3月10日、火曜日の晩、Curzon Bloomsburyで見ました。
封切から随分時間が経ってしまい、そろそろ見れなくなりそうだったし。
韓国映画で、原題は”어쩔수가없다”、邦題は『しあわせの選択』。
監督はPark Chan-wook、原作はアメリカのDonald Westlakeの小説”The Ax” (1997)で、Costa-Gavrasの“Le couperet” (2005)に続く2度目の映画化作品で、エンドクレジットではCosta-Gavrasに捧げる、と出る。 昨年のヴェネツィアでプレミアされた。
夏の夕方、大きな家の庭でバーベキューをしている幸せそうな一家の姿が描かれる。ユ・マンス(Lee Byung-hun)は勤めている製紙工場のオーナーから送られた鰻を焼いていて、妻のミリ(Son Ye-jin)と彼女の連れ子のふたりの子供たち、ラブラドール犬の1号と2号がいて、仕事でそんなご褒美を貰えるんだからパパすごいよね、ってなっていたら、実はそれは会社を買ったアメリカ人オーナーからの送別の品で、もう会社来なくていいから、って言われてどうすることもできずに捨てられる。
製紙工場の求職は業界内のかなり狭いマーケットであるらしく、自分と同様の経験を積んでいて優秀な求職者が他にもいるので、どうしよう、って焦っているうちに家計はみるみる苦しくなり、自分ががんばって買い戻した先祖代々からの家も、犬たちも手放さなければならなくなり、これは他の求職者を始末してでも職を手に入れるしかない –“No Other Choice”になっていく過程が漫画みたいに汗をつーって垂らす主人公の顔のクローズアップと共に臨場感たっぷりに描かれていく。
前半の幸せな家庭の描写と、それらを手放したくない、という強い思いが、一気に爆発するのではなく、じりじりと小出しに積み重なったりすれ違ったり、またぶつかったり、のように捩れて煮詰まって絡まって主人公の五感を塞ぎ、やがてもうとにかくぶっ殺す - 標的を消すことが最優先の目的になって止まらなくなっていく感情の生々しさ。“No Other Choice” – そもそも選択肢の問題だったはずがリアルでファイナルの”No Other Choice”しかない、のダルマになって転がって折り重なっていく人も含めた環境の過酷さ – そして、”Choice”はどんな立場の誰にでも迫ってくるものなので、その果ての結果として、それぞれの”No Other Choice”のせめぎ合いが最後に行きついた地点とは – などが、突きつけられるように。
ああほんとうに嫌な世の中だわ、ってぜんぶ放り出す、これもまた”Choice”のバリエーションであったはずだが、画面上に現れる人たちはみんな情念の塊りのように濃くて強くて、というその構図を、至近距離と遠景と両方の視角で対置していって、でしょ? って迫る。
どうしてそこまでしなければならなかったのか – しなきゃならないんだよ!のような煮凝りのようなところは、Park Chan-wookの映画では”Stoker” (2013)の頃からずっとあって、そのSMみたいなのが見る前はきついよね(なのですぐに見にいかない)、でも見るとその設計の見事さに引き込まれる。今回だと“The Handmaiden” (2016)のお屋敷のような高いところ、低いところ、常に全体を俯瞰しながら事の顛末を追っていくようなプロダクション・デザインの見事さ。これが地を這うような出口なしの地獄から全体を救っているような。
こういうどろどろしたサスペンス・ドラマって、日本の得意分野であるような気がするのだが、やっぱり流行らないのかしら。絆とか希望とかそんなのばっかりよか、今こそこういう方に行ってほしいんだけど。
残された日数が少なくなって、送別会のようなものも入ってきて、どの日に何を見るのか、の選択がぎりぎりで決めて諦めないといかんのも沢山でてきていてしんどいし、4月以降の日付で素敵な予告や宣伝が流れてくるとあーあー、になる。いつものことではあるのだが…
3.19.2026
[film] No Other Choice (2025)
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