気がつけば振り向けば1年の最後の日になっていましたどうしよう、と書いて嘆いてあたふたしてみせるけど実はなんにもしない、そういうお約束のいちにちが今年もやってまいりました。
.. という昨年の文言をそっくりそのままコピーするだけで反省しないし進化もないしなんのためにこの一年は、とか愚痴悪態をついてばかりのしょうもない一日が今年もやってまいりました。
この12月はなんだかとっても慌ただしくて、11月末のロシア行きがなにかを後ろに押してしまったせいもあるのだろうが、月のまんなかに仕事でドイツに行ってクリスマスの前にパリに行って2日あけてローマに行って29日に戻ってきても頭とか目が錆びたように重くて、今日はなんにも片付かないし片付けるつもりもないそういう1日で、それは片付けるべき山がどれくらいあるのかを振り返ることすらしない - 目の前にいっぱい積まれて傾いたりしているやつもあるのに目を合わせようともしない、なんか自然現象のように書いているけどただのやる気の問題として、とにかくどうしようもないんですけどどうしましょう、って(きみはそれを誰に向かって言おうとしている?)。
とにかくこちらに来て3回目の年のおわりを迎えることができて、本来であれば2年契約のアパートの契約更改時期だったので新しいところに越してもう少し空間に余裕のある快適な暮らしを、のはずだったのだが新しいところを見つけて契約改めて引っ越して、それらを実行する時間とかお金とか体力とか、そういうのは映画とかライブとか古本とか旅行とかに使ったほうがよいのではないか、と思ってしまったので 昨年末であれこれ諦めていたゴミの山の上に、さらにいろいろ積まれて重なってしまった今があって、なんども言うように、これは自分がどうしようもなくだめでそれをこうして認めているのだからいいじゃんか、と誰に向かって言っているのだかわからないあれこれを相変わらず。
昨日、Neil Innesの訃報を聞いて、え? 9月の”The Rutles: All You Need Is Cash” (1978)のトークではふつうにお喋りしてくれたのに、というのも、昔ほどには驚かなくなった。明日にはどうなるかわからないんだな、って。とても悲しいことには変わりないけど。
大晦日、今年最後にみた映画はBloomsburyでのBi Ganの”Long Day's Journey into Night” (2018)だった。
あーそうか、今がまさにそれだわ、よくわかんない夜の微睡みのなかにあるんだわ、とも思った。
新元号なんてほんっとどうでもいいしあんなに嫌がっていたBrexitもオリンピックも来年は始まってしまいそうなその向こうで、しぬほど嫌いな日本の首相も英国の首相も米国の大統領もあーんなにゴミより臭くて耐えられない腐臭の群を放っているのに、そのままに放置されて存続しているってどういうことだ、って、こいつらを一網打尽にして宇宙の果てに塵ゴミとしてぶっとばすことはできないものか、っていうのはいつも思いながら、でもゴキブリみたいにいるねえ、あの連中。
家のなかがこんなで、世の中もあんなで、あれこれそんなふうだからとにかく自分を維持して朝起きあがるのが精一杯で来年も持ち堪えられるかどうか、くらいなので、ごちゃごちゃ言わないで新しい年に行ってしまおう、って。
でもとにかく、まわりの人みんなによいことがありますように。
自分には - 敗けたり失ったりは常態だったとしても - 少なくともよい出会い - 本でも映画でも音楽でも人でも - があって生き延びることができますようにー。
12.31.2019
[log] Paris
21-23の土・日・月でパリに行ってきました。 昨年もやった気がするクリスマス前の買い出し、と言いつつあれこれうろうろする(したい)だけのアレ、だったのだが、今回は交通スト、という新たな試練が眼前に立ちはだかって電車(Eurostar)も止まるんじゃないか、という懸念もあり、でもなんとか向こう岸に到達することはできそうで、それなら、行けるのであればとりあえず行ってみて、どんなもんか見てみるのもおもしろいんじゃないか程度で - とにかくその、石橋が崩れているのに見ようとしないで渡って落ちて泣く、っていいかげんやめたら? - だったのだが、とにかく行って、予定していたモノたちをしがみつくように見たりして戻ってきた。
全体の状況がどんなふうだったかと言うと、地下鉄は半端な2路線くらいしか動いていなくて、バスは間引きされてのろのろなのでいつでもどこでもぱんぱん、人々の移動は車になるのでタクシーはちっとも捕まらないし交通渋滞がひどい、という悪循環に嵌っている - なのでどこに行くにもだいたいいつもの2〜3倍の時間がかかるし、それなら歩いたほうがまだまし、なのだがお天気はぐずぐずの風ぼうぼう、こんなときはこたつでごろごろ本でも読むのがふつうのヒトのただしい営みというもの。
Degas at the Opera
21日の午前、Eurostarでパリ北駅に着いて、地下鉄ではない普通の電車とバスを乗り継いでホテルに入り、お昼を食べた後にMusée d'Orsayで見た。 チケット売り場はがらがらだった。
ドガの踊り子(っていう言い方、なんかよくないんじゃないの? ダンサーでいいよね)のシリーズって寄せ集め展覧会とかコレクションとかに2-3点混じっているだけだとちっとも面白いと思えない(ドガに限らず大抵そうよね)のだが、今回のようにバレエを中心とした舞台芸術に向かう人々の動きとかシルエットとか色模様とか、それらが固まって連なって並んでいるとドガが捕まえようとしていた瞬間と空間がよくわかるのだった。
あと、なんといっても入ってすぐのところに展示されたオペラ座ガルニエ宮のでっかい断面模型。緞帳とか地下とかミルフィーユ並みに細かくて、我々が客席から見ているのはそのほんの一層、ひらひらの瞬間だけなのだな、って。
Huysmans Art Critic : From Degas to Grünewald, in the Eye of Francesco Vezzoli
ドガの展示の反対側でやっていた。
ユイスマンス - Joris-Karl Huysmans - といえば『さかしま』に代表されるデカダン文学作家なのだが、もともとはまじめな官吏だったし、ここでは彼の目や文章が当時のアートシーンにCriticとして与えた影響・果たした役割にフォーカスして、彼の周辺にあった画家や作家の作品を集めてある。
ドガにマネにピサロ、カイユボット、ルドン、ナダールが撮ったボードレール、ヴァレリーの肖像、などなど。 ゾラあたりからの自然主義が「近代」の立ちあがりと共にぐんにゃりと歪んでいびつな影や闇がまぶされていくその像を視覚的に追っていくことができるよい展示だった。
Paris by Mouth
パリの現地レストラン情報を載っけている英語のサイト、”Paris by Mouth”は日本語によるレストラン情報よりも役に立つことがあってよく参考にしているのだが、ここが少人数でのWalking tourをやっていて、それがNY times紙の36hoursのシリーズで紹介されたりしたのでいつも人気で売り切れていて、今回は空いていそうだったので参加してみることにした。 パリで初めて参加するツアー。
地域(St Germain, Left Bank, Marais)の特徴的な食材屋をまわる”Taste of ..”のシリーズとか、フランスのCheeseとWineに的を絞ったワークショップとかもあるのだが、今回は”Taste of St Germain”ていうコース。
ストの影響でキャンセルが結構あったらしいのだが無事決行された。16時にRue de Bacの駅前に集合して、歩いて肉屋、チョコレート屋、パティスリーにパン屋、バゲットにチーズにワイン屋を巡っていく(事前に店には通知してあるみたい)。単にそのお店をおいしいよー、って紹介するだけでなく、なんでここがおいしいのか、をその場所やオーナーの歴史(ときにはパリの街の歴史や成り立ち)も込みで説明してくれるのでなるほどねー、だし、最後にはワイン屋の2階のスペースでそれぞれのお店で買っておいた食材を切り分けて、ワイン屋のワイン3本と一緒にテイスティングしつつ復習してくれて、中でもチーズとワインは壁に貼ってあるフランスの地図を指差しながらなかなか深いところまで教えてくれた。
ガイドの女性も参加した人たち - 6人くらい -もみんなアメリカの人たちでやっぱしアメリカ英語、わかりやすいよなー、って泣きそうなくらい嬉しくなったり、現在のストの背景とフランスの政治状勢 - 今後の展望について、とっても今のアメリカン・リベラルの目線が入った政治の話も入って(うんうん)、あっという間の3時間半だった。
Eiffel Tower
パリに行ってまだ凱旋門もきちんと見ていないしエッフェル塔も昇ったことがないというのはいいの? だったので22日の午前にやっと昇ることができた。 朝から雨が断続的に降って風が強くて天辺には行けなかったのだが眺めはすばらしいし鉄模様も素敵だし、あーパリなんだわ、って。
自分の世代ってなんでか東京タワーに思い入れるひとが結構多い気がするのだが、わたしは東京タワーにはそんな来なくて、でもエッフェル塔はとっても好きになりつつある。 なんかかっこいいかも、って。 あとで凱旋門もちゃんと見ることができて、観光レベルがあがった気がした。
Charlotte Perriand: Inventing a New World
22日の午後、Frank Gehry設計の、あのLouis Vuitton Foundationで見ました。
(家具でも空間でも建物でもなんでも)デザイナーのシャルロット・ペリアン(1903-1999)の、フロア全部使ったものすごくでっかい回顧展。 20世紀のデザインの歴史に興味があったり勉強したりしているひとは必見。”Inventing a New World”とは、それをデザインで実現するというのは例えばどういうことなのか、絵画、彫刻、写真、自然、東洋、政治、教育、ジェンダー、彼女の活動を通してそれらがどんなふうに渦を巻いて形を作っていったのか、などなどをその途方もないエネルギーも込みで俯瞰することができる。
他のアーティストではル・コルビュジエとフェルナン・レジェとの生涯を通じたでっかい作品がところどころに置いてあって、そういえば彼らも生活における形 - 特に丸み - を追求していった人たちだったねえ。
政治活動との関わりでいうと、でっかい壁一面(これでも縮小版レプリカだそう)を使ったコラージュ作品 - 1936年の“La grande misère de Paris” - “The Great Poverty of Paris”の勢いがすごい。 出発点付近にはこういう怒りがあったりする、と。
日本との関わりというと、髙島屋での『選択・伝統・創造』展のポスターとか、蚊帳とか畳とかイサム・ノグチのランプとか。
あとは屋上まで出てFrank Gehryによる建物も見て眺めて触ってみる。ブローニュの森の端っこにこんな建物があるのってどうなのかしら? 帰りに夕暮れの森を歩いて抜けてみたけど、ほんとうにただの森(そこがたまんない)だったしねえ。
最終日の23日の半分は買い出しなので、午前中の買い物場近辺のをいくつかうろうろしただけ。
Musée de Cluny 国立中世美術館
『貴婦人と一角獣』に再会したかった。 中世のいろんなのもちゃんと勉強しないと、そろそろ絵を見て回ってもきつくなってきたねえ、やらないとねえ、と改めて。
ここで近くのShakespeare and Companyに寄って古本ふたつ買った。
Église Saint-Sulpice サン=シュルピス教会
ドラクロアがその壁に描いた - “Jacob Wrestling with the Angel” - “Heliodorus Driven from the Temple” - とその天井に描いた”Saint Michael Vanquishing the Demon”を見る。
絵はすばらしいのだが、教会全体の佇まいからはちょっと浮いているのではないか。
Du Douanier Rousseau à Séraphine: Les grands maîtres naïfs
23日の午後。Musée Maillolで、日本語だと「ルソーからセラフィーヌまで:素朴派の巨匠たち」。アンリ・ルソー、セラフィーヌ・ルイの他には、カミーユ・ボンボワ、ルネ・ランベール、アンドレ・ボーシャン、ルイ・ヴィヴァンなどなど。
昔からnaïfs - Naïve Art - 素朴派、あるいはアウトサイダー・アートでもよいけど、昔からあるこの括り(そして昔からあるこの議論)ってどうなのか。正規の西洋美術の教育とか誰かの弟子としての訓練とか薫陶を受けていない、とか「アウトサイダー」とか、これってたんなる批評(界)とか画壇が勝手に作りだした枠だよね、だってひとつひとつこんなにも全然ちがうし。ちがって当然のものだし。
セラフィーヌ・ルイを纏めて見れたのはよかったし、メインビジュアルになっているカミーユ・ボンボワも素敵ったらない。
こんなもんかしら。 じつはパリにはやり残したことがあって..
全体の状況がどんなふうだったかと言うと、地下鉄は半端な2路線くらいしか動いていなくて、バスは間引きされてのろのろなのでいつでもどこでもぱんぱん、人々の移動は車になるのでタクシーはちっとも捕まらないし交通渋滞がひどい、という悪循環に嵌っている - なのでどこに行くにもだいたいいつもの2〜3倍の時間がかかるし、それなら歩いたほうがまだまし、なのだがお天気はぐずぐずの風ぼうぼう、こんなときはこたつでごろごろ本でも読むのがふつうのヒトのただしい営みというもの。
Degas at the Opera
21日の午前、Eurostarでパリ北駅に着いて、地下鉄ではない普通の電車とバスを乗り継いでホテルに入り、お昼を食べた後にMusée d'Orsayで見た。 チケット売り場はがらがらだった。
ドガの踊り子(っていう言い方、なんかよくないんじゃないの? ダンサーでいいよね)のシリーズって寄せ集め展覧会とかコレクションとかに2-3点混じっているだけだとちっとも面白いと思えない(ドガに限らず大抵そうよね)のだが、今回のようにバレエを中心とした舞台芸術に向かう人々の動きとかシルエットとか色模様とか、それらが固まって連なって並んでいるとドガが捕まえようとしていた瞬間と空間がよくわかるのだった。
あと、なんといっても入ってすぐのところに展示されたオペラ座ガルニエ宮のでっかい断面模型。緞帳とか地下とかミルフィーユ並みに細かくて、我々が客席から見ているのはそのほんの一層、ひらひらの瞬間だけなのだな、って。
Huysmans Art Critic : From Degas to Grünewald, in the Eye of Francesco Vezzoli
ドガの展示の反対側でやっていた。
ユイスマンス - Joris-Karl Huysmans - といえば『さかしま』に代表されるデカダン文学作家なのだが、もともとはまじめな官吏だったし、ここでは彼の目や文章が当時のアートシーンにCriticとして与えた影響・果たした役割にフォーカスして、彼の周辺にあった画家や作家の作品を集めてある。
ドガにマネにピサロ、カイユボット、ルドン、ナダールが撮ったボードレール、ヴァレリーの肖像、などなど。 ゾラあたりからの自然主義が「近代」の立ちあがりと共にぐんにゃりと歪んでいびつな影や闇がまぶされていくその像を視覚的に追っていくことができるよい展示だった。
Paris by Mouth
パリの現地レストラン情報を載っけている英語のサイト、”Paris by Mouth”は日本語によるレストラン情報よりも役に立つことがあってよく参考にしているのだが、ここが少人数でのWalking tourをやっていて、それがNY times紙の36hoursのシリーズで紹介されたりしたのでいつも人気で売り切れていて、今回は空いていそうだったので参加してみることにした。 パリで初めて参加するツアー。
地域(St Germain, Left Bank, Marais)の特徴的な食材屋をまわる”Taste of ..”のシリーズとか、フランスのCheeseとWineに的を絞ったワークショップとかもあるのだが、今回は”Taste of St Germain”ていうコース。
ストの影響でキャンセルが結構あったらしいのだが無事決行された。16時にRue de Bacの駅前に集合して、歩いて肉屋、チョコレート屋、パティスリーにパン屋、バゲットにチーズにワイン屋を巡っていく(事前に店には通知してあるみたい)。単にそのお店をおいしいよー、って紹介するだけでなく、なんでここがおいしいのか、をその場所やオーナーの歴史(ときにはパリの街の歴史や成り立ち)も込みで説明してくれるのでなるほどねー、だし、最後にはワイン屋の2階のスペースでそれぞれのお店で買っておいた食材を切り分けて、ワイン屋のワイン3本と一緒にテイスティングしつつ復習してくれて、中でもチーズとワインは壁に貼ってあるフランスの地図を指差しながらなかなか深いところまで教えてくれた。
ガイドの女性も参加した人たち - 6人くらい -もみんなアメリカの人たちでやっぱしアメリカ英語、わかりやすいよなー、って泣きそうなくらい嬉しくなったり、現在のストの背景とフランスの政治状勢 - 今後の展望について、とっても今のアメリカン・リベラルの目線が入った政治の話も入って(うんうん)、あっという間の3時間半だった。
Eiffel Tower
パリに行ってまだ凱旋門もきちんと見ていないしエッフェル塔も昇ったことがないというのはいいの? だったので22日の午前にやっと昇ることができた。 朝から雨が断続的に降って風が強くて天辺には行けなかったのだが眺めはすばらしいし鉄模様も素敵だし、あーパリなんだわ、って。
自分の世代ってなんでか東京タワーに思い入れるひとが結構多い気がするのだが、わたしは東京タワーにはそんな来なくて、でもエッフェル塔はとっても好きになりつつある。 なんかかっこいいかも、って。 あとで凱旋門もちゃんと見ることができて、観光レベルがあがった気がした。
Charlotte Perriand: Inventing a New World
22日の午後、Frank Gehry設計の、あのLouis Vuitton Foundationで見ました。
(家具でも空間でも建物でもなんでも)デザイナーのシャルロット・ペリアン(1903-1999)の、フロア全部使ったものすごくでっかい回顧展。 20世紀のデザインの歴史に興味があったり勉強したりしているひとは必見。”Inventing a New World”とは、それをデザインで実現するというのは例えばどういうことなのか、絵画、彫刻、写真、自然、東洋、政治、教育、ジェンダー、彼女の活動を通してそれらがどんなふうに渦を巻いて形を作っていったのか、などなどをその途方もないエネルギーも込みで俯瞰することができる。
他のアーティストではル・コルビュジエとフェルナン・レジェとの生涯を通じたでっかい作品がところどころに置いてあって、そういえば彼らも生活における形 - 特に丸み - を追求していった人たちだったねえ。
政治活動との関わりでいうと、でっかい壁一面(これでも縮小版レプリカだそう)を使ったコラージュ作品 - 1936年の“La grande misère de Paris” - “The Great Poverty of Paris”の勢いがすごい。 出発点付近にはこういう怒りがあったりする、と。
日本との関わりというと、髙島屋での『選択・伝統・創造』展のポスターとか、蚊帳とか畳とかイサム・ノグチのランプとか。
あとは屋上まで出てFrank Gehryによる建物も見て眺めて触ってみる。ブローニュの森の端っこにこんな建物があるのってどうなのかしら? 帰りに夕暮れの森を歩いて抜けてみたけど、ほんとうにただの森(そこがたまんない)だったしねえ。
最終日の23日の半分は買い出しなので、午前中の買い物場近辺のをいくつかうろうろしただけ。
Musée de Cluny 国立中世美術館
『貴婦人と一角獣』に再会したかった。 中世のいろんなのもちゃんと勉強しないと、そろそろ絵を見て回ってもきつくなってきたねえ、やらないとねえ、と改めて。
ここで近くのShakespeare and Companyに寄って古本ふたつ買った。
Église Saint-Sulpice サン=シュルピス教会
ドラクロアがその壁に描いた - “Jacob Wrestling with the Angel” - “Heliodorus Driven from the Temple” - とその天井に描いた”Saint Michael Vanquishing the Demon”を見る。
絵はすばらしいのだが、教会全体の佇まいからはちょっと浮いているのではないか。
Du Douanier Rousseau à Séraphine: Les grands maîtres naïfs
23日の午後。Musée Maillolで、日本語だと「ルソーからセラフィーヌまで:素朴派の巨匠たち」。アンリ・ルソー、セラフィーヌ・ルイの他には、カミーユ・ボンボワ、ルネ・ランベール、アンドレ・ボーシャン、ルイ・ヴィヴァンなどなど。
昔からnaïfs - Naïve Art - 素朴派、あるいはアウトサイダー・アートでもよいけど、昔からあるこの括り(そして昔からあるこの議論)ってどうなのか。正規の西洋美術の教育とか誰かの弟子としての訓練とか薫陶を受けていない、とか「アウトサイダー」とか、これってたんなる批評(界)とか画壇が勝手に作りだした枠だよね、だってひとつひとつこんなにも全然ちがうし。ちがって当然のものだし。
セラフィーヌ・ルイを纏めて見れたのはよかったし、メインビジュアルになっているカミーユ・ボンボワも素敵ったらない。
こんなもんかしら。 じつはパリにはやり残したことがあって..
[theatre] Translations
16日、月曜日の晩、National Theatre内のOlivier Theatreで見ました。
ここの隣にあるBFIには学校のように会社のようにほぼ毎日のように通っているのに、こちらに来たことは未だなかった。 ので、ようやく来れてうれしかった。
アイルランドの劇作家Brian Friel の原作をIan Ricksonが演出したもの。事前の予習とか一切しないで見てみる。
19世紀初、地の果てのようなところにあるアイルランドの田舎の村Donegalの台地にHedge School - 当時アイルランドの田舎のコミュニティ毎に作られた言葉 - ラテン語とかギリシャ語とか英語とか - を学んだりする非認可の学校 - で、先生のManus (Seamus O'Hara)と、老いてぼろぼろのJimmy Jack (Dermot Crowley)とかうまく喋れないSarah (Liadán Dunlea)とかMaire (Sarah Madigan)とか個性たっぷりの生徒たちがいて、堂々とした校長のHugh (Ciarán Hinds)がいて、都会のダブリンから戻ってきた息子のOwen (Fra Fee)も来て、みんなでわいわい楽しく授業をしていると、英国軍の兵士が現れ、Owenを通訳にして、この辺一帯の地図を作りたいので協力するように、という。
英国の兵士たちは彼らがSchoolで英語を学んでいることも知らず、彼らの喋る言葉は通じないと思いこんでいて、そのやりとりがなんか滑稽なのだが、その辺からだんだん明るみにでてくる彼らの企てとは。
やがて地図を作るために駐留している英国軍のYolland中尉 (Jack Bardoe)とMarieが恋に落ちて、そのタイミングで、英国による植民地支配に向けた企みが明らかとなり、言葉の通訳 - 地名の翻訳から始まったふたつの国の関係は突然天地がひっくり返って、向こうからどす黒い恐怖が。
日々自分の国の言葉ではない言葉を使うところで暮らして、普段からこちらの映画を見たり音楽を聴いたり本を読んだりしているものとして、ものすごくいろんなことを考えさせてくれる演劇だった。 出発点は自分が慣れていない言葉を自分の言葉に変換してその文脈も含めて理解する、それだけのことなのだが、それはそれだけのことではない、例えば異文化や習慣の理解みたいなところ、そもそもそういうのって「理解」できるのか? という問いとのせめぎ合いとか、その風呂敷は習得の度合いに応じて常に大きく不透明になりがちで、それが国レベルで極大化すると侵略とか植民地化、のようなところまで行ってしまう気がする。アメリカが先住民に対して、英国がオーストラリアの先住民に対して、日本が沖縄や北海道の先住民に対してやってきたような。
翻訳って、やるやらないでいうと、やるべきだし必要なことだし、多くの可能性に満ちた作業だとは思うのだが、そこには常に翻訳をする者はどこのだれなのか、その対象(その選択)は、という問題(のようななにか)がつきまとうはずで、そこに万国共通とかスタンダード、のような理想(幻想)を持ちこもうとすると面倒なことになる。 なぜならそういうスタンダード - 汎化を持ち込もうとするのは常に「強者」に決まっているから or - とされてしまうから。 (英語教育は素人だけど、例の共通テストの件が滑稽なのは彼らの前提の置き方がどう考えても変 - 気持ちわるい - から)
コミュニケーションがすべての礎、MUST、それは正しいことなのかもしれないけど、どこからどこまで、の線引きをしておかないと、言語が死滅したり民族が絶滅することにもなりかねない、ということが19-20世紀(以降)の歴史にはあったし、あるよ。 コミュニケーションなんてやりたい奴が尻尾ふって旗ふって喜んでやっていればいいのよ。
(関係ないけど、最近よく言われる「ダイバーシティ」があんま信用ならないのは、すでに確立された単一性を前提とした物言いの匂いがぷんぷんするから。あえてそう言わなければならないくらいに傾いて歪んでしまった、ということなのだろうけど)
ということを考えていったときに、あのラストの風景には慄然とする。そうだよね、って。
こういう作品がジョイスやイェイツを生んだ国から出る、というのもおもしろいな。
ここの隣にあるBFIには学校のように会社のようにほぼ毎日のように通っているのに、こちらに来たことは未だなかった。 ので、ようやく来れてうれしかった。
アイルランドの劇作家Brian Friel の原作をIan Ricksonが演出したもの。事前の予習とか一切しないで見てみる。
19世紀初、地の果てのようなところにあるアイルランドの田舎の村Donegalの台地にHedge School - 当時アイルランドの田舎のコミュニティ毎に作られた言葉 - ラテン語とかギリシャ語とか英語とか - を学んだりする非認可の学校 - で、先生のManus (Seamus O'Hara)と、老いてぼろぼろのJimmy Jack (Dermot Crowley)とかうまく喋れないSarah (Liadán Dunlea)とかMaire (Sarah Madigan)とか個性たっぷりの生徒たちがいて、堂々とした校長のHugh (Ciarán Hinds)がいて、都会のダブリンから戻ってきた息子のOwen (Fra Fee)も来て、みんなでわいわい楽しく授業をしていると、英国軍の兵士が現れ、Owenを通訳にして、この辺一帯の地図を作りたいので協力するように、という。
英国の兵士たちは彼らがSchoolで英語を学んでいることも知らず、彼らの喋る言葉は通じないと思いこんでいて、そのやりとりがなんか滑稽なのだが、その辺からだんだん明るみにでてくる彼らの企てとは。
やがて地図を作るために駐留している英国軍のYolland中尉 (Jack Bardoe)とMarieが恋に落ちて、そのタイミングで、英国による植民地支配に向けた企みが明らかとなり、言葉の通訳 - 地名の翻訳から始まったふたつの国の関係は突然天地がひっくり返って、向こうからどす黒い恐怖が。
日々自分の国の言葉ではない言葉を使うところで暮らして、普段からこちらの映画を見たり音楽を聴いたり本を読んだりしているものとして、ものすごくいろんなことを考えさせてくれる演劇だった。 出発点は自分が慣れていない言葉を自分の言葉に変換してその文脈も含めて理解する、それだけのことなのだが、それはそれだけのことではない、例えば異文化や習慣の理解みたいなところ、そもそもそういうのって「理解」できるのか? という問いとのせめぎ合いとか、その風呂敷は習得の度合いに応じて常に大きく不透明になりがちで、それが国レベルで極大化すると侵略とか植民地化、のようなところまで行ってしまう気がする。アメリカが先住民に対して、英国がオーストラリアの先住民に対して、日本が沖縄や北海道の先住民に対してやってきたような。
翻訳って、やるやらないでいうと、やるべきだし必要なことだし、多くの可能性に満ちた作業だとは思うのだが、そこには常に翻訳をする者はどこのだれなのか、その対象(その選択)は、という問題(のようななにか)がつきまとうはずで、そこに万国共通とかスタンダード、のような理想(幻想)を持ちこもうとすると面倒なことになる。 なぜならそういうスタンダード - 汎化を持ち込もうとするのは常に「強者」に決まっているから or - とされてしまうから。 (英語教育は素人だけど、例の共通テストの件が滑稽なのは彼らの前提の置き方がどう考えても変 - 気持ちわるい - から)
コミュニケーションがすべての礎、MUST、それは正しいことなのかもしれないけど、どこからどこまで、の線引きをしておかないと、言語が死滅したり民族が絶滅することにもなりかねない、ということが19-20世紀(以降)の歴史にはあったし、あるよ。 コミュニケーションなんてやりたい奴が尻尾ふって旗ふって喜んでやっていればいいのよ。
(関係ないけど、最近よく言われる「ダイバーシティ」があんま信用ならないのは、すでに確立された単一性を前提とした物言いの匂いがぷんぷんするから。あえてそう言わなければならないくらいに傾いて歪んでしまった、ということなのだろうけど)
ということを考えていったときに、あのラストの風景には慄然とする。そうだよね、って。
こういう作品がジョイスやイェイツを生んだ国から出る、というのもおもしろいな。
12.25.2019
[film] The Belle of New York (1952)
15日、日曜日の午後、BFIのMusicals! 特集で見ました(この特集、ぜんぜん見れなかったよう)。
35mm、Technicolor dye transferプリントによる夢の1時間半 - 理想的な日曜日の午後。
日本では劇場公開はされていない?
MGM - Arthur Freedによって45年から企画はあって、でもキャスティングされていたJudy Garlandがリハーサルで降りてしまったので一旦頓挫して、それでもなんとか作りあげたやつ。Arthur Freedのなかでは”An American in Paris” (1951) や”Singin’ in the Rain” (1952)に並ぶものとしてあったものらしい。確かにシンプルで - ややシンプルすぎるかもだけど、わかりやすいし。
世紀の変わりめ(19→20ね)のNYで、成金プレイボーイのCharles Hill (Fred Astaire)は女性をひっかけては婚約して式直前にキャンセルして賠償ごめん、みたいのを繰り返しているので後見人のAunt Lettie (Marjorie Main)は嘆き悲しんでいるのだが、CharlesはAuntもよく知るSalvation Armyのバンドで歌っていたAngela (Vera-Ellen)に一目惚れして、Angelaを追っかけ始めるのだが、彼女はつれなくて、まずあなたはぷらぷらしていないでちゃんとした職につくべきです、って職安を指差したので、Charlesはいろんな仕事について、それらを歌って踊っててきとーにこなして、どんなもんだい、でめげなくて、とにかく彼女のことも歌と踊りでおっことす。
Charlesは恋に夢中になると空中浮遊してしまう特殊体質をもっていて、ふたりの恋がスパークすると、Angelaの方もふわっと浮かびあがってしまうので、とってもわかりやすくてよいの。(でもこれ、相手が浮かびあがってくれないとバカみたいでつらいな..)
場面ごとにころころ変わって行く衣装も素敵で、女性のがHelen Rose、男性のがGile Steele。
ミュージカルナンバーはJohnny Mercer(詞) - Harry Warren(曲)のコンビの軽く鼻歌調でふんふんできるのがよくて、Charlesが空中浮遊してWashington Squareのアーチの天辺で歌うのとか、砂を撒いてその上でスクラッチして踊るの(ヒップホップか)とか、Fred Astaireは撮影開始当時52歳で、とてもピークを過ぎていたとは思えない軽妙な楽しさがあるの。
あんなふうに恋愛のことだけ考えていられたら幸せだろうねえ、と思ったことだよ。
35mm、Technicolor dye transferプリントによる夢の1時間半 - 理想的な日曜日の午後。
日本では劇場公開はされていない?
MGM - Arthur Freedによって45年から企画はあって、でもキャスティングされていたJudy Garlandがリハーサルで降りてしまったので一旦頓挫して、それでもなんとか作りあげたやつ。Arthur Freedのなかでは”An American in Paris” (1951) や”Singin’ in the Rain” (1952)に並ぶものとしてあったものらしい。確かにシンプルで - ややシンプルすぎるかもだけど、わかりやすいし。
世紀の変わりめ(19→20ね)のNYで、成金プレイボーイのCharles Hill (Fred Astaire)は女性をひっかけては婚約して式直前にキャンセルして賠償ごめん、みたいのを繰り返しているので後見人のAunt Lettie (Marjorie Main)は嘆き悲しんでいるのだが、CharlesはAuntもよく知るSalvation Armyのバンドで歌っていたAngela (Vera-Ellen)に一目惚れして、Angelaを追っかけ始めるのだが、彼女はつれなくて、まずあなたはぷらぷらしていないでちゃんとした職につくべきです、って職安を指差したので、Charlesはいろんな仕事について、それらを歌って踊っててきとーにこなして、どんなもんだい、でめげなくて、とにかく彼女のことも歌と踊りでおっことす。
Charlesは恋に夢中になると空中浮遊してしまう特殊体質をもっていて、ふたりの恋がスパークすると、Angelaの方もふわっと浮かびあがってしまうので、とってもわかりやすくてよいの。(でもこれ、相手が浮かびあがってくれないとバカみたいでつらいな..)
場面ごとにころころ変わって行く衣装も素敵で、女性のがHelen Rose、男性のがGile Steele。
ミュージカルナンバーはJohnny Mercer(詞) - Harry Warren(曲)のコンビの軽く鼻歌調でふんふんできるのがよくて、Charlesが空中浮遊してWashington Squareのアーチの天辺で歌うのとか、砂を撒いてその上でスクラッチして踊るの(ヒップホップか)とか、Fred Astaireは撮影開始当時52歳で、とてもピークを過ぎていたとは思えない軽妙な楽しさがあるの。
あんなふうに恋愛のことだけ考えていられたら幸せだろうねえ、と思ったことだよ。
[film] Shooting the Mafia (2019)
14日、土曜日の午後、BFIで見ました。 これは最近リリースされたドキュメンタリー。
監督はこれまでいろんな女性(含. トランス)のドキュメンタリーを撮ってきたKim Longinottoさん。
イタリアのシシリーで、現在84歳になる写真家のLetizia Battagliaさんの過去からの活動を追ったもの。
今もカメラを手に街角に出ていく彼女は、いろんな人々が挨拶しに寄ってくる人気者なのだが、でも彼女を有名にしたのはマフィアに殺されて道端に横たわっているいろんな死体(子供のも)とか嘆き哀しむ家族とか、そういう暗くて痛切なイメージの写真で、彼女をそれらに向かわせたのはなんだったのか。
フィルムの前半は幸せで平穏な家庭に育った彼女が変質者を目撃したことから男性恐怖に陥って回復するまでに長い年月を要したこと、夏休みで人手がいなくて困っていた新聞社を手伝ったことからジャーナリズムの世界に足を突っ込み(当時のイタリアではほぼ最初の、だったという)、犯罪現場に取材に行っても女はひっこんでろ、の世界と戦いつつ40歳でカメラを手にして、始めは地元の家族や子供達を撮っていくうちにマフィアによる脅しや虐待、搾取が彼らの生活を沈黙の世界に押し込めていることを知り、より悲惨なマフィアの殺しの現場 - 彼らが奪っていったものと残されたものの悲しみ - にフォーカスしていくようになる。 といったことが彼女自身の口と、かつての恋人(複数)の証言から明らかにされる。
フィルムの後半は、マフィアの掟 - Code of Silence - に支配されていた世界を打ち破った80年代パレルモの「マフィア大裁判」 - 476人が裁かれた - とそこから90年代前半まで続いていく政府・市民とマフィアとの長くしんどい戦い - 92年、マフィア撲滅の先頭に立っていたファルコーネ判事 - ボルセリーノ判事の暗殺を経由して - を当時のニュースフィルムを繋いでいって、こうして市民は - 警察ではなく市民は - 勝利をもぎ取ったのだ、という経緯を描く。
彼女の活動と後半のパレルモの歴史がもう少しうまくリンクできれば、と思ったが、それでもこれはひとりの女性の意思が自分を変えて、人々になにかを訴えて、社会を変える力の一部になっていった、そういう流れにはなっているし、少なくとも黙っていてはいけないのだ、というメッセージは伝わってくると思った。 のと、彼女の恋人たち(いかにもイタリアの - )から語られる彼女自身のおおらかな強さしなやかさ - 自由、みたいのは見習いたいものだなー、って。
日本でも沈黙を強いられて魂を殺されてしまうケースが割と日常になっていると思うけど、こんなふうに変わっていけないものか、とか。
やっていることはぜんぜん違うのだが、彼女より7つ年上のAgnès Vardaさんのことを少し思った。
どちらも自分のやり方で自分のやりたいことをやって道を開いていった女性。
監督はこれまでいろんな女性(含. トランス)のドキュメンタリーを撮ってきたKim Longinottoさん。
イタリアのシシリーで、現在84歳になる写真家のLetizia Battagliaさんの過去からの活動を追ったもの。
今もカメラを手に街角に出ていく彼女は、いろんな人々が挨拶しに寄ってくる人気者なのだが、でも彼女を有名にしたのはマフィアに殺されて道端に横たわっているいろんな死体(子供のも)とか嘆き哀しむ家族とか、そういう暗くて痛切なイメージの写真で、彼女をそれらに向かわせたのはなんだったのか。
フィルムの前半は幸せで平穏な家庭に育った彼女が変質者を目撃したことから男性恐怖に陥って回復するまでに長い年月を要したこと、夏休みで人手がいなくて困っていた新聞社を手伝ったことからジャーナリズムの世界に足を突っ込み(当時のイタリアではほぼ最初の、だったという)、犯罪現場に取材に行っても女はひっこんでろ、の世界と戦いつつ40歳でカメラを手にして、始めは地元の家族や子供達を撮っていくうちにマフィアによる脅しや虐待、搾取が彼らの生活を沈黙の世界に押し込めていることを知り、より悲惨なマフィアの殺しの現場 - 彼らが奪っていったものと残されたものの悲しみ - にフォーカスしていくようになる。 といったことが彼女自身の口と、かつての恋人(複数)の証言から明らかにされる。
フィルムの後半は、マフィアの掟 - Code of Silence - に支配されていた世界を打ち破った80年代パレルモの「マフィア大裁判」 - 476人が裁かれた - とそこから90年代前半まで続いていく政府・市民とマフィアとの長くしんどい戦い - 92年、マフィア撲滅の先頭に立っていたファルコーネ判事 - ボルセリーノ判事の暗殺を経由して - を当時のニュースフィルムを繋いでいって、こうして市民は - 警察ではなく市民は - 勝利をもぎ取ったのだ、という経緯を描く。
彼女の活動と後半のパレルモの歴史がもう少しうまくリンクできれば、と思ったが、それでもこれはひとりの女性の意思が自分を変えて、人々になにかを訴えて、社会を変える力の一部になっていった、そういう流れにはなっているし、少なくとも黙っていてはいけないのだ、というメッセージは伝わってくると思った。 のと、彼女の恋人たち(いかにもイタリアの - )から語られる彼女自身のおおらかな強さしなやかさ - 自由、みたいのは見習いたいものだなー、って。
日本でも沈黙を強いられて魂を殺されてしまうケースが割と日常になっていると思うけど、こんなふうに変わっていけないものか、とか。
やっていることはぜんぜん違うのだが、彼女より7つ年上のAgnès Vardaさんのことを少し思った。
どちらも自分のやり方で自分のやりたいことをやって道を開いていった女性。
[music] MONO
14日、土曜日の晩、Barbican Hallで見ました。チケット発売は6月くらいで結構早くにSold outしていた。
これはMONOの20周年を祝う - 英国で祝う - アニバーサリーイベントで、関連イベントもあるらしく、チケットを買うときに、追加であと£15払えばその前の日のBorisとenvyのライブにも行けますよ、っていうので、え? そんなの行くに決まってるじゃん? て取った(あと、翌15日にもどこかでなんかやってた)。
前日の13日金曜日のはOval Spaceっていう結構でっかいスタンディングの小屋で、よいかんじで埋まってる。けど、ぜんぶで4バンド出るよ17:00 doorで17:20開始とかわけわかんない時間割で、でも場所も奥のほうの遠いところだったので19:00過ぎにようやく着いたら、envyはもう始まっていた。
envy - Boris - MONOというと、2011年に(今もやっているか不明だけど)”Leave Them All Behind”ていうイベントで3つとも見ていて、この時は順番が今回と真逆でMONO → Boris → envyだったのね。彼らの音って、メンバーが誰とかヒストリーとか、どのアルバムがとか、そういうのはほぼわからないのだが、結構聴きに行ったりしている。たぶんあのやかましさが日々の生命の維持には必要なの。
フロアの前方はぎっちりで、日本の人もいたみたいだけど、圧倒的にこっちの民がいっぱい、こんな冷たい雨の晩でも、クリスマスのパーティがぼこぼこやってくるこの季節でも、13日の金曜日でもやってくるような人たちなのだから、みんなほんとうに集中して音に浸っていた。
envyは互いに反響しあう複数のギターの音が広がっていくかに見えて逆にねじ込まれるようにそれらが地面に叩きつけられて固化していくさまが気持ちよく、Borisは3人とは思えないぶっとい杭が大気中のすべての塵だの磁気だのを叩きつけた後に浮かびあがってくるなにかが荘厳でくすぐったくて、要はどちらも素敵だったのよ。
envyが終わったあと、物販の近くにいたので軽い気持ちで寄ってみたら日本の朝のラッシュ時のような(ややなつかしい)混雑に巻きこまれ、みんな熱心なんだねえ、って。 10inchのシングルだけ買った(みんな買っていたから)。
翌日、Barbicanでのライブは着席で年齢層は高め(日本人率薄め)、客席を見てそこから音を想像するのは難しそう。Barbicanのサイトには”MONO with The Platinum Anniversary Orchestra”とあり、バンドの機材(グランドピアノまである)の奥にはオーケストラのエリアがあり、もちろん指揮者まで出てくる。
前座のAlcest (とっても真面目なよいこの音)の後に登場したMONOは、想像していた出音以上にそのスケール(広がり)にびっくりする。 こういう音(ヘビィロックっていうの?)にオーケストラがくっついた時に容易に想像できそうな厚さ、重厚感というより、それらは当然のものとして、隅々までカラフルになっている - しょうもない言い方だけど、MONOがStereoに変貌して暴れまわっていた。
後半には背後のオーケストラの他にバンドの横にチェロ (2) が付いて引っ掻きまくる弦の粒度とダイナミズムが倍になっていて、気持ちいいったらない。
わたしは日本のバンドが海外でこんなに、のストーリーとかぜんぜん興味ないのだが、この”MONO”というバンドがこんなふうにステージ真ん中に小さく固まって愛想もふりまかず、でも周囲のオーケストラも含めてとてつもない音を雷神のようにごうごう放射し続けているのを見るのはなんかよい絵なのだった。(ストロボだけちょっとしんどかったけど)
これはMONOの20周年を祝う - 英国で祝う - アニバーサリーイベントで、関連イベントもあるらしく、チケットを買うときに、追加であと£15払えばその前の日のBorisとenvyのライブにも行けますよ、っていうので、え? そんなの行くに決まってるじゃん? て取った(あと、翌15日にもどこかでなんかやってた)。
前日の13日金曜日のはOval Spaceっていう結構でっかいスタンディングの小屋で、よいかんじで埋まってる。けど、ぜんぶで4バンド出るよ17:00 doorで17:20開始とかわけわかんない時間割で、でも場所も奥のほうの遠いところだったので19:00過ぎにようやく着いたら、envyはもう始まっていた。
envy - Boris - MONOというと、2011年に(今もやっているか不明だけど)”Leave Them All Behind”ていうイベントで3つとも見ていて、この時は順番が今回と真逆でMONO → Boris → envyだったのね。彼らの音って、メンバーが誰とかヒストリーとか、どのアルバムがとか、そういうのはほぼわからないのだが、結構聴きに行ったりしている。たぶんあのやかましさが日々の生命の維持には必要なの。
フロアの前方はぎっちりで、日本の人もいたみたいだけど、圧倒的にこっちの民がいっぱい、こんな冷たい雨の晩でも、クリスマスのパーティがぼこぼこやってくるこの季節でも、13日の金曜日でもやってくるような人たちなのだから、みんなほんとうに集中して音に浸っていた。
envyは互いに反響しあう複数のギターの音が広がっていくかに見えて逆にねじ込まれるようにそれらが地面に叩きつけられて固化していくさまが気持ちよく、Borisは3人とは思えないぶっとい杭が大気中のすべての塵だの磁気だのを叩きつけた後に浮かびあがってくるなにかが荘厳でくすぐったくて、要はどちらも素敵だったのよ。
envyが終わったあと、物販の近くにいたので軽い気持ちで寄ってみたら日本の朝のラッシュ時のような(ややなつかしい)混雑に巻きこまれ、みんな熱心なんだねえ、って。 10inchのシングルだけ買った(みんな買っていたから)。
翌日、Barbicanでのライブは着席で年齢層は高め(日本人率薄め)、客席を見てそこから音を想像するのは難しそう。Barbicanのサイトには”MONO with The Platinum Anniversary Orchestra”とあり、バンドの機材(グランドピアノまである)の奥にはオーケストラのエリアがあり、もちろん指揮者まで出てくる。
前座のAlcest (とっても真面目なよいこの音)の後に登場したMONOは、想像していた出音以上にそのスケール(広がり)にびっくりする。 こういう音(ヘビィロックっていうの?)にオーケストラがくっついた時に容易に想像できそうな厚さ、重厚感というより、それらは当然のものとして、隅々までカラフルになっている - しょうもない言い方だけど、MONOがStereoに変貌して暴れまわっていた。
後半には背後のオーケストラの他にバンドの横にチェロ (2) が付いて引っ掻きまくる弦の粒度とダイナミズムが倍になっていて、気持ちいいったらない。
わたしは日本のバンドが海外でこんなに、のストーリーとかぜんぜん興味ないのだが、この”MONO”というバンドがこんなふうにステージ真ん中に小さく固まって愛想もふりまかず、でも周囲のオーケストラも含めてとてつもない音を雷神のようにごうごう放射し続けているのを見るのはなんかよい絵なのだった。(ストロボだけちょっとしんどかったけど)
12.24.2019
[film] Van Gogh (1991)
11日、水曜日の晩、BFIのMaurice Pialat特集で見ました。彼の作品にしては158分あって、結構長い。
今年はなんだかんだVincent van Gogh関連が続いた年で、春にはWillem Dafoe主演の”At Eternity's Gate” (2018)があり、Tate Britainで結構規模の大きな”Van Gogh and Britain”の展示があり、9月にはBFIでVincente Minnelli監督でKirk Douglasがゴッホを演じた “Lust for Life” (1956)を見ることができた。三つのそれぞれ全く異なるゴッホを見て、いろんな作風の初期作品も含めて見てみると、ゴッホに対する認識も改められることが多かった。で、Pialatのゴッホは相当違うねえ。
1890年 - Vincent van Gogh (Jacques Dutronc)は37歳で、Auvers-sur-Oiseで銃で撃たれたのか自分で撃ったのかで亡くなるまで、最後の67日間を追う。彼は列車でAuvers-sur-Oiseに着くと医師のGachet (Gérard Séty)のところを訪ねて診察してもらい、ま、こんなもんでしょう、みたいなことを言われて、旅館に宿を取って暮らし始めるのだが、いきなり筆を手にして狂ったように絵に打ち込んでばかりいるのかというとそうではなくて(そういうふうには描かれなくて)、穏やかで、そこらを歩いていそうな静かでちょっと変な人、くらいの印象でそこらにいる。
やがてGachetの娘のMarguerite (Alexandra London)と親密になって、でも彼は街の女達ともだらだら付き合ったりしていて、それは“Lust for Life”で描かれたような熱いゴッホ像とはぜんぜん違って(おそらく意識的にそうして)、精魂こめて絵に向かうというよりも、魂の抜けた状態で屋外に出ていっては絵筆を動かし(ここでの彼は絵を描くというより機械的に絵筆を動かしているだけのよう)、戻ってきてはうろうろを繰り返す。心配してやってくる弟Theo (Bernard Le Coq)の家族のあいだも基本構ってくれるな、なのでどうすることもできない。
それは『悪魔の陽の下に』(1987)でのDonissan神父のような、なにかに取り憑かれているかのような挙動で、もう先が見えているかんじもするのだが、でも異なるのはMargueriteとの関係で、これがあるからふたりでいるときの画面はとても穏やかで落ち着いている。といっても、通常の男女のそれというよりは、Margueriteがちょっかいを出しにきて、ゴッホが犬のように(時には乱暴に)応える、ようなものなのだが、なんかふたりでいるのがよいの。
と、もういっこは、La maison des bois (1971)で描かれたような昔のフランスの田舎の光景が極めてルノワール(パパのと息子のと両方)っぽく - ゴッホの映画なのに - 展開されていることで、これは見ていてひたすら快楽で、ゴッホはこの風景のなかにはいられなかったのだろうか、ということを思ったり。 彼の目は、ルノワール的な光や水のほうには向かわなかった、それらは彼の視野には入ってこなかった、ということなのかしら。
この映画のテーマは、Margueriteが最後にこちらに向かって言う一言に集約されている。
画業にすべてを捧げた天才でもなく、孤独で哀れな狂人でもなく ー。
そしてこれが、世のイメージとして語られるゴッホ像とどれだけ離れていたとしても、わたしにとってのゴッホはこれだわ、と思った。
今年はなんだかんだVincent van Gogh関連が続いた年で、春にはWillem Dafoe主演の”At Eternity's Gate” (2018)があり、Tate Britainで結構規模の大きな”Van Gogh and Britain”の展示があり、9月にはBFIでVincente Minnelli監督でKirk Douglasがゴッホを演じた “Lust for Life” (1956)を見ることができた。三つのそれぞれ全く異なるゴッホを見て、いろんな作風の初期作品も含めて見てみると、ゴッホに対する認識も改められることが多かった。で、Pialatのゴッホは相当違うねえ。
1890年 - Vincent van Gogh (Jacques Dutronc)は37歳で、Auvers-sur-Oiseで銃で撃たれたのか自分で撃ったのかで亡くなるまで、最後の67日間を追う。彼は列車でAuvers-sur-Oiseに着くと医師のGachet (Gérard Séty)のところを訪ねて診察してもらい、ま、こんなもんでしょう、みたいなことを言われて、旅館に宿を取って暮らし始めるのだが、いきなり筆を手にして狂ったように絵に打ち込んでばかりいるのかというとそうではなくて(そういうふうには描かれなくて)、穏やかで、そこらを歩いていそうな静かでちょっと変な人、くらいの印象でそこらにいる。
やがてGachetの娘のMarguerite (Alexandra London)と親密になって、でも彼は街の女達ともだらだら付き合ったりしていて、それは“Lust for Life”で描かれたような熱いゴッホ像とはぜんぜん違って(おそらく意識的にそうして)、精魂こめて絵に向かうというよりも、魂の抜けた状態で屋外に出ていっては絵筆を動かし(ここでの彼は絵を描くというより機械的に絵筆を動かしているだけのよう)、戻ってきてはうろうろを繰り返す。心配してやってくる弟Theo (Bernard Le Coq)の家族のあいだも基本構ってくれるな、なのでどうすることもできない。
それは『悪魔の陽の下に』(1987)でのDonissan神父のような、なにかに取り憑かれているかのような挙動で、もう先が見えているかんじもするのだが、でも異なるのはMargueriteとの関係で、これがあるからふたりでいるときの画面はとても穏やかで落ち着いている。といっても、通常の男女のそれというよりは、Margueriteがちょっかいを出しにきて、ゴッホが犬のように(時には乱暴に)応える、ようなものなのだが、なんかふたりでいるのがよいの。
と、もういっこは、La maison des bois (1971)で描かれたような昔のフランスの田舎の光景が極めてルノワール(パパのと息子のと両方)っぽく - ゴッホの映画なのに - 展開されていることで、これは見ていてひたすら快楽で、ゴッホはこの風景のなかにはいられなかったのだろうか、ということを思ったり。 彼の目は、ルノワール的な光や水のほうには向かわなかった、それらは彼の視野には入ってこなかった、ということなのかしら。
この映画のテーマは、Margueriteが最後にこちらに向かって言う一言に集約されている。
画業にすべてを捧げた天才でもなく、孤独で哀れな狂人でもなく ー。
そしてこれが、世のイメージとして語られるゴッホ像とどれだけ離れていたとしても、わたしにとってのゴッホはこれだわ、と思った。
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