11.23.2016

[film] Star Trek Beyond (2016)

もう時系列無視で適当に書いていくことにする。
11月3日、文化の日の夕方に新宿でみました。

エンタープライズ号での航海が長くなってみんなそれぞれ退屈したり喧嘩したり地上勤務のことを考え始めていて、でっかい宇宙駅に寄っていろんな人と会ったりおじいちゃんの訃報を聞いたりしていると更にその思いは強くなって、そこを出て航海を始めたとたんに虫みたいに束になって渦巻いて襲ってくる連中に襲撃されて、船はぼろぼろ虫食いにされてどっかの星にわらわらと脱出して、ほとんどの連中はその襲撃した奴らに拉致されて、動けるのはScotty(Simon Pegg .. 脚本も書いてる)とSpockとBonesとKirkとChekovと、ぐらいで、もう船もないのにどーすんだよ、になる。

いろんなヒト、ていうか族ていうかがいるものでScottyがそこで出会ったどっかの星のJaylahていう姐さんが地道にメンテしていた昔の地球の宇宙船フランクリンが使えそうだったので、そいつを使って、仲間を救出して、反撃にでようじゃないか、と。

いきなりやられた → ちりぢり → 新しい仲間と出会って古い仲間を救いだす → やり返す → どんなもんだい

おおまかな流れは昔のヤクザ映画みたいなもんで、「組」が多種多様な宇宙人(族)になっているだけで、なーにが"Beyond"だよ、とか思わないでもないが、SFの普遍性ってこういうもんよね。 ちがうか。

なんといっても再び襲いかかってきた敵の虫軍団に対して、連中は閉域網を使って全体をコントロールしているんだから妨害電波を出して混乱させればいい .. そうだラジオだ! って、「クラシック」を爆音でぶちまけてやっつけるとこ、ここだけで十分許してやらあ、になってしまうの。 あの感動的なまでにバカバカしいノリはJ.J. Abramsには作れまい。(音楽をエディットしないで、Spike Jonzeみたいにカット割りをこまこまやればもっともっとかっこよくできたのにな)

これまでのJJAのやり口だと、亡くなった父親の歳になってしまったKirkの感傷とか逡巡とか、同胞に裏切られて棄てられたKrallの絶望とか怒りをシェイクスピア風ぶんぶんでドラマチックに描いたと思うのだが、"Wild Speed"育ちのJustin Linは気持ちよいくらいに吹っ切ってしまう。 ぶっとばして気持ちよければいいじゃん、みたいに。

しかしなあ、Public EnemyとかBeastiesとか聴いていても、あんなふうに邪悪な暴君になっちゃうんだねえ、ていうのはちょっと残念だねえ。

Anton、バイバイ。

[film] Genius (2016)

10月14日、金曜日の晩に日比谷で見ました。 『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』

20世紀初のアメリカ人作家Thomas Wolfeと彼を見いだし育てた編集者Maxwell Perkinsの交流を軸に、この編集者と当時のアメリカ文壇 - とまではいかないが - を描く。

大恐慌前夜のNYで、出版社Charles Scribner's Sonsの編集者 Maxwell Perkins(Colin Firth)のところにトーマス・ウルフ - Thomas Wolfe(Jude Law)の大量の紙束原稿(1100ページ)が持ちこまれ、少し読んで紙束のなかに何かを見たMaxは、その紙束を辛抱強く摘んで編集して彼のデビュー作 “Look Homeward, Angel”に仕立てあげて、それは成功して、それだけじゃなくてMaxは恋人のAline Bernstein(Nicole Kidman)と昭和枯れすすきみたいな切ないごろつき文士生活をしていたThomasを郊外の自宅に呼んで家族(奥さんはLaura Linney)に会わせて食事して親密になって、そうするうちに更にとてつもなくでっかい第2作も仕上がり、評判もよかったのだが、2作の成功がThomasを鼻持ちならねえ我儘高慢ちき野郎に変えていって、どーする どーなる。

史実なのでThomasがいきなり更生して聖人のようになるわけはなく、こういう人にありがちなように37歳という若さでこの世からすうっと消えてしまうのだが、Maxの彼に向けられる目は最後まで変わることはなく穏やかで暖かくて、”Kingsman: The Secret Service” (2014)でもそうだったように、こういう無軌道な若衆を相手にするときのColin Firthの落ち着いた教育者というか編集者っぷりってすごいなあ、て思った。

あと、Maxって、Ernest HemingwayやF. Scott Fitzgeraldも世に出して、ということからこの映画のなかにも彼ら - Zeldaも - は登場するのだが、Thomas Wolfeはともかく、HemingwayとFitzgeraldがいないアメリカ文学史なんて考えられない今の時代、よくもまあこういう連中を右に左に、というかまったくキャラの異なる彼らの作品を彼らの作品として成立させたのってすごいことだねえ、とかあたりまえの ー

おそらくもっとねちっこい、匂いたつような文壇サークルドラマにすることもできたのかも知れないが、イギリス人監督だからだろうか、メインのふたりがイギリス人俳優だからだろうか、その辺はとってもさらりとした駄々っ子と動じない大人のやりとりになっていて感心した。
そんななか、Nicoleだけはつーんと突出して毒を吐き続けていてすごいねえ、としか言いようがないのだった。

Thomas Wolfe、読んでみたいなー。

そしてWilliam Trevorさんが。 R.I.P.

11.22.2016

[film] Salad Days (2014)

さらに少し戻って、10月13日、木曜日の晩、新宿でみました。

この辺のロックのドキュメンタリー映画って、こないだのThe DescendentsのにしてもBad BrainsのにしてもThe Damnedのにしても、なかなかなんか難しい。
ライブだったら晩の9時ってありがたいのだが、映画で9時だと、よっぽど目を見張るような内容でもない限り座った途端に子守唄になって安らかに寝ちゃうのよね。

でもこの映画の題材に関しては少し別で、D.C.のハードコアシーンていうのは、ふつうの(ふつうってなんだよおら)パンクのドキュメンタリーで示されるのとは別の枠で - RamonesやPistolsやClashの歴史を描くのとは別のかたちでやり方で - 描かれなければならない気がしていて、それは簡単にゆってしまうと当事者の視点(当事者ってなんだよおら)が不可欠で、そいつを欠いてしまうと、このD.C.のパートについては、麻疹とか水疱瘡みたいな拡がりかたをした妙な熱病、伝染病のように見えてしまうよう、そんな気がしてならないの。 それでもいいんだけどね。 "Salad Days"ていうタイトルなんだし。

具体的にはDischord Recordsを作った Ian MacKayeとJeff Nelsonへのインタビューを中心に徹底的にマイナーで手組みのネットワークを掘って作ってひろげて維持していった、ぜんぶ自分たちだけでやった、その手口やり口を聞き出してみる。 それだけなの。 ブレーク、みたいなポイントも閾値もなくて、作って出してライブして、を繰り返していっただけ、と。  Farm-to-tableみたいなことを35年前からやっていた、と。

それだけなんだ、ということをどこまでおもしろいと、すごいと思えるかによってこの作品の受け取り方は変わってくるとおもう。
最初期のパンクが掃き溜めのなかから火花起こして好き勝手にやっていたのとは異なり、彼らは既に見え始めていたパンクの産業化・消費化を明確に冷静に見据えて、そうならないような形で自分達の音楽を自分達で制御してリリースしていった、こういうのをネットもなんもなかった80年にそこらの若者がインディペンデントではじめた、やった、ということの驚異は、今の子達には伝わりにくいかもしれない。

自分にしても、全貌を見渡すことができてこれはとんでもないわ、と思ったのは2002年に出たコンピ"20 Years of Dischord”あたりからだったもん。

あとは音そのものね。 Minor ThreatにしてもFugaziにしても、なんであんなに固く強くがりがりぎざざぎざ、どこまでも気持ちよく鳴るのか。 デザインだってかっこいいし。 それをつまんない御託ならべてないでさくさく出して、あとはライブで勝負、ていう潔さ。

ラストのIan MacKayeさんの一言がさいこーだった。「もういいだろ、あっちいけ」みたいな。

それにしても、Fred Armisenさんはなんで?

11.21.2016

[film] Bridget Jones's Baby (2016)

10月29日、土曜日の夕方、新宿で見ました。

なんか、ぜんぜん悪くなくてびっくりする。SATC2みたいになっていたらやだな、だったのだがふつーのコメディとして爽やかに笑えるかんじだった。

まずは冒頭でHugh Grantが飛行機事故でしんでて笑える。
Bridget Jones(Renée Zellweger)はMark(Colin Firth)と別れて以来どこにも行きようがなくて誕生日も痛いかんじにひとりで、女友達とふたりで野外フェス(グラストンベリーみたいな)にいって酔っぱらってハメはずして知りあったJack(Patrick Dempsey)のテントで寝ちゃって、その数日後に再会したMarkともよいかんじに盛りあがって寝ちゃって、しばらくしたら妊娠していることがわかってあらどうしましょ、になって、中年男ふたりにこわごわその旨伝えてみるとしがらみフリーで収入も申し分なく安定しているふたりはどっちも前のめりでのってきたのでこれはこれでどうしよ、で子供の父親はどっちなのかていうのと、ふたりのうちどっちかと一緒になるべきなのかそもそもこれって子供ができたからそうなっているのか、いやそれとは別にとまでは言わないけど自分と一緒になりたいってことなのかどうなのかとか、いろいろ心配してみたりするのだがそんなの関係なく極めて能天気に話しは大団円に向かって豪速球ですっとんでいくので楽しいの。 こんなもんでいいのよね。

あんなうまくいくかよ、ていうひとはいうのだろうが、他の落着地点を見いだすのはなかなか難しい。
それくらいラブコメとしては完成されていて崩しようがないかんじ。 これに関してはよい意味で。

どっちとどうなるのかはだいたいわかっちゃうのだが、やっぱりあのセーターの魔法と結界は裏切らない、てこと。 ていうかあんな怪しいマッチングサイトで儲けた奴があんな爽やかなわけねーじゃん、とか。

でもさー、Patrick Dempseyがでてくるラブコメ、結構好きなんだけどー。
”Enchanted” (2007) とか “Made of Honor” (2008) とか、いいよね。

邦題の「ダメな私の最後のモテ期」てなーんか微妙で、Bridgetはダメだからモテなかった、それが最後になぜかモテるようになった、わけではなく、これまでの前2作でもダメだったけど、でもずっとモテていたんだよね。 ダメなことを嘆いたりぼやいたりグチったりするのは芸風みたいなもんで、ヒトのせいにも自分のせいにもしないでひたすら無反省を貫き、何百回でもおなじ失敗を繰り返して、でもへっちゃらなの。  いいなーこういうの。見習いたいなー。

さすがに子供も生まれて結婚したら落ち着いちゃうのかなあ、と思ったのだがラストの新聞記事でわからなくなってきたかも。 たぶん、もうじき夫はガキを連れて出ていっちゃうんだとおもう。

音楽はCraig Armstrongさん。 どうでもいいけど、Ed Sheeranの外見て、ほんとぱっとしないねえ。

11.20.2016

[film] Too Late for Tears (1949)

元のトラックに戻りま。 どこまで挽回できるかな。

10月29日の昼間、京橋の特集「UCLA映画テレビアーカイブ 復元映画コレクション 」で見ました。

『遅すぎた涙』。

TIFFの本編のほうは誰がいくもんか、だったのだがフィルムセンターでのこの特集はそういう訳にはいかねえ。 NYの定期上映館では珍しめのクラシックがかかるとき、UCLA Film & Television Archiveが修復したバージョンです、ていうだけでひゅう、って唸るおじいさんとかいっぱいいるんだよ。

LAに暮らすJane(Lizabeth Scott)とAlan(Arthur Kennedy)の夫婦は気乗りのしないパーティに車で向かう途中、車に鞄を投げ込まれて、鞄の中には札束が入っててびっくりするのだが車が追っかけてきたのでとりあえず逃げて撒いて、その札束 - 6万ドルあった- を警察に届けようというAlanとちょっと待って様子を見ようというJaneで意見は別れて、やがてほうら来た、というかんじで探偵だという怪しげなDanny(Dan Duryea)が現れて緩やかに彼女をゆすり始め、やはり警察に行こうというAlanとの溝は深まって、いったん鞄は駅の荷物預かりのところに行くのだが暴走を始めた彼女の妄執は留まることなくやがてひとり死んでふたり死んで…

突然手にした、手にすることができるかもしれない大金で狂っていく女 - 根っからの悪女という訳でも誰かに唆された訳でもなく、彼女の内面は一切明かされないまま、お金を諦めようとしない彼女の周りでいろんなことが起こって、それらは誰のせいでもない、ということも誰かみんなのせい、ということもできる、どっちにしても誰も助けてくれない、そういう冷たさが貼りついた作品で、その冷たさ暗さをノワールといったのね。

プロットだけだととても地味なようでいて、最後はメキシコまで行ってしまう驚くべき広がりをもった作品で、それはフィルム・ノワールの底なしにも通じるそれなのだった。


これの後にUCLAアーカイブのJan-Christopher Horakさんによる講演会をきく。
『デジタル時代の映画保存』- “Film Preservation in the age of Digitality”

フィルム保存の歴史を概観し、その方法がデジタルの時代になってどう変わってきたのか、変わらざるを得なくなってきたのか、そこにUCLAのArchiveはどう関わってきたのか。

フィルムは、なんもしないと劣化して見れなくなる→ デジタルで保存できるよ → デジタルで保存するためには元素材をきちんと修復しないとだめ → 修復はお金かかる & デジタルの仕様はどんどん変わる → ちゃんとしたアナログのマスターがないとお話しにならない → やっぱりオリジナルから修復しないと(し続けないと)だめじゃん、結局お金かかるじゃん  → アナログでいいんじゃね?

デジタル化への移行って軽くなる/軽くできる/メリットいっぱいのようで結局ものすごい継続的な投資が必要で、結局これって文化の話ではなくて、産業(構造)とかインフラを巡るくだんないパワーゲームの話に向かわざるを得ない。 このへん、言いたいこといっぱいあるのだが、とにかく。

デジタルアセットの急激な進化がアナログへの回帰を促している、という指摘は映画フィルムの話に限った話ではなくて、音楽もそうだよねえ。
デジタル仕様の変更に伴うオリジナルマスターの修復や調整もやがてはAIさんがやるようになるのだろうが、そんなのあまり考えたくないので、自分にとってのアナログ決定版を脳に刻んだり手元に置いたりしておくようにしよう、っと。

11.19.2016

[log] Seattleそのた2 -- Nov 2016

シアトルの本とか食べものとかそのた。 あんまりないけど。

着いた日の6日はとってもすてきな秋日和で、最初に行ったのはもちろんThe Elliott Bay Book Companyで、その前にお昼を食べなきゃ、でこんどこそ隣のOddfellows Cafe+Barで食べたかったのだが半端ない人だかりだったので(なんだろう? なにがあるんだろうあそこ?)、諦めて本屋のなかにあるLittle Oddfellowsのほうでパニーニ食べた。 これでもじゅうぶんおいしい。

入ってすぐ、Laurence “Lol” Tolhurstのメモワール - ”Cured: The Tale of Two Imaginary Boys”のサイン本があったので、スーパーでミルクを買うみたいにひっつかむ。

あと、Pitchfork誌とかに書いているJessica Hopperさんの“The First Collection of Criticism by a Living Female Rock Critic” ていうの。 最後にまず謝辞を捧げているのはTim Kinsellaさん。背表紙でコメントを寄せているのはTavi Gevinson, St. Vincent , Sara Quin (Tegan and Sara)、など。 まだパラパラつまんでいるだけだけど、なかなかおもしろ。
あと、Nick Caveさんの2014年の北米ツアー日誌 - ”for Motion Discomfort: The Sick Bag Song” - 「乗り物酔いゲロ袋の歌」とか。

本屋をだらだら1時間くらい幸せにうろついて、向かい側のEveryday Music (レコード屋)を見て、その近所のグランジとかジャンク系がいっぱい置いてあるとこ(名前憶えられない)も見て、すこし我慢して、その近所のグリーンマーケットをうろうろして(もちろん買わない)、少し遠くのレコード屋に行ってみよう、ということでUberでWest SeattleにあるEasy Street Recordsに行った。 以前、Queen Anneにあったお店には行ったことがあって、そこがなくなってしまってから行かなきゃ、になっていたの。

車を降りたところでもグリーンマーケットをやっている日曜日。 お店は1階にカフェ(よいかんじ)とCD, DVDがあって、木の階段をぎしぎしあがって階がアナログで新しいのも古いのもいっぱいあって、でもそんなに高くないの。 楽しく悩みながらあれこれ買った。
TADの再発盤(3つ一緒に買うと1枚ボーナスつき)だが、そんなすごいファンでもないので”8-Way Santa” (1991) だけ買った。 9日の水曜日には店にメンバーが来てトークをすると。 “8-Way Santa”とは何ぞや? その謎がついに! とか書いてあった。

その辺をしばらく散策してお腹へってきたのでパイ屋に入った。 パイとドーナツには勝てない。
http://www.alamodeseattle.com/

そこの反対側にQFC - Quality Food Centerていうシアトルにいっぱいあるでっかいスーパーマーケット - Whole Foodsみたいなやつ - があったのでしばらく遊んだ。 こんなのが24時間やってるんだからなー。いいなー。

いっかい昼間に食べたバーガー。
Li'l Woody'sていうとこの”The Fig And The Pig”ていうの。
大きめふかふかバンズに酢漬けイチジクのソースにベーコンにざく切りしたゴルゴンゾーラがまぶしてあって、外見はまっ黒ぐちゃぐちゃでわけわかんないのだが、こんなのおいしくないわけがないだろ。

9日の水曜日、夕方に解放されてデモで叫んだあと、映画を見る前にもういっかいElliott Bay Booksに行った。平日の夜なのでがらーんと静かで、それもよいのね。 向かいのEveryday Music ももういっかい、なんかやりきれなくて追加で買った。A Perfect Circleの1stの初版とか。
店内ではSparklehorseの”It's a Wonderful Life” (2001)が流れてて、それがとってもしみた。よかった。

どうでもよいことだけど、シアトルのレコ屋も本屋もなんで紙袋なのかしらん。

10日の朝、空港に向かう前、ホテルから歩いていけるとこにあるPike Place Marketに向かい、外は霧でまっ白なんも見えなかったけど、ぐっちゃぐちゃのCorned Beef Hashたべた。 市場に魚がどんどん並べられていくのだがどうすることもできなかったの。

空港ではいつものようにSub Popでいくつか買って、Beecher's Cheesesでクラッカーとか買った。

[log] Seattleそのた1 -- Nov 2016

もうぜんぜん書く時間とかないわ。なんでだかわかんないわ。

シアトルの行き帰りの機内で見た映画をまとめて。
片道8~9時間だとちょっと短いよね。 まとめて映画をみるには。

My Bakery in Brooklyn (2016)
ブルックリンのFort Greene(Myrtle Ave. and Adelphi St.)のあたりで100年以上ブーランジェリーを営んでいるおうちで店主のIsabelleおばさんがふたりの姪(いとこ同士)に店を頼むわね、て言い残して突然亡くなってしまい、それぞれの道を歩んでいた性格正反対のふたりが喧嘩しながら店を立て直そうとするのだが、おばさんは巨額の負債を残していて、うちひとりの恋人が負債取り立て側の銀行にいたりしたので、それぞれの恋とかも含めてどうなるのどうするの、みたいなお話し。
結末はなんとなくわかっているとはいえ、パン職人もパティシエも出てこないし、なのにふつーに店は営業してるし、あまりにご都合主義でみんなハッピーすぎやしないか、みたいには思った。

でもエンディングでThanksのところにAmy's BreadとかFrankies Spuntino とか並んでいたので許すしかないわ。

The Family Fang (2015)

監督・主演がJason Batemanさん。
Fnag家のパパ(Christopher Walken)とママ(Maryann Plunkett)はソーシャルなどっきりを仕掛けてみんながびっくりする姿を撮影するのをアート稼業としてやっていて、姉弟ふたりは幼い頃からその手先として使われていて、その経験は彼らにとってトラウマだったりもするのだが、姉(Nicole Kidman)は女優(あんま売れてない)、弟(Jason Bateman)は作家(あんまぱっとしない)として巣立ってからは疎遠になっていて、ある日弟が怪我をして気を失っているうちに病院に親が呼ばれたことから家族みんなが再会して、久々に昔みたいなことをやってみたら見事に空振り、ついでに過去のいろんな恨みとか再燃するのだがそのまま別れ、そしたら強盗が頻発している地域の路上で両親の車が荒らされた状態で発見され、両親は行方不明、車内の血痕は父親のものと一致した。 両親は犯罪に巻き込まれたのかひょっとしてまたしても彼らの「アート」なのか? 

これらってアートなのか議論の他に、こういうのに子供を巻きこんじゃだめだろ、とか、だからこんな大人になっちゃったんだ、とか、でも家族だろ家族ってなにさ? とかいろんな問いが怨の字と共に渦を巻いてなんとも言えずすごい。
特に最後のほう、Christopher WalkenとNicoleの対決シーンときたらぞくぞくするくらい。

音楽、最初のほうの銀行強盗のどっきりのとこで流れるYesの"I've Seen All Good People”とかよかったかも。


The Infiltrator (2016)

80年代、フロリダの米国税関当局のエージェントRobert Mazur (Bryan Cranston)がマネーロンダリングして大儲けしていたコロンビアの麻薬カルテル+銀行を2年間に渡る別人なりすましの囮捜査で壊滅させた実話 - Mazur自身の回顧録を元に映画化したもの。

メインのお話しははらはらどきどきの連続なのだが、それ以上に、仮名に架空の婚約者(Diane Kruger)まで用意したりここまで作り込むんだねえ、ていうほうに感心した。 それと、複数の名前を使い分けていた“Trumbo”と同様、どれが本人なのかわからないとこまで自分を追いこんで仏頂面と紙一重で脂汗をたらしまくるBryan Cranstonの凄みが全開で、ほとんどそれがすべて、みたいなかんじ。

音楽は、最初にRushの”Tom Sawyer”が流れて、EndingでThe Whoの”Eminence Front”が流れて、あとLeonard Cohenの”Everybody Knows”も流れて素敵で、それで飛行機降りたらLeonard Cohenさんが…