1月6日、金曜日の晩、Tohoシネマズ日本橋で見ました。『レオポルトシュタット』。
原作はTom Stoppardの2020年の戯曲、演出はPatrick Marber。ロンドンのWyndham's Theatreで上演されていたもの。(2020年のPreviewの際にロックダウンをくらっていたのを憶えている) 昨年、新国立劇場で上演された版は見ていない。
冒頭、古く黄ばんだ紙に書かれたふたつの家系図がクローズアップされて、暗闇のなかから1899年、ウィーンの旧いユダヤ人街 – レオポルトシュタットに暮らす工場主で割と裕福そうなヘルマン・メルツの家にやってきた親戚一同のクリスマスの集いの様子が浮かびあがる。照明は屋内の黄色、ヨーロッパの屋内のあの黄色で、隅の方は暗くてよく見えない – のなかに大家族が – 老人も大人も子供も – おそらく冒頭の家系図のどこかにいる人たちだと思われるがこの人はここのこれ、のような特定はなされず、そこに集まっている彼ら自身も、誰が誰なのか - 子供たちは勿論、すべてを把握している人はいないかのよう。
集まりは騒がしく、お菓子を切り分け、クリスマスツリーを飾り付け、大人と子供の間で聞いたり聞かれたりがあり、医師や数学者もいる大人たちは誰と誰との縁談をめぐる噂話 ~ あそこはユダヤ系の家か非ユダヤ系の家か、などが噴きだして、知らない家の集いに参加するとなにもかも混沌としてわけがわからないのと同じで、この段階ではストーリーも主人公(いるとしたら)も、ほぼなにも見えてこない。
そこから先、切り取られていく年は1900年 - 1924年 - 1938年 - 1955年と移っていって、どの年も同じような部屋の同じように薄黄色い照明のもとで展開される。不倫があったり屈辱的な差し押さえがあったり、戦争に向かう - 世間でナチスによる弾圧~ユダヤ人排斥が強まるにつれて、家族のなかでは明確に意識してこなかった/こなくて済んでいた「ユダヤ系」としての家のアイデンティティが大人たちを当惑させ、肉体的にも精神的にも追いつめ、苦しめていく。
非ユダヤ系(カトリックの家)と結婚したから、も経済的に成功して十分に裕福であることも逃げ道とか言い訳にはならないし、そもそもなぜユダヤ系が? という問いも意味をなさないまま、1938年、部屋の外ではクリスタルナハトの破壊音がずっと響いている。
最後の1955年は戦後で、集まった(冒頭のよりは小さい)家族を前に、家系図を見たり名前を思いだしたりしながらこの人は? とその消息を確認しようとするのだが、昔の人々については、うーんあれは確か..が多くて、1899年以降の人々になると「アウシュヴィッツ」-「ダッハウ」が連呼されていく。「アウシュヴィッツ」の一単語でしか語られる何かを持たない、誰かの父だったり母だったりした人たち。彼らが列をなす塊りのようにしてあって、あの史実の前には「ユダヤ人」と呼ばれていた人たち。それでも遺されていて喚起されるものもあって、あやとりの記憶、とか、掌の傷跡とか、この作品もそのようにしてあの薄暗い灯りのもと、掘りおこすように発見されたものなのだと思う。
雑誌「悲劇喜劇」の昨年11月号の特集『トム・ストッパードと人生』にトム・ストッパードによる『英国人になるまで』というエッセイが載っていて、ここには1914年に撮られた母の写真からチェコのユダヤ人 – トマーシュ・ストラウスレルとして生まれたトム・ストッパードが英国に移住して英国人として生きるようになるまでのことが書かれていて、1937年生まれの彼は1993年に遠縁と会って話をするまで自分が「完全にユダヤ人」であるとは思っていなかったと。「彼」を説明するほとんどの記憶が母が遺したメモや写真や伝聞から後付けで構成されたものであって、それが(おそらく)今作に繋がっていることが淡々と示されているのだが、劇そのものは個人的なノスタルジアや感傷から離れて、かといって歴史の悲劇に対する問題提起のように振りかぶったものでもなくて、あの時代に消えてしまった、でもレオポルトシュタットに確かにあった家族の肖像を絵画のように浮きあがらせているのだった。
映画化されそうな気もするけど、いったい誰が? Raúl Ruizとかが生きていたらなー
あと、自分が何人であること(or 右だの左だの)を問うような動きとか、SNSで特によく見るようになった気がするけど、その無邪気で幼稚な挙動が誰のどういう目的に寄与するものであるのか、意識しないと簡単に戦前と同じになるよね、すでにとっくに「彼ら」の妄想のなかではそうなっているのだろうけど..
1.16.2023
[theatre] National Theatre Live: Leopoldstadt (2022)
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