3.17.2026

[log] Palermo - Mar 5 - 8

3月5日から3月8日、木金土日とパレルモに行ってきたので、簡単な備忘。

イタリアは行きたいのにまだ行けていない街が沢山あって、シチリア/パレルモはその中でも最大のやつで、それが年末のラヴェナに行ったときのモザイク群と共に再噴火して、本当はもっと早く - 2月くらいに行きたかったのだが、パレルモへの直行便、この時期のBAは飛んでいなくて、3月のこの日のがシーズン最初ので、帰りが日曜日になったのも同じ事情による。 たぶん別の航空会社をあたればないこともなかったのだろうが、このシリーズ(?)ではBA縛りをルールのひとつにしている。(他にはタクシーを使わない、とか)

旧市街の真ん中に宿を取ったら少しざわざわしているものの辺りは史跡とか教会だらけで、歩けば勝手に出現してくれるので事前に調べて計画を練るようなことはほぼなかった。だからなんかミスしているのではないか、が常に。以下は主なやつだけで、隙間合間に小さいところに入ったり、猫を追っかけたりしていた。


Teatro Massimo di Palermo – マッシモ劇場

オペラハウスで、ヨーロッパではパリのガルニエ宮、ウィーンの歌劇場に次いで3番目の大きさで、演し物をやっていなかったのでガイドツアーで中だけ見ることにした。”The Godfather Part III” (1990)で、”Cavalleria rusticana”が流れたのはここ。 ヴェネツィアングラスのシャンデリアとか素敵だったが、併設されていた反響室のエコーがやかましくてものすごかった。拷問に使えそうなレベル。

Palazzo dei Normanni – ノルマンニ宮殿

宮殿とアート・ギャラリーと両方あって、アート・ギャラリーでは”Monet e la Normandia” - モネとノルマンディ(の海)という企画展をやっていた。

会場の雰囲気はよいのだが「エクスピリエンス」系のダイナミックなプロジェクションや照明を駆使して盛りあげてくれるやつで、ややがっかりだった。モネなんて絵のなかに光のドラマをぜんぶ盛りこもうとした画家なのに外側で台無しにしてどうするの? しかなかった。そんなのにお金かけるなら一点でも多く作品加えるか、入場料さげてほしいわ。

パラティーナ礼拝堂 - アラブ・ノルマン・ビザンティンの各様式の混合のとりあえずいろんなありがたみが全部降ってくるかんじのこの後のパレルモのいろんなところでもいくらでも出てくる仕様の最初。これって設計した人は各様式の取り纏めのようなことをしたりしたのだろうか。こんなふうでいいじゃん?くらいのノリだったのではないか.. とか。

Chiesa di San Giovanni degli Eremiti
- サン・ジョヴァンニ・デッリ・エレミティ教会

隠修士の聖ヨハネがいた古い教会の遺構で朽ちたドームや中庭の佇まいがすてきなのだが、それをつんざいて始まった猫の喧嘩と剣幕がすさまじく、そこでご飯をもらっている猫一家(だろうか?)の生々しいドラマがばりばりの威嚇とともに繰り広げられていて、でもこんなのも中世の頃から続いていたはず。

Palazzo Abatellis - シチリア州立美術館

6日の朝から。 建物は割とぼろいし地味なのだが、こんなのが州立? という収蔵品の充実ぶりに驚く。結構不穏で邪悪そうな香りのが沢山並べてあって、それがあの隙間風ぼうぼう(そう)な建物のなかにぽつぽつ置かれているのがたまんない。住んでいたら毎日でも来たくなるような。

Chiesa di Santa Maria dell'Ammiraglio - マルトラーナ教会

教会の創設者がギリシャ人提督(ammiraglio)のゲオルギオスだったのでこの名前で、そんなに大きくはないのだが、壁から天井からギリシャとアラビア、東方の要素がみっしり、その詰め合わせ感がすごい。

Duomo di Monreale - モンレアーレ大聖堂

割と満員のバスに揺られて少し離れた丘というか山の上にのぼって、2日目の午後はずっとここにいることになったくらいにでっかくて、なんでこんなところにこんな要塞みたいな教会施設があるのか – それでも大部分は失われているってなに?

ここもギリシャとカトリックの組合せで、このような様式のそこにやってくる信者にもたらした効果 – なんてあるに決まっているのだが、このずっと居ても、信者でなくても居るだけで心地よくなる感覚はどこからくるのか、って。天井みても床みても - 石のウサギが張りついていたり – なんなのこれ、って、聞いても誰も応えてくれない空気感、広がり。

Duomo di Cefalù

7日の朝は電車で少し東の方に遠出して、Cefalùっていう海辺の町にいった。本当はシラクーザまで行きたかったのだが、日帰りは厳しいって言われたので諦めた。

駅で降りて10分くらい、でっかい岩山の上にある教会(ここは閉じていた)を眺めながら歩いていくと大聖堂が現れて、入場料も取っていないし朝早めだと誰もいないし、それでも聖堂のなかは静粛に風通しよく受けいれてくれて、夏の最中にここに来たらどんなに気持ちよいだろう.. だった。

ここから海の方に出ると、転んで頭を打っても死なない程度の岩場があり、遠くには灯台が見えて、少し歩いていくと砂浜になり、天気が穏やかだったせいもあるのか理想的な海辺ランドスケープのありようで、そこに海岸沿いに並ぶ建物を加えるとパーフェクトな、死ぬんだったらこういう海がそばにあってほしいー、の場所になった。海の向こうに山と煙が見えたのだが、あれはナポリだったのか。

Palazzo Chiaramonte-Steri

14世紀にキアラモンテ家のために建てられた宮殿で、17~18世紀には異端審問所として使用されていて、そこの壁に描かれた、というより刻まれた囚人たちによる落書きが生々しく、光の殆ど入らない獄中でこんなのを延々… になった。保存されて公開されているにしても、寒くてしんどかっただろうなー、って。大広間の細かく描きこまれた天井画も見事だったが、この見事さ華やかさと壁の落書きの間にあるのがシチリアなのかも。 マフィアと闘った写真家のLetizia Battagliaを讃えるミュージアムもあったり、光と影の表裏のせめぎ合いが常にあるような。

最後の日、8日の日曜日は朝から雨で、市場に行ったりして、午後には殆どの美術館・博物館は閉まってしまったので、開いていた植物園まで歩いていってぼーっとしていた。変な鳥、時々にゃんこ、ばかでかい変な樹木とか竹林とか、あとオレンジの木が沢山あって、どれも実がいっぱいついているのだが、あれらって食べないでそのままなの?

食べ物はイワシのパスタとかイワシを丸めて焼いたのとか、どれもたまらなくおいしい。市場の屋台のも試したかったが、お腹を壊すわけにはいかないので、我慢した。 わたしは銚子っていう海辺の町で生まれて、その目で見ると、昔は海運と漁で栄えて、伝統的にやくざがいて、イワシがおいしくて、でもいまは見る影もなく寂れて廃れて、という辺りはなんだか似ている気がした。なんであんなに廃れちゃったんだろうね(日本中の地方都市の殆どがそうだと思うけど)。

あと、修道院の横で伝統菓子を作っているお菓子屋に並んでカンノーロを食べたら、めちゃくちゃどっしりパワフルで感動した。こうこなくちゃね、だった。

あと、夜遅くまで開いている古書店がホテルの近くにふたつあって、なかなかたまらなかった。遅い時間に彷徨っていたらそこに古書店が、なんて危険極まりないのだがー。

あと、ふつうの道路、車がびゅんびゅん通っているのに信号がそんなになくて、みんなちょっとごめんよ、ってかんじで軽く手をあげてぐいぐい道路を渡ってしまうのがなかなかすごかった。NYとLondonにいたのでその辺は得意のはずだったのだが、あれに馴れるのにはちょっと時間を要した。(次に行ったときはだいじょうぶ)

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