5.01.2013

[film] 愛よ人類と共にあれ (1931)

三連休初日の27日土曜日、神保町で見ました。
約2週間、咳がとまらなくてしんでて、その間ずっと映画見れなくてしにそうで、そのリハビリ第一弾として3時間超のサイレントはどうか、というのはあったのだが、だって見たいんだもん、としか言いようがなかった。 お茶とお菓子だって付いてくるしさ。

2時間くらい前にチケット買いに行ったら、99番で最後の一枚、と言われた。 えーなんで?連休なのにみんな。

最近の邦画でこのタイトルだったらどんだけ金積まれたって行かないが、この頃のお話ならぜったいおもしろいはず、という確信があった。
そしてじっさい、すばらしくおもしろかった。 一番前の補助席で首が痛くなったけど、3時間あっというま。

港に寄っていく洋行帰りの船の上から始まって、帰ってきたのは山口家の長男(岡田時彦)で、帰国直後のぐるーんと世界がまわる状態で山口家の紹介がされる。
家長の綱吉(上山草人)は仕事の鬼で港に迎えに行くことも歓迎のお食事にも行くことができない。(仕事の次は妾に行くし)
娘ふたりには自分の事業を手伝ってもらえそうな奴をあてがって(長女は既に結婚していて息子 - 高峰秀子だけど - がいる。 次女はこれから結婚させるところ)、長男は冷酷冷徹な学者さんで、事業を継ぐ意思はまったくなくて、次男の雄(鈴木傳明)は、幼い頃母と共に父親に捨てられた恨みから不良になって家に寄りつくことはなくて、でも彼にはダンスホール「アトランティック」のナンバーワン ダンサーの真弓(田中絹代)がしっかりついているの。

映画は事業に邁進するあまりに家族から孤立し、更には部下(娘の婿たち)からも疎まれていく綱吉と、同様にはぐれ犬として家族から敬遠されている雄を中心に、昭和のはじめの華麗なる一族と傲慢な父親の野望がゆっくりと崩れていくさまをドラマチックに描く。

後半、全財産をぶっこんで押せ押せで進めていた樺太の大型投資案件が部下の背信と山火事で焼け野原になってふっとんで、財産ぜんぶ差し押さえられ、肉親の誰からも助けてもらえなくなった綱吉が自殺しようとしたとき ...

誰もが羨むハイソで立派な御家族、大経営者であり鉄板のように固い父親、でもその裏側は虫食いの穴だらけで事業の崩壊と共に全ての綻びが一挙に顕在化して、というホームドラマの定型を当時のモダン東京の光景から樺太の森林、更にはアメリカの大地までスケールでっかく拡げてみせて、まったく看板倒れしない。
俳優さんは全員だれもがおっそろしくうまくて揺るがないし。 殴り合いとかのアクションも、山火事とかのスペクタクルもリアルではらはら、力強い。

野良猫の雄を支える真弓がかっこよくてねえ。服装を理由に妹の披露宴会場からつまみだされて荒れる雄に、「弱くてもいいの。正しいのならいいの」て諭したり、そうやって支えられた雄が自殺寸前まで追い詰められた綱吉にむかって吐きすてるようにいう「赤の他人であったとしても、困っているひとを放っておくことなんかできねえんだよう」とか。 あんたらはジョー・ストラマーか、なの。 サイレントなのに彼らの台詞は、彼らの声としてちゃんと聞こえてくる。

上山草人も鈴木傳明も顔の造型が濃くて深くて暗くて、彼らが追い詰められつつ狂っていくところはほんとにおっかないのだが、そこに田中絹代のまあるい顔が挟まると丁度よいかんじの絵になるの。 で、この三人が最後にはあんなことに。 

そうだよねえ、このころから日本には「正義」なんてなかったんだ (いまだってないんだ)。 としみじみした。

で、この田中絹代がそのまま成瀬の「おかあさん」になるんだね。

もうひとつ、驚異的だったのが柳下美恵さんのピアノでした。
3時間、ばりばりと力強いタッチは最後までまったく弛むことがなくて、映画のでっかさを見事に下支えしていた。

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