2.18.2026

[theatre] Chiten Theatre: The Gambler

2月10日、火曜日の晩、Coronet Theatreで見ました。

原作はドストエフスキーの『賭博者』(1866)(亀山郁夫訳)、演出は三浦基、音楽は空間現代、初演は2021年。 90分間休憩なし。
地点の演劇は2017年、英国に渡る直前に早稲田大学大隈記念講堂で『ロミオとジュリエット』を見たのが最初で、それ以来。

舞台の上にはルーレットの上方で(or それ自体がルーレットなのか)LEDネオン付きで回転するがらがら、真ん中に長方形のテーブル(これも回転していく)、床もルーレットの色模様に色分けされている。舞台の左手にギター、左手奥にドラムス、右手にベースが入って、バンドがステージの周囲を固めてカウントして音楽が始まると、それに乗っかるようにして俳優たちがテーブルの各自の位置につくと同時にテーブルが回転を始めて、やはりものすごいテンションと速さで台詞が放たれて英語字幕上に映しだされていく。

ふだん字幕があったら字幕のほうを見る習慣がついているのでつい字幕を見て、ああこれは日本語の劇だった、と思い直すのだが、日本語であったとしてもラップのような強さと切れ目のなさで矢継ぎ早に繰りだされるので、字幕で確認したり補強したり、とにかくせわしない。途切れることのない空間現代の音楽は昔のパチンコ屋の軍艦マーチで、ルーレットの回転に油を注いでいって止まらないしこの輪から逸れることを許さない。依存症をかき混ぜて攪拌してもう一回固めて溶かして、の繰り返し。

とまらない、やめられない、というのがギャンブルに向かう、ギャンブラーの基本的な態度で、完全に中毒で自分で自転車をこぎ続けてしまう家庭教師アレクセイ、彼が恋するポリーナ、彼女の義父のロシア人「将軍」、彼が恋するマドモワゼル・ブランシュ、英国人のミスター・アストリー、フランス人のデ・グリュー、何度も死にかけては蘇る「将軍」の「おばあさま」など、このテーブルの上とか脇にこうしているいろんな人たちも何かの縁で、ギャンブルだって何かの縁に違いないし、って熱狂的に喋りまくり賭けまくる彼らはここでこんなことをしていて幸せなはずで、ひょっとしたら誰かの何かを救っているのかも知れなくて、その欲望のありよう – 絶望~ひょっとしたら~まだまだいけるかも – の循環を反復されるポーズとかフレーズなどで繋いで端から端に叩きつけていく。

ただ近年の日本のお笑いなどで顕著になった(ように思う)、キメのポーズとかそれに合わせた掛け声とか台詞とか、それにみんなの声を重ねたりとか、どこがおもしろいんだかぜんぜんわからない、運動会の幼稚さを思わせるあれらが延々重ねられていくのはちょっと苦痛で、これって海外(あ、こっちが海外だが)の客にはどう見えているのかしら、とか、でもこの子供っぽい集団の熱狂と喧騒こそがギャンブラーを焚きつけて90分間をノンストップで走らせてギャンブラーたらしめる、ということはわかる。

やはりこの装置の外側で、なんでこんなことになっちゃったのか?とか、これらがなくなったらこの人たちは? などはあってもよかったかも – 有り金への言及はあったけど。これだけだと90分のトチ狂ったパフォーマンス(異国の)、にされて「なんかすごいねー」で終わっちゃうだけなのではないか、って。

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