12月24日、クリスマスイヴの晩、米国のYouTubeで見ました。
脚本・監督はTodd Field。158分。日本では5月公開らしいけど、しょうもない邦題が付きそうだな。原題だけで十分かきたてられてよいのに。
冒頭、アイマスクをして飛行機内で横になっている女性を誰かがスマホのカメラで隠し撮りしてSNSにアップしている。
撮られていたのは女性指揮者のLydia Tár (Cate Blanchett)で、指揮をする姿はとんでもなく神々しく - なにしろCateさまなのでここを見るだけでじゅうぶん元とれる - 彼女はバーンスタインの弟子で、グラミーを始めあらゆる賞やアワードを総なめして、ベルリン・フィルの初の女性指揮者となってドイツ・グラモフォンでマーラーの交響曲全集の録音を終えようとしていて - 最後の交響曲第5番をやっつけるためにニューヨークからベルリンの拠点に向かおうとしている。
最初のほうは同僚指揮者のElliot Kaplan (Mark Strong)とのオーケストラ内部の人事を巡るやりとりとか、the New Yorker Festival(たぶん)でのNew Yorker誌のAdam Gopnik (本人)との公開の対話とか、音楽大学でのレクチャー/ワークショップでの片意地はった生意気な男子学生を粉砕したりとか、彼女の指揮者としての学究/経営両面での辣腕無敵ぶりが描かれる。
舞台がベルリンに移ると彼女はパートナーでコンサートマスターのSharon (Nina Hoss)と暮らしてて、一人娘のPetraを学校に送り迎えし、病弱なSharonの面倒をみたり、Petraを虐めている子を裏でそっと恫喝したり、オーケストラの人事関係ではいまいち気にくわなかったおじさんを追いだし、オーディションに来た若いOlga (Sophie Kauer)を少しだけ贔屓したりしていると、かつての教え子が自殺し、彼女の遺したメールからあることないことの誹謗中傷が広がり始め、ある域を越えた、と思ったらともはやどうすることもできない形で彼女の思考や態度を縛り、同時に周囲の彼女を見る目を変容させていく。 曲の途中まで来てどうタクトをどう振ってももはやどうすることもできない。
これらをヨーロッパのクラシック音楽業界のどまんなかで伝統の名の下に数世紀に渡って行われてきたかもしれない過酷な専制や強制 - もちろんそれは映画でも演劇でもスポーツでも「業界」が必要となる場所では起こりうる - と絡めて描きだす。 それは、#MeToo で起こったような被害者からの勇気ある告発、というスタイルを取るのではなく、当事者であるLydia Tárが思いもよらなかったような穴に落ちて嵌ってどうして? になるまでの恐怖 - その速度と反駁しようのなさ - として描いて所謂「キャンセルカルチャー」まで一直線に進んで容赦ない。
この程度のことなら昔からあったし、も、そうは言ってもすばらしい業績を出せているし、も、「本当は」とてもよい人なのに、も通用しない。彼女が女性だったからこんなことに、は考慮されるべきだとは思うけど考慮しないやつは(わざと、ぜったい)しないので、結局彼女はあれよあれよと地獄に堕ちていく - その残酷な様をドキュメンタリーのように冷たく凍ったトーンで描いていく。
今はこういう時代なのだから表現したり監督したり統括したりする立場の人は余程注意しないと - 見事な緊張感で一気に見せてくれる今作で、なんかなーって物足りなくなってしまうところかあるとしたらこの辺りで、この程度の教訓ネタであれば日々のSNSにいくらでも転がっているし。
そういう表現者の魔や闇、そのヒビや亀裂を引き起こしたり呼び覚ましたりするような悪魔的なスキャンダラスな何かが古典の再現や創作行為にはそもそもつきもののようにあるもので、そういうのに取り憑かれたり操られたりしておかしくなってしまう行為とか人格とか - “The Shining” (1980)に出てくるようなあれ - をあぶり出してくれるようなやつを見たかったかも。
それを言ったら/やったらだめじゃん、なものって肯定/否定以前に昔から否応なくそこらに転がっていて、人はそういうのに吸い寄せられてしまいがちで、そのだめだめな業のようなものを晒していくのと、現代における加害/被害のありようの話は別のものとして出していくことができるはず。
でも、それにしても、”Carol” (2015)がそうだったようにどこかに堕ちていく(堕ちる、が適切でないのなら流れ靡いていく)ことに理性との間で葛藤し、震え、抗っている生を演じるときのCate Blanchettさまはとんでもない。鉄面とその裏側のあいだでなすすべもなく引き裂かれていく自我をよくもあそこまで表に出して「演じる」ことができるものだなー、って。
あと、クラシック音楽の知識があったらもっと楽しめたにちがいないー。
1.04.2023
[film] Tár (2022)
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