3月13日、金曜日の晩、Almeida Theatreで見ました。
チケットがぜんぜん取れないやつで、当日になんとか。
原作はBret Easton Ellisの1991年の同名小説で、2000年にChristian Bale主演で映画化されたものが、2013年にRoberto Aguirre-Sacasaの翻案、Duncan Sheikの詞/曲、Lynne Pageの振付によりミュージカル化され(この時のBateman役はMatt Smithで、ブロードウェイまで行った時はBenjamin Walkerが)今回はオリジナル版と同じRupert Gooldにより演出されている。
1989年、バブル絶頂期のウォール街で投資をしているヤッピー Patrick Batemanの生態を描く。ブランドの服で身を固め、Ralph Laurenのアンダーウェアを履いて、最新のWalkman - Auto-Reverseっていう新機能がすごいんだぜ - を携帯し、当時の日本にもそういうのでイキる社会人をいじる傾向はあったが、ここでははじめから”American Phycho”をそういう存在として置くのではなく、彼らの社会や周囲に向かう態度や傾向がサイコティックな情動として内面化、習慣化されていく道筋が鮮やかに描かれている。群舞も入ったミュージカルのぎんぎらのきめきめ(← 80’s)で攻めていくスタイルは、彼がそうなっていく過程を軽快にわかりやすく表して、当時を知らなくても納得できそうな。
冒頭で歌われるのが、映画”Marty Supreme” (2025)でも使われていたTFFの”Everybody Wants to Rule the World”で、やはりあの時代のメンタリティのようなものを代表している一曲なのかもしれない。あの映画の舞台は50年代で、主人公はずっと負け続けるわけだが、それでも立ちあがってSupremeになろうとするサイコっぽい挙動と佇まいはどこか繋がっているのかも。
そして、なぜいま”American Phycho”なのか、については、なにしろほんもんの”American Phycho”が大統領になって大量殺戮をしているからだし、大人気のJeffrey Epstein - 劇中で言及される - だって蘇って大人気だし、Trumpは劇中、主人公の憧れのアイコンとしてエレベーターですれ違ったりする(あまり似ていなかったけど)。まさかこんな形で表出してくるなんて。
この劇場でこれまでに見た演劇のセットって、納屋とか道端とか、雰囲気はあるけど埃っぽくぼろくてぱっとしないのが殆ど立ったのだが、この舞台はランウェイ仕様で床はばりばりの電飾で前の方にせり出して、これとプロジェクションをセンスよく組み合わせて殺しの場面の陰惨さも床の電飾をうまく使って軽くクールに見せる。
今回のBateman役はArty Froushan - こないだ見た映画”H is for Hawk” (2025)にも出ていた人で、脱いでもよし歌ってもよし、なので今後人気は上昇していくのではないか。
ブランドとかお金とかプライド - なによりも人を見下して自分だけは、自分だけがかっこよくて何をしたって許されるに決まっているのだ、という信念に捕らわれた人がシリアルキラーになっていく過程はそんなに無理なく音楽に乗って軽快に弾んで、この辺はいまの時代の方がいろんな動画も溢れていたりでわかりやすくなっているのではないか、他方でなんでこういうこと(人殺しとか)をしてはいけないのか、ということもあまりきちんと考えられなくなっている気もして、こういうの亡霊のようななにかを振り返ってみるのもよいかも、って。
それよか”Japanese Phycho”の方が陰惨でタチが悪くてどうしたものか、になる。いまの総理大臣とか。
明日は荷物をだす日で、本は結局Sサイズの箱20個でも足らないのだった。演劇のプログラム類がバカみたいに多い。どうにかなりますようにー。
3.24.2026
[theatre] American Psycho
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