3.10.2026

[log] Kraków - Feb 26 -28

ポーランドのクラクフに行くのは初めてではなくて、2018年に仕事のコンファレンスかなんかで行っていて、でもこの時は仕事だったのでシロテンとSt. Mary's Basilicaと地下博物館くらいしか見れなくて(仕事なんだから仕事しろ、だけど)、今回は2泊あるのだからやはりいろいろ見たいかも、になった。

Romeo i Julia

26日、木曜日の晩にMałopolski Ogród Sztuki (MOS)で見ました。
滞在中に演劇とかやっていないか探していたら見つけて、でも2日間公演のどちらもずっと売り切れでほぼ諦めていたのだが、飛行機が現地に着いて繋がった時に見たら取れる状態になっていたのでまだ機内にいるうちに取った。

開演は19時で、入管に時間が掛かってホテルにはいったのが18時過ぎ、土地勘とかないのでとにかく早めに出て、お腹が空いていたので屋台でドーナツを買って食べながら(おいしいったら)、歩いてシアターに向かう。

ここは由緒あるJuliusz Słowacki Theatreの分館でよりモダンで実験的な劇を手がけているようなのだが、初演は2023年、ポーランド語手話による作劇 - 制作には聴覚障害者、健聴者双方が関わった - を起点にシェイクスピアの古典を再構成している。演じるのは男性2名、女性2名のみ、らしい。誰が演出したのか、などは探したけどよくわからず。

全席自由で開演時間丁度に開場して、席につくと女性2人が台座に固定されるように立っていて、間もなく始まるとふたりは歌、台詞の発話(ポーランド語)、ポーランド語手話を駆使して、その内容はプロジェクターにポーランド語 & 英語でリアルタイムで表示される。やがてそこに男性ふたりも加わってやり取りをしていくうちに女性ふたりはどちらもジュリエットで、男性ふたりはどちらもロミオであることがわかってくる。

強権的な家制度と過去からの因襲による縛りと、それに対する強い反発、そして恋に突き動かされた強い情動、全てを断ち切りたい思いとずっと一緒にいたい思い、これらに伴う犠牲... そこに手話という身体を使ってこれらを伝える/伝えなければならない、という与件が加わったとき、恋するふたりの身体がふたつに裂かれるように分かれてあることにそんなに違和感は感じなかったかも。

ふたりの恋によって彼らの自我も含めて引き裂かれた混沌とした状態を表すのに手話、発話、歌、振付けが駆使されて、英語の字幕もあるので伝わるものは伝わっていたように思えた。

他方で、原作のお家間ややくざの抗争や悲劇に向かっていく錯綜した駆け引きの殆どは(演者もいないので)無くなっていて、ふたりの場面、それもいちばんエモーショナルなところだけを抽出して煮詰めたものになってしまっていて、これでいいの? って思い始めた辺りの約60分でぷつりと終わってしまった。

帰りにカフェでピエロギを食べたらものすごくおいしくてびっくりした。

演し物ではもうひとつ、27日の晩にThe Cracow Philharmonic HallにKraków Philharmonic の演奏を聴きにいった。ポーランドならショパンだろう、と少し思ったが、こういうところのメインの音楽ホールを見たい、というのもあって、オンラインで当日取った。演目はベートーヴェンの第八交響曲とマーラーの「大地の歌」の2曲、オーケストラ演奏のよいわるいは判断できないのだが、オケも歌唱も力強くて、でもホールの音響はクラシックにしてはちょっと固かった気がした。

美術館関係だと、この街にはダヴィンチの「シロテン」- 『白貂を抱く貴婦人』 (1489-1490)が名物のようにあって、これだけは事前にチケットを取った方が、とAIさんに言われたので、アウシュビッツから戻ってきた夕方に駆けこむようにチャルトリスキ美術館に入って見た。シロテンは前回クラクフに来た時にも見ていて、その時はここではない国立美術館の方にあって、でも展示場所としてはこちらの方がうまくはまっていた気がした。わたしはこの絵のシロテンの腕の白くむっちりしたところがなんとも言えず好きなので改めて舐めるように見て堪能した。夕方だったからか絵の前には人がほぼいなくて、こういう場合、ふつうだったらシロテンが絵の中から飛び出してきてくれるはずだったのだが。 あと、もうじき日本に行くらしいダヴィンチの『ミラノの貴婦人の肖像』 (1490-1496)で描かれたのと同じ女性なのかどうなのか。

これ以外の朝と、最後の日の出かける前までは主に教会を回っていた。Holy Trinity Church、聖マリア聖堂、聖フランシスコ教会などなど。古い都なのでそういうのはいくらでもあって嬉しいし、扉を開けた瞬間にわーってなって、ずっといてもなぜだか飽きないし。帰る日の朝は丘の上のヴァヴェル城のカテドラルに入って、教皇ヨハネ・パウロ二世のお墓と彼の名前のついた美術館も見た。自分がキリスト教(全般)に興味を持つようになった頃の教皇だったので、いろいろ振り返ったり。

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