5日、木曜日の晩、CurzonのHome Cinemaで見ました。
あの国の選挙で緊張を緩めてはいけないと思って怖そうなのにしてみたら怖くて、更に少し悲しくなった。
オーストラリアのNatalie Erika Jamesの作・監督による彼女の長編デビュー作。プロデューサーにはJake Gyllenhaalの名前があり、エクゼクティブ・プロデューサーにはRusso兄弟の名前もある(なんで?)。
田舎の一軒家にひとりで暮らすEdna (Robyn Nevin)と連絡が取れなくなっている、ということで娘のKay (Emily Mortimer) と孫娘のSam (Bella Heathcote)が車で現地に向かう。家には内側から鍵が掛かっていて、なんとか中に入ると誰もいなくて、家のなかは暗くて、ポストイットのメモがあちこちに貼ってある。 - この時点で十分に怖くて、奥では壁の向こうから変な物音が聞こえたりクローゼットのクリーニングのビニール袋がみしって鳴ったり。
警察にも通報して様子を見ていると数日後、突然Ednaが現れて体に痣のようなものがある以外は自分の誕生日も娘の誕生日も言えるし、問題ないようで、でもやっぱり今後のことが不安なのでケアセンターへの入居の検討を始めて、KayとSamはしばらくEdnaの面倒を見ながらこの家に残されているいろんな写真とか蝋燭とか浴槽とか、隣に住むダウン症の青年の話を聞いたり、夢なのか現実なのか少し離れたところにある掘っ立て小屋とか不気味な仕掛けがいろいろ揃ってくる。
人がいなくてずっと放置されたままの家が怖いのはあたり前だけど、ひとりで住んでいる老人 - アルツハイマーで記憶を - 自分が自分であることを失いかけている人がずっといる家というのも怖い。その人が失いたくないと思っている何かが、或いはその家 - 長年かけてその住人が形作ってきたその家の何かが、自身を保って失われないようにするためにどんなことをしようとするのか? 自分の半分くらいを失いかけている人を動かしているのは一体なんなのか - それはその人といえるのか? そいつはその人を、家をどうしようとするものなのか?
べつになんの新味もない、古典的な人と家にまつわるホラーというよりE.A.ポーが書く怪談に近いようなお話しで、同じオーストラリアの”The Babadook” (2014)にも近いかんじなのだが、Babadookの天井の隅から湧いてきたような何かよりこっちのおばあさんの方が怖い。昭和の日本には「鬼婆」ていう伝統的な枠があったが、Ednaはそういうかんじではなくて、割とそこらにいそうなふつうの老人でSamにはよいおばあちゃんだったのに、でもそういう人が突然壊れてどこかに行って、というのもよくわかるから。
ここに本当に悪いのがいるとしたら、それは時間、かもしれない。時間の経過が果物を腐らせ、壁のシミをつくり、彼女(たち)に老いと不安をもたらす。でもそれはすべてに平等に働くなにかで抗いようがない。
はじめはボケた老人が自分が死んだこともわからずに歩き回っていた、という落語みたいなオチも考えたのだが、そういうのではなくて、終わりはとても切なくて哀しい。そういうことだったのか、って。彼女は探していたのだ - かさぶたのようにごわごわになっていく肌の内側で、その内側にあるものを。大島弓子の『8月に生まれる子供』とかを思いだしたり。
これ、主人公たちが男性だったら? 怖いものにはできたかもしれないけど、監督が描きたかったのはおそらくそれだけではなかったはず。
音楽はBrian ReitzellとサウンドデザインのRobert Mackenzieがものすごく怖くてよい音を出している。
ここ数日、TVが”Avengers: Endgame” (2019)をずっと流しているのだが、あの大統領選の動画の後であのシーンは前のようには見れなくなってしまった。 しかしこの作品、失われた5年間を取り戻す戦い、ってこの大統領選を狙って作られたものではないか、と思ったりする。 最後にでてくるSteve Rogersの姿なんてBidenにそっくりではないか。 あいつらもThanosみたいにぜんぶ粉になってどっかに散ってくれないだろうか。
11.11.2020
[film] Relic (2020)
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