5月29日、土曜日の晩、英国のMUBIで見ました。
”First Cow” (2019)の劇場公開記念ということでKelly Reichardtのこの作品だけ。確かに原作は同じJonathan Raymondだし、どちらもオレゴンの森の奥を舞台にした男ふたりのお話、ではある。Kelly Reichardt作品のうち、これだけは未見だった。
妻とふたりで暮らすMark (Daniel London) – 彼女との間にほんのりテンションある - のところにKurt (Will Oldham)が電話をかけてきて、よさそうな温泉を見つけたから一緒に行かないか、と能天気に誘ってくる。妊娠中の妻がよい顔をしないのは見えているのだが、父親になったらこういうこともできないだろうし – とは言わずに黙って犬のLucy(あのLucy)を連れて車を出して、Kurtを拾って森の奥の温泉を目指す。それはふたりにとっては、昔からずっと繰り返してきた”Old Joy”のひとつで。
KurtはReichardt作品におけるWill Oldhamの役割を忠実にこなしていて、つまり、べらべら(本人以外の人にとっては)どうでもよいことをどうでもよくないような表情と聞き流しに最適の抑揚で喋り続ける(あれって芸の域)のでそれを撮っているカメラ自身が飽きてきてどうしようになる - そんな位置にあって、山道を歩くMarkは慣れたもので適当に相手をしながら自分自身の思考の糸を辿っていく – つまりほぼ相手にしないので、どこまでも盛りあがったり口論になったりすることもない。そんなふたり&Lucyが森の奥に行ったらどうなるのか。 - もちろん期待通りどうにもならない。
山道を延々歩いて温泉に着いて服を脱いで、隔てられた浴槽に別々に横になって、カメラの位置は手前にMark、奥にKurtで、会話の切り返しもないので、お湯に浸かってぼうっとした湯気の向こうから声が聞こえてきて気持ちいいなー、程度なのだが、Kurtがマッサージをしてやろう、ってMarkのところにきて、彼の体に触る。ここの瞬間だけ、予感されていたところではあるが肉のかんじが突然露わになってざわっとなる。この辺、Claire Denisの映画での男性のマッシヴな肉の描きかたと比べてみたくなる。
でもここもマッサージした/してもらった、というだけの話で、ふたりとLucyは家路について、薄暗い道路脇、アパートの手前でKurtを降ろす。あの後、Kurtはどんなふうに扉を開けて、自分の部屋に入ったのだろう、何か食べたのかしら? あの後、Markは妻とどんな表情で、どんな会話をしたのかしなかったのか。 Lucyは?とか。”First Cow”のふたりもそうだったけど、カメラがオフになって離れたその瞬間、その向こうで主人公たちはどんな表情を浮かべたのか、どこに目を向けたのか、どんな生を送っていったのか、Kelly Reichardt作品が抱えるどうにも切ないかんじ、ってこの辺なのかも。手から放れる – とまる – でも続いていく、このとめどない繰り返しのなかにあるひとりひとりの生の。
ふたりの男の間の距離のありよう - 親密な/疎遠な - を描くのではなく、そもそもが隔たってあるふたり(誰だってそうなの)が緑の山道を歩いていく、同じパスを渡っていくその不思議な影の連なりとか背中を追っていく、それだけでそこになにがあるんだろう? ってなるの。Kelly Reichardtの作品の根っこにはいつもこの問いがあるような。
こういうドラマのありように寄り添う、なにかが生起する予感をはらみつつ淡々とリズムとメロを刻んでいくYo La Tengoの音楽(ギターにSmokey Hormel)のすばらしいこと。この時期のYo La Tengoって他のフィルム用にもいろいろ作っていて、その観点からも興味深い。
もういっこ、Jonathan Raymondの原作はどんななのか、は読んでみないことにはわからないのだが、押さえておく必要があるだろう。特に彼自身が脚本(Reichardtとの共同)を書いている”First Cow”との対比において、どうなのか。なかでも、あの映画における牛とはなんだったのか、って。日本公開されたところで、もう一回みて、書いてみたいところ。
Jonathan Raymondの原作本に写真を寄せているのは、かのJustine Kurland氏で、結構な値段がついているのだが、欲しくなってきた。
今日マチ子さんの『Distance』を買ってきて開いてじーんとしている。2020年4月から1年間の、1日1枚の絵日記。 ロンドンもこんなふうだったの。なんでこんなになっちゃったんだろう、って人の消えた路地や川べりや家屋や窓を見つめすぎると、そこに幽霊や妖怪やあってはいけないもの、いてほしい人が現れたり浮かんできたりした。それは必ずしも自分にとっての、だけじゃない気がした。みんなが不安に揺れながら想像の淵に立って、風景に向かって祈るしかなかった、そんな日々の記録。まだ生々しくて、少しだけ痛かったり。
6.04.2021
[film] Old Joy (2006)
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