1月2日の昼間、MUBIで見ました。アメリカのMUBIにJacques Beckerが2本きている。
英語題は”Edward and Caroline”(エドワードとキャロライン?)、邦題は『エドワールとキャロリーヌ』。
パーティの支度で喧嘩を始めた夫婦がパーティの後に仲直りするまでの約6時間を描いた小咄。クラシック。
小さなアパートに暮らすピアニストのEdouard (Daniel Gélin)とCaroline (Anne Vernon)の若い夫婦がいて、ある晩、Carolineの叔父のClaude (Jean Gallard)の家の開かれるパーティに参加するのでそわそわしている。 そのパーティでみんなにEdouardのピアノが認められれば、これからの活躍の場も広がるしこの貧乏からも抜け出せるだろうし、とCarolineは前のめりなのだが、そんな金持ちやスノッブばかりのとこで演奏しても… とEdouardはややうんざりしぶしぶモードで。
準備をしていると同じアパートに住むおばさんが田舎から出てきた息子のためにあなたのピアノを聴かせてやってくれないか、って現れて、ふたりがとても感激してくれたこともあり余計にパーティなんてさ… になったり。
更に準備しているとEdouardの着ていくチョッキが見当たらなくて、Carolineが助けを求めて実家に電話してみると従兄弟のAlain (Jacques François)が持っているというのでEdouardはそこまで借りにいくことになって、この時点でもう彼は行きたくない度がマックスになっているのだが、チョッキを借りて家に戻るとCarolineがドレスの丈をばっさり切ってどう? とかいうのでそんなの(足を見せるなんて)ダメに決まってるだろ、って返したら大ゲンカが始まってお互いあんたとはもう別れるやってらんない - おう上等でえ、になる。
でもチョッキを借りてしまった手前、パーティに行かないわけにはいかないので、Eduouardはひとりで出かけることにして、パーティにやってきたいろんなゲストに紹介されたり挨拶したり、そこでふたりが喧嘩をしたことを聞いたAlainはCarolineを引っ張ってくるために彼らのアパートに向かって、それとは関係なしにパーティは始まってピアノを演奏する段になって..
Carolineの怒りと呪いがEdouardの指を.. とかそういう話ではなくて、演奏はつつがなく終わって感心してくれる人もいっぱいいてよかったよかった。で、この先見るべきはそこよりもふたりはあそこからどうやって仲直りするに至るのか、のところで、ここを夫婦喧嘩は犬も喰わねえからな、とか言ってみたところでどうなるもんでもない。
Claudeのパーティ会場にやってくるいろんな人たち - ロシア人の給仕からお金もちのご婦人からアメリカ人の大使から、彼らとの出会いに会話に、その前のアパートの母と息子とか - そういうのが少しづつふたりに作用していって、会場に向かう前に感じていたうっとおしさ面倒さがそれらの背後に隠れていって、パーティが終わってアパートに戻ったら家を出る支度を始めていたCarolineの旅行カバンとかを見たり、そういう細かないろんなことがEdouardとCarolineのふたりを夜更けに向けて変えていったから、っていう描き方をしている。
もちろん最初から憎み合っていたふたりではないのでそんなの簡単さ、なのかもしれないが、その辺の細やかさが示されて初めて普遍性を獲得するドラマで、このへんは小津のを見ているととっても思う。一緒に暮らす人同士の関係とその温度を自明のものとしてタイマー設定しても野暮なものにしかならないの。特に華とオーラがあるようにも思えないEdouardとCarolineのふたりが最後はこんなに素敵なふたりはいないな、になってしまうのは魔法でもなんでもない。
あと、Edouardのピアノは日本だと三味線とか長唄になるんだよ。
あと、パーティが嫌なやつなのはぜったいで、このコロナを機にパーティ文化なんて全滅してほしい。
なんの商品名だか忘れたが、じゃが芋をベイクしている背後にThe Kinksの”Tired of Waiting for You”が流れるCMを見てしまい、こいつがここ数日間ずっとBowieに染まっていた頭を一掃してしまった。ずーっと回っている。 Kinksの破壊力おそるべし。
1.11.2021
[film] Édouard et Caroline (1951)
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