒されて、要するにErykah Baduのライブについては全面降伏するしかない状態なの。
問題は今宵女王さまのご機嫌がどうなのか、で、バックの演奏が始まって5分くらい、やはり(ほらね)ぜんぜん出てこない。 やっと出て来たと思ったら、ステージまんなかのエレクトリックパッドを手でぱかぱか鳴らして、山のように高い帽子を脱いで、ティーポットから自分で注いだお茶(たぶん)を優雅に飲んでから、静かに客に向き合う。 客席固唾。
バックはバックコーラス3人を含む8人編成くらい、ギターレスで、ベルベットのように滑らかでしなやかに脈打つ極上のソウルが鳴っていて、彼女の歌はその上を気持ちよく滑っていく。威圧的に会場全体を圧倒しなぎ倒すディーバではなく、まずは慎ましくグルーヴを舌の上で転がしてみるかのように。 こないだリリースされた”Mixtape and New Álbum”の落ち着いたヴィンテージの風格そのままにノンストップで澱みなく。 それが夏のカリフォルニアの乾いた夜空にどれだけはまる快楽の風となったことか。
客席も含めてあがってきたのは4曲目くらいの”On & On”から、ジョークを言ったり変てこなポーズを決めたりするようになり、なんだそりゃも含めてこっちは大喜びで、やがて体を巻いていたカーテンみたいな布から脱皮する(ように見えた)と、デニムのオーバーオールで、すると空気も温度も更に軽やかに上昇し、みんな自然に立ち上がって踊りまくっていた。”Love of My Life (An Ode to Hip Hop)”とか、たまんないったら。
St.Vincentさんとの共演はなかったが、彼女について「かっこいいわねえ、あんな衣装着てやってみたいもんよねえ」とか言ってた。 できないことはないよ、て少しおもった。
それにしても、あのポーズ、だれが考えたのか。
チケットはずっとsold outしてて、直前にリリースされる(はずの)数枚を地味に狙い続けて、離日直前に掬いあげたのだった。 この顔合わせだったら無理もないし、Erykah Badu単独でも十分そうなったと思う。 会場に向かう途上で眺めた限りでは客層は緩やかに分界してて、多数なのはゆったりだぼだぼオーガニックで、でも手を抜いているわけじゃないのよのおしゃれ上手オーラぷんぷんのBadu派と、ほんとはぴっちり決めたいけどいろいろ考えてちょっと緩めてみましたVincent派の、その混ざり具合が楽しいったら。
山を登ってなんかお腹すいたかも、とホットドッグの列に並んでいた7:30頃、突然”Rattlesnake”のイントロが聞こえてきたので慌てて席に走る。 チケットにあった7:00て、開場時間じゃないのね、たぶん。
St. Vincent、出音もじゅうぶん、彼女モデルのギターをぶんぶん振りまわし、バンド編成はこれまでと変わっていなかったようだが、ぴっちり銀ラメスーツを着込んでかくかく踊るダンサー2名を背後に従えて貫禄だった。もうぜんぜんライブハウスに納まるパフォーマンスじゃない。
1時間強、最後はステージから走り出て前のほうでワイン飲んでた客のグラスをかっさらって飲み干し、寄ってきた客にギター押しつけて錯乱状態でくるくるとステージに舞い戻り、ダンサーに抱きかかえられ制御不能のぶっこわれた状態で“Your Lips Are Red”をしんみり呟くように歌っておわった。
そしてErykah Badu。わたしのBadu体験は2001年8月、Mama's Gunのときのツアー - Central Parkのそれはそれは濃厚な夏夜のソウルで完全にやられて、更に2003年のS.O.B.'sでのライブでも叩きのめされた、そんなかんじ。S.O.B.’sのときはアンコールでThe Rootsが入ってきて、目の前50cmくらいのところでQuestloveのでっかいお尻の律動に目の前を塞がれ、あれこれ圧倒されて、要するにErykah Baduのライブについては全面降伏するしかない状態なの。
問題は今宵女王さまのご機嫌がどうなのか、で、バックの演奏が始まって5分くらい、やはり(ほらね)ぜんぜん出てこない。 やっと出て来たと思ったら、ステージまんなかのエレクトリックパッドを手でぱかぱか鳴らして、山のように高い帽子を脱いで、ティーポットから自分で注いだお茶(たぶん)を優雅に飲んでから、静かに客に向き合う。 客席固唾。
バックはバックコーラス3人を含む8人編成くらい、ギターレスで、ベルベットのように滑らかでしなやかに脈打つ極上のソウルが鳴っていて、彼女の歌はその上を気持ちよく滑っていく。威圧的に会場全体を圧倒しなぎ倒すディーバではなく、まずは慎ましくグルーヴを舌の上で転がしてみるかのように。 こないだリリースされた”Mixtape and New Álbum”の落ち着いたヴィンテージの風格そのままにノンストップで澱みなく。 それが夏のカリフォルニアの乾いた夜空にどれだけはまる快楽の風となったことか。
客席も含めてあがってきたのは4曲目くらいの”On & On”から、ジョークを言ったり変てこなポーズを決めたりするようになり、なんだそりゃも含めてこっちは大喜びで、やがて体を巻いていたカーテンみたいな布から脱皮する(ように見えた)と、デニムのオーバーオールで、すると空気も温度も更に軽やかに上昇し、みんな自然に立ち上がって踊りまくっていた。”Love of My Life (An Ode to Hip Hop)”とか、たまんないったら。
St.Vincentさんとの共演はなかったが、彼女について「かっこいいわねえ、あんな衣装着てやってみたいもんよねえ」とか言ってた。 できないことはないよ、て少しおもった。
それにしても、あのポーズ、だれが考えたのか。
9.05.2015
[film] Trainwreck (2015)
30日、日曜日の午後、ハリウッドのAmoebaの隣のシネコン - ArcLightでみました。
これだけはなんとしても見たくて、お願いだから上映終っていませんように、だったJudd Apatow作品。
“Funny People” (2009)も“This Is 40” (2012)も劇場公開されていないし、どうせ日本では無理なんだろうけど、でもこんなに楽しくて面白いラブコメ、最近ないのになー。
ArcLightは初めてだったのだが、各シアターが広々きれいで上映前に係のひとが前に現れてぺこりと自己紹介してから、みんなの迷惑になるから携帯切ってね、画質と音質のチェックのために15分おきに見回りに来るのでなんかあったら言ってね、じゃあ楽しんで! とか言って消える。 こういう人力ガイド、NYのSunshineとか新宿のシネマカリテでもやっているけど、ここまで丁寧でちゃんとしてるのは初めて、この後2日続けてここに通ったのだが、ずっと同じだった。 上映前のCMはなし、予告は4本くらいで、上映作品によってぜんぶ変えてて重複は殆どなかった。 こういう映画館、ひとつでも東京にもあればなー。(遠い目)
さて、童貞喪失 〜 彼女の妊娠 〜 芸人というお仕事 〜 40になっちゃったよ 〜 と自分の半径10m(憶測)の人生模様をおもしろおかしく描いてきたJudd Apatowさんだが、今回はAmy Schumerの原作を得て、びっくりするくらい「まとも」なラブコメを作っているの。
雑誌社に勤めるAmy (Amy Schumer)は幼い頃、妻に逃げられてしまった父 (Colin Quinn)の話を聞いたりしているうちに、一生ひとりの男と一緒に、みたいのが信じられず、男とセックスしても朝まで共に過ごすことはなくて、たとえそこが海を隔てたスタテンだったとしてもマンハッタンの自分のアパートに這って戻ってぐだぐだの関係には陥らないようにしている。
スポーツなんてバッカじゃねえの(強く激しく同意)、ていう自分の雑誌の特集のためマッチョからほど遠いスポーツ外科医のAaron (Bill Hader)を取材したAmyは、こいつは自分がこれまで付き合ってきた男と違う(Amyが付き合うのは筋肉バカ系ばっかしだった)、と思いつつ気になりだして、Aaronのほうも彼女に惹かれていって、一度寝てしまうと彼は忠犬のように嬉々として彼女にくっついてきて、彼女は困惑して避けようとしつつ、かえって典型的なマンハッタンデートみたいのを楽しんでしまったりしてどうしたものか、になる。
Amyの背後には介護施設に入っている偏屈な父とか結婚して「普通」の家庭を築いている妹 (Brie Larson)とか、編集部の鬼編集長 (Tilda Swinton)とか異様に人懐こい編集見習い (Ezra Miller)とかがいて、Aaronの背後には彼の患者としてほんもんのLeBron James(NBAのひとね)なんかがいたりして、そういう小ネタが積み重なってあっという間の125分なの。 笑いはもちろんいっぱい、泣いてしまうところもいっぱい。
もちろん途中にはやっぱし会わないことにしよう、とか、体を張った取材原稿が結局ボツになったりとか山もあれば谷もあるのだが、とにかくこのぜんぜん美麗とは言えないふたり組がだんだんお似合いになってくるところがたまんないの。 互いのフィールドが異なる系のラブコメとしては“Fever Pitch” (2005)にちょっと似ていて、でもあれよかしっくりくる。 そういえばあれ、Bostonやろうの話だったしな。
ラストのぶちかまし具合は強烈で激烈で口あんぐり、完全にぶっとばされる。
Amy Schumerの下から突きあげるような破壊力、おそるべし。
そしてBill Haderもたまらなくいい。”The Skeleton Twins”を見て、”The Disappearance of Eleanor Rigby”を見て、これを見ると、このひとが体現する繊細さの、その最初っからの裂きイカのような細やかさにびっくりするはず。
小ネタの集積とそうして流れる時間を通して、ラブコメかくあるべし、みたいな定石から離れて、Judd Apatowはいつものようにはっきりとなにかを語ろうとしている。
それにしても、Lena DunhamがいてAmy Schumerがいる米国。
NYを舞台にしたラブストーリーとしてもお見事なの。 セントラルパークの池でリモコンボート遊びって、Nick Cassavetesの“The Other Woman” (2014) - これもおもしろかったのに公開されてないねえ - にもあったけど、やってみたら楽しいのかなあ。
Aaronが外科手術中のBGMにBilly Joelの”Uptown Girl”をがんがんかけているので、AmyはこれってBilly Joelの曲のなかではさいてーなのに、なんで? て聞いて(同感)、この曲はラストで反復されるのだが、その直後にBIlly Joelだったらこれだ! うりゃああーていうかんじで流れるのが - - 。
もういっかい見たいなー。
これだけはなんとしても見たくて、お願いだから上映終っていませんように、だったJudd Apatow作品。
“Funny People” (2009)も“This Is 40” (2012)も劇場公開されていないし、どうせ日本では無理なんだろうけど、でもこんなに楽しくて面白いラブコメ、最近ないのになー。
ArcLightは初めてだったのだが、各シアターが広々きれいで上映前に係のひとが前に現れてぺこりと自己紹介してから、みんなの迷惑になるから携帯切ってね、画質と音質のチェックのために15分おきに見回りに来るのでなんかあったら言ってね、じゃあ楽しんで! とか言って消える。 こういう人力ガイド、NYのSunshineとか新宿のシネマカリテでもやっているけど、ここまで丁寧でちゃんとしてるのは初めて、この後2日続けてここに通ったのだが、ずっと同じだった。 上映前のCMはなし、予告は4本くらいで、上映作品によってぜんぶ変えてて重複は殆どなかった。 こういう映画館、ひとつでも東京にもあればなー。(遠い目)
さて、童貞喪失 〜 彼女の妊娠 〜 芸人というお仕事 〜 40になっちゃったよ 〜 と自分の半径10m(憶測)の人生模様をおもしろおかしく描いてきたJudd Apatowさんだが、今回はAmy Schumerの原作を得て、びっくりするくらい「まとも」なラブコメを作っているの。
雑誌社に勤めるAmy (Amy Schumer)は幼い頃、妻に逃げられてしまった父 (Colin Quinn)の話を聞いたりしているうちに、一生ひとりの男と一緒に、みたいのが信じられず、男とセックスしても朝まで共に過ごすことはなくて、たとえそこが海を隔てたスタテンだったとしてもマンハッタンの自分のアパートに這って戻ってぐだぐだの関係には陥らないようにしている。
スポーツなんてバッカじゃねえの(強く激しく同意)、ていう自分の雑誌の特集のためマッチョからほど遠いスポーツ外科医のAaron (Bill Hader)を取材したAmyは、こいつは自分がこれまで付き合ってきた男と違う(Amyが付き合うのは筋肉バカ系ばっかしだった)、と思いつつ気になりだして、Aaronのほうも彼女に惹かれていって、一度寝てしまうと彼は忠犬のように嬉々として彼女にくっついてきて、彼女は困惑して避けようとしつつ、かえって典型的なマンハッタンデートみたいのを楽しんでしまったりしてどうしたものか、になる。
Amyの背後には介護施設に入っている偏屈な父とか結婚して「普通」の家庭を築いている妹 (Brie Larson)とか、編集部の鬼編集長 (Tilda Swinton)とか異様に人懐こい編集見習い (Ezra Miller)とかがいて、Aaronの背後には彼の患者としてほんもんのLeBron James(NBAのひとね)なんかがいたりして、そういう小ネタが積み重なってあっという間の125分なの。 笑いはもちろんいっぱい、泣いてしまうところもいっぱい。
もちろん途中にはやっぱし会わないことにしよう、とか、体を張った取材原稿が結局ボツになったりとか山もあれば谷もあるのだが、とにかくこのぜんぜん美麗とは言えないふたり組がだんだんお似合いになってくるところがたまんないの。 互いのフィールドが異なる系のラブコメとしては“Fever Pitch” (2005)にちょっと似ていて、でもあれよかしっくりくる。 そういえばあれ、Bostonやろうの話だったしな。
ラストのぶちかまし具合は強烈で激烈で口あんぐり、完全にぶっとばされる。
Amy Schumerの下から突きあげるような破壊力、おそるべし。
そしてBill Haderもたまらなくいい。”The Skeleton Twins”を見て、”The Disappearance of Eleanor Rigby”を見て、これを見ると、このひとが体現する繊細さの、その最初っからの裂きイカのような細やかさにびっくりするはず。
小ネタの集積とそうして流れる時間を通して、ラブコメかくあるべし、みたいな定石から離れて、Judd Apatowはいつものようにはっきりとなにかを語ろうとしている。
それにしても、Lena DunhamがいてAmy Schumerがいる米国。
NYを舞台にしたラブストーリーとしてもお見事なの。 セントラルパークの池でリモコンボート遊びって、Nick Cassavetesの“The Other Woman” (2014) - これもおもしろかったのに公開されてないねえ - にもあったけど、やってみたら楽しいのかなあ。
Aaronが外科手術中のBGMにBilly Joelの”Uptown Girl”をがんがんかけているので、AmyはこれってBilly Joelの曲のなかではさいてーなのに、なんで? て聞いて(同感)、この曲はラストで反復されるのだが、その直後にBIlly Joelだったらこれだ! うりゃああーていうかんじで流れるのが - - 。
もういっかい見たいなー。
[film] American Ultra (2015)
LAに着いた29日の土曜日の晩、眠くなるの防止でどかどかうるさそうな奴から見ました。
場所はダウンタウンから歩いて10分くらいの、コンベンションセンターとかが固まっているあたりのシネコン、何年か前に出張で来たとき、ここでFurious 6 (2013) をみた。
座席はやはり指定になっていて、こないだの銃撃事件のせいか荷物チェックとか警備の警官とかが沢山いた。(かなしい)
アメリカの田舎のさえないコンビニで店員をしているMike (Jesse Eisenberg)は彼女のPhoebe (Kristen Stewart)と一緒に地味だけど、はっぱ吸ったりGraphic Novel描いたり幸せに暮らしていて、ふたりのハワイ旅行は彼が直前にパニック障害を起こしておじゃんになって、それでも許してくれる彼女に彼はプロポーズしようと思っている。 そんな彼のところに怪しげなおばさんが現れて、意味不明の文章、というか言葉の連なりを告げて、それからしばらくすると怪しげな二人組が車のところでなんかしている - と思ったら突然Mikeのところに襲いかかってきて、彼はびっくりしつつも応戦し、気づいたらそいつらをぶっ殺してしまったので更にびっくりする。 で、その騒ぎで寄ってきた地元のシェリフが彼を逮捕してそこにPhoebeも呼ぶのだが、ぶちこんだ先にも新たな刺客がターミネーターのように現れて、そこでも彼は。
昔のCIAの極秘プログラムが彼を殺人兵器に仕立てたもののやばすぎるから封印してて、そいつが消去されることを察知したCIAのおばさんが彼のところに現れて封印を解いた、らしい。 彼が無意識ながらも抵抗して暴れれば暴れるほど破壊の規模はでっかくなり、なんでか危険なウィルス保持者として彼の顔写真はニュースにも出て指名手配されてて、軍の一連隊だのドローンだのがMikeとPheobeの前に次々とやってくるの。 彼はなにがなんだかわからないながらも、確かに青年期のある時期からの記憶がないことに気づいたりするのだが、そんなこと嘆いてもしょうがないくらいに慌ただしく敵は彼に群がってくる。
自分は政府によって改造されたなんかだったかわいそうに、という話は巷に溢れかえっているけど、この作品はそういう彼のプライベートな悩みや叫びや自分探しは置いておいて、とりあえず怯えて慌てるMikeの姿とスプーンでもチリ取りでもフライパンでも、コンビニで売っているものをなんでも凶器に変えて敵を血祭りにしてしまう彼の凄味のみにフォーカスして、それをJesse Eisenbergはひとり見事に演じ切ってしまう。こういう突然巻き込まれ ~ 覚醒するナードみたいなキャラクターをやらせると、このひとはほんとうにすごい。
そしてもうひとり、”Adventureland” (2009)に続いてJesse Eisenbergと共演となるKristen Stewartもまた、吸血鬼とか大女優とか若年性アルツハイマーとか、ふつーではなくなってしまったひとの横で悪態ついたり眉をひそめたり溜息ついたりしているだけで圧倒的なプレゼンスを播き散らしてしまう特性をもったひとで、今度のも見事としか言いようがなくて、要はほとんどこの二人の俳優の演技のすばらしさで成立してしまっているドラマなの。人の殺し方のなるほどー、なところとか筋書きはB級 - “The Bourne Identity” (2002)とか“The Avengers” (2012) のアメリカ辺境編みたいなかんじなのだが、でも96分、ちゃきちゃきしてて楽しいったら。
あと、久々にあのJohn Leguizamoさんが見れたかも。
場所はダウンタウンから歩いて10分くらいの、コンベンションセンターとかが固まっているあたりのシネコン、何年か前に出張で来たとき、ここでFurious 6 (2013) をみた。
座席はやはり指定になっていて、こないだの銃撃事件のせいか荷物チェックとか警備の警官とかが沢山いた。(かなしい)
アメリカの田舎のさえないコンビニで店員をしているMike (Jesse Eisenberg)は彼女のPhoebe (Kristen Stewart)と一緒に地味だけど、はっぱ吸ったりGraphic Novel描いたり幸せに暮らしていて、ふたりのハワイ旅行は彼が直前にパニック障害を起こしておじゃんになって、それでも許してくれる彼女に彼はプロポーズしようと思っている。 そんな彼のところに怪しげなおばさんが現れて、意味不明の文章、というか言葉の連なりを告げて、それからしばらくすると怪しげな二人組が車のところでなんかしている - と思ったら突然Mikeのところに襲いかかってきて、彼はびっくりしつつも応戦し、気づいたらそいつらをぶっ殺してしまったので更にびっくりする。 で、その騒ぎで寄ってきた地元のシェリフが彼を逮捕してそこにPhoebeも呼ぶのだが、ぶちこんだ先にも新たな刺客がターミネーターのように現れて、そこでも彼は。
昔のCIAの極秘プログラムが彼を殺人兵器に仕立てたもののやばすぎるから封印してて、そいつが消去されることを察知したCIAのおばさんが彼のところに現れて封印を解いた、らしい。 彼が無意識ながらも抵抗して暴れれば暴れるほど破壊の規模はでっかくなり、なんでか危険なウィルス保持者として彼の顔写真はニュースにも出て指名手配されてて、軍の一連隊だのドローンだのがMikeとPheobeの前に次々とやってくるの。 彼はなにがなんだかわからないながらも、確かに青年期のある時期からの記憶がないことに気づいたりするのだが、そんなこと嘆いてもしょうがないくらいに慌ただしく敵は彼に群がってくる。
自分は政府によって改造されたなんかだったかわいそうに、という話は巷に溢れかえっているけど、この作品はそういう彼のプライベートな悩みや叫びや自分探しは置いておいて、とりあえず怯えて慌てるMikeの姿とスプーンでもチリ取りでもフライパンでも、コンビニで売っているものをなんでも凶器に変えて敵を血祭りにしてしまう彼の凄味のみにフォーカスして、それをJesse Eisenbergはひとり見事に演じ切ってしまう。こういう突然巻き込まれ ~ 覚醒するナードみたいなキャラクターをやらせると、このひとはほんとうにすごい。
そしてもうひとり、”Adventureland” (2009)に続いてJesse Eisenbergと共演となるKristen Stewartもまた、吸血鬼とか大女優とか若年性アルツハイマーとか、ふつーではなくなってしまったひとの横で悪態ついたり眉をひそめたり溜息ついたりしているだけで圧倒的なプレゼンスを播き散らしてしまう特性をもったひとで、今度のも見事としか言いようがなくて、要はほとんどこの二人の俳優の演技のすばらしさで成立してしまっているドラマなの。人の殺し方のなるほどー、なところとか筋書きはB級 - “The Bourne Identity” (2002)とか“The Avengers” (2012) のアメリカ辺境編みたいなかんじなのだが、でも96分、ちゃきちゃきしてて楽しいったら。
あと、久々にあのJohn Leguizamoさんが見れたかも。
9.02.2015
[log] September 2 2015
というわけで帰りのLAXに来て、なんでかQANTASのラウンジでごはんをたべている。
こうしていつのまにか8月は終って9月になっていて、夏は終りで、夏休みも終ってしまったらしい。
仕事はどこまでも追っかけてくるくせに、こいつらは逃げるようにいなくなってしまう。
体はちっとも休まった気がしないが、とにかく遊ぶんだし楽しむんだから、ということでぱたぱた走り回って、いまはやり残したなにかがあるかんじはあまりないから、楽しいお休みだった、といおう。 2015年の夏はLAに行った、ということはくっきり刻まれた。
たった4日間だと当然、行けるところも限られていて、ライブひとつ、映画4本 - きちんといちにち1本ずつ、Amoeba Musicは3日間かよった。再訪したかったところには行けて、行ったことのなかった新しいところにも行けた。それでも行きつくした - 制覇できたかんじがしないのはエリアとしてでっかすぎるからだろう。 バスと電車だけだとどうしても、ねえ。 でもバスと電車だけでも1週間はじゅうぶん楽しめるよ。
食べものもいつもの言い方になってしまうが、おいしいのは底ぬけにおいしくて、都市もトレンドも関係ないよねえ、と思わないわけにはいかなかった。 おいしいものを求めて何千里、みたいに意気込まなくても、あるところにはあるんだわ。 アンテナさえ立てておけば、なんか引っかかってくるのね。 たぶん。
830国会前は、はらはらしつつTwitterを追って、それだけでじゅうぶん鳥肌だったから、その場にいたら凄かったんだろうな。 行きたかった。 デモされたバカには例によってあんま効いていなさそうなところが腹立たしいけど、とにかく、ほんとうに止めてやるから見てろよ。
滞在中のあれこれは、そのうちだらだらと。
ではまた。
こうしていつのまにか8月は終って9月になっていて、夏は終りで、夏休みも終ってしまったらしい。
仕事はどこまでも追っかけてくるくせに、こいつらは逃げるようにいなくなってしまう。
体はちっとも休まった気がしないが、とにかく遊ぶんだし楽しむんだから、ということでぱたぱた走り回って、いまはやり残したなにかがあるかんじはあまりないから、楽しいお休みだった、といおう。 2015年の夏はLAに行った、ということはくっきり刻まれた。
たった4日間だと当然、行けるところも限られていて、ライブひとつ、映画4本 - きちんといちにち1本ずつ、Amoeba Musicは3日間かよった。再訪したかったところには行けて、行ったことのなかった新しいところにも行けた。それでも行きつくした - 制覇できたかんじがしないのはエリアとしてでっかすぎるからだろう。 バスと電車だけだとどうしても、ねえ。 でもバスと電車だけでも1週間はじゅうぶん楽しめるよ。
食べものもいつもの言い方になってしまうが、おいしいのは底ぬけにおいしくて、都市もトレンドも関係ないよねえ、と思わないわけにはいかなかった。 おいしいものを求めて何千里、みたいに意気込まなくても、あるところにはあるんだわ。 アンテナさえ立てておけば、なんか引っかかってくるのね。 たぶん。
830国会前は、はらはらしつつTwitterを追って、それだけでじゅうぶん鳥肌だったから、その場にいたら凄かったんだろうな。 行きたかった。 デモされたバカには例によってあんま効いていなさそうなところが腹立たしいけど、とにかく、ほんとうに止めてやるから見てろよ。
滞在中のあれこれは、そのうちだらだらと。
ではまた。
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