8.10.2015

[film] Minions (2015)

1日の土曜日、暁斎の動物たち見て、笑い猫を見て、Brianを見て、ばなーな! を見る。動物たちいろいろ。 あんなにも慈愛に溢れた"Love & Mercy"から究極の悪を探求する邪悪なケダモノにジャンプする。 一応3Dで見たけど、バナナはバナナでしかなかった。

誰もが知りたかったMinionsの起源と生態。彼らはなんのためにどこから来て、どこに向かおうとしているのか。 ちゃんと知りたいひとは、ここから先は読まないほうがよいかも。

まず、この作品の舞台が我々の暮らしている地球であると仮定した場合の話であるが、あいつらは外の宇宙から落ちてきたような連中ではなくて、原始の海でぽわぽわ生まれて浮かんで独自の進化をとげてああなったのだ、ということと、よく話題にのぼる生殖と♀はおらんのか問題、については、別に殖えなくても減らなくてもいいんじゃね(死なないみたいだし)、ていうのと、あいつらのあの挙動を見ただけであれらぜんぶ♂のみと決めつけてしまうのは、そういうふうに見てしまう我々の側にもなにか問題があるのではないか、とか、そういったことはまあそういうもんかも、程度に思うことにして、でもうううむ、と思ったのは究極のワルに仕えることを至上の歓びとする、ていう行動原理があんな昔の最初からある - ということは善悪の判断ができる/をしている、ということで、それってどうなのかしら、例えば当時のでっかい恐竜とかってあの頃の生態系のなかで生きているだけで別にワルを志向しているわけではないよね、とかぶつぶつ考えて、でも漫画なんだし、と深く考えないことにした。

で、時はするすると60年代の後半まで飛んで、生きがいの素となる悪い奴があんまいなくなっちゃってしょんぼりと南極だか北極だかで塊になって籠っているMinionsを救うべくStuartとKevinとBobの3匹が手をあげて立ちあがり、都会に出ていって悪の祭典Villain-ConていうところでScarlet Overkill (Sandra Bullock)ていう超悪漢♀と出会って手下として使ってもらえるように追いかけまわして大奮闘する、ていうのが大筋なんだけどー。

Minion1匹1匹が(グレムリンみたいに)悪いことをするわけじゃなくて、悪い奴の悪巧みの端っこにくっついて、その裏で表でわーわー群れてはしゃいで大騒ぎして、本来達成すべきだった極悪の事態・惨事から逸脱したわけわかんないカオスを作りだす、ていうのが(そもそもの)サブキャラとしてのMinionsの役割であり最大の魅力だった、はずなのだが、「代表権をもった3匹が立ちあがり率先して動きだす」ていうあたりからなんか違う気がして、その違和感が最後まで残ってしまったところがちょっと残念だったかも。

見たかったのはMinionの大群がひたすら無責任にカオスをぶちかましてかき混ぜて収拾がつかなくなるところ - 丁度Gruの悪巧みが一回転して善悪を超えたわけわかんないところに落着してしまうように - だったのだが。

それかー、ひたすらナンセンスの極みをいく - だらだら意味のないことを延々繰り返す - のも期待したのに。 予告編はあんなにおもしろかったのになあ。

音楽は60年代のヒットパレードで、なかなか楽しかった。(音楽に関しては”Love & Mercy"から繋がっていたかも)
Villain-Conの悪の世界に突入するところで流れる"Break On Through (To The Other Side)"とか楽しいし、やっぱしThe Beatlesは最後に”Yellow Submarine"だろうな、と思っていたら(最後だったけど)そうじゃなくて、でも替わりに流れたのはDonovanの"Mellow Yellow”だったの…

つぎは、Minions vs. Adam's Family とか見たいんだけどなー。

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