3.13.2026

[theatre] Double Indemnity

3月4日、水曜日の晩、Richmond Theatreで見ました。

この劇はこないだここで見た”The Constant Wife”と同様にアイルランドや英国の各地を巡回ツアーしていて、各地での上演は4~5日くらいづつ。
原作はJames M. Cainの同名小説(1943)で、Billy Wilderが映画化(1944) - 邦題は『深夜の告白』 - した作品の舞台版。

映画版はRaymond Chandlerが脚本に加わり、Barbara Stanwyck, Fred MacMurray, Edward G. Robinsonが出演しているノワールの古典で、中心の3人がとにかくすばらしくて何度でも見れる。 

原題は保険の「倍額補償」のこと - 保険契約で、被保険者が事故で死亡した場合に通常の2倍の保険金を支払うことを約束する条項のことで、自信たっぷりの保険セールスマンが豪邸に暮らす婦人にやられてつるんで高額の保険をかけて彼女の夫を殺して、保険金でとんずらを企む、という今ならどこにでも転がっていそうな三面記事ネタなのだが、映画版だとLAで空虚な日々を過ごすBarbara Stanwyckの倦怠と焦燥が逃れることのできないノワールの渦とともに金縛りにして、あのモノクロの質感は何度見ても吸いこまれて痺れる。これを最初に見たときは、こんなにありえないくらいにひどくて悲惨な世界をなんであんなに重厚にかっこよく描けるのか、って驚嘆した(ノワールの入り口)。

脚色はTom Holloway、演出はOscar Toemanで、前面には奥の方が暗めになっているグレイトーンの無機質なオフィス / リビングに切り替わり、背景にはLAの”HOLLYWOOD”の大看板を裏から見たのの一部 –“HOLL”くらいまで – が見えている。その大文字の看板の影の下で展開されるドラマである、と。 舞台劇なので仕方ないのかもしれないが、がらんと抜けた空間が広がっていて、それはノワールの息詰まる暗さや至近距離での攻防とはちょっと違った感覚かも。

今作の宣伝ポスターはPhyllis (Mischa Barton)の振り返った顔が前面に出ているのだが、主人公はやはり転落していく保険屋Walter Huff (Ciaran Owens)の方で、彼が最初からずっと舞台にいて、登場人物たちをドライブし、時にはナレーションもしたりしつつ、気がついたらPhyllisのペースと罠にはまって、うまく誘導されるがまま殺人にまで引き摺られていく。でも女性をどこか見下している自信家なので、あくまでもすべてを動かして統御しているのは自分で、そうしている限りは大丈夫だ問題ない、という線を崩そうとはしなくて、それが結果としてあの結末をもたらす。

映画版だと、Barbara Stanwyckのファム・ファタルの存在感が圧倒的でFred MacMurrayには彼女の闇と毒にやられて麻痺して視界を塞がれ身動きがとれなくなっていく息苦しさ(と共にある快楽)があった気がするが、この舞台版はPhyllisとうざったい上司Keyes (Martin Marquez)に対する見栄と自信が最後にぜんぶ跳ね返ってきて自滅する、彼の自業自得自滅のニュアンスがやや強いかも。それはそれでいい気味、なのだがそういうスケールのドラマにしてよかったのかどうか。

Mischa Barton演じるPhyllisは華やかで人を惹きつける魅力は十分なのだが、舞台が少し明るくなるかんじに見えてしまうのはどうなのかしら、って少しだけ。すごく難しい役だとは思うけど。

彼女も含めてアメリカ西海岸のドラマ、を意識した舞台の建付けだった気がするが、イギリスとかスコットランドの下町設定にしてももっとどろどろしておもしろくなったのではないか、とか。


ようやく箱詰め - 箱詰めと言えば本 - を開始して、Sサイズの箱18個までどうにか(こっちに来たときはS3個だったのに)。たぶんぎりぎり20個で収まりそうな。 だが収まったからどうだというのか。あの家のあの部屋に入ると思っているのか? あたまおかしいんじゃないか? といういつものー。

あと、気付いてしまったのだが、まだ2週間あって、最後のお買い物はこれからが佳境なのだと。来週はパリ行くし、アントワープも行くし。明日はマドリードだし…

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。