2月2日、月曜日の晩、Curzon Sohoで見ました。
本公開前のプレビューで、上映後に監督のAmy Bergとのトークがあった。Executive Producerには(またか、の)Brad Pitt。昨年のサンダンスでプレミアされている。
Jeff Buckleyのドキュメンタリーは数年前にも見た気がしていて、もういいんじゃないか、だったのだが – “It’s Never Over” – って10年をかけてバックリー財団(財団なんだ.. )から権利を取得して、そこから5年を制作に費やしたいうので決定版と呼べるもの、なのだろう。
17歳で彼を産んだ母のMary Guibert、彼が生まれて6ヶ月で家を出て行った父Tim Buckleyのことから入ってかつて恋人だったRebecca MooreとJoan Wasserからは、アーティストの彼が恋人としてどんなだったかを聞く。音楽的影響の紹介ではJudy Garland, Led Zeppelin, Nina Simone, Nusrat Fateh Ali Khanなどがあり、ミュージシャンとしてBen Harper, Aimee Mannなどがコメントをして、そして友人でもあったChris Cornellとの交流も。
アーカイブ映像も多くあって、特に彼が初期の活動拠点としていたカフェ - Sin-é時代の様子がどんなだったかがわかるのはうれしい。
彼の音楽、特にあのヴォーカルについては、聴いてふつうに驚嘆するしかなくて、今も何度聴いてもそうなると思うのだが、映画では映像として繋いでいくだけのこれらについて、なぜああいうちょっと歪な楽曲構成と展開になったのか、など解析したり批評したり、はほぼない。彼の声の特殊さ - どこまでも伸びてしなる - が必然としてもたらしたであろう音楽の肌理や特性について成り立ちも含めて知りたいのに。 ここにGary Lucasが出てこない、というのが全てを説明している気がする。
なので、映画は女性 - 母と恋人たちから見たJeff Buckleyがメインで、アーティストとしての彼ってどう? もあくまで彼女たちの目でのそれ、になっている。90年代中期以降、ポストグランジで顕在化したように思える、マッチョではなくフェミニンで、あたしが傍にいないとただのゴミになってしまう(と思いこませる)彼 – の典型を見るようで、これはこれで興味深かった。(ダメンズが汎用的な臭気を放つようになったのってこの頃から?) でもやはり、彼女たちがどれだけ彼を愛していたか、わたしにとってのJeff、を語れば語るほど、ちょっと引いてしまうのだった。彼がすばらしい人であったことは十分わかっているからー。
彼のライブは2回見ていて、初回は”Grace”のツアーの後半、ブルックリンのそんな大きくないライブハウスで、最後にAlex Chiltonの”Kangaroo”とかをやってぐじゃぐじゃのジャンク猿になっていった。2回目がこの映画の中でもPaul McCartneyがバックステージに来た!って紹介されているRoselandでの”Grace” Bandの最後のライブで、でも彼はメインアクトではなくJuliana Hatfieldの前座だった(当時のJulianaHは無敵だったの)。この時、バンドとしてのお別れを告げてから"Hallelujah"をやって、それがそのままThe Smithsの”I Know It’s Over”に繋がれて、みんながぼうぼうに泣いてて、後ろを振り返ったら生のPaul McCartneyが座っていたのでなんだこれ? ってなった。自分はこの時のライブのありえないかんじの衝撃をいまだに引き摺っているのかも。
映画のなかではChris Cornellとの話が興味深かった。競演していたらどんなにかすごい声の連なりを聴けたのだろう。
あと、上映後のトークで出てきたElizabeth Fraserとのデュオ – “All Flowers in Time Bend Towards The Sun” (1995-96) - YouTubeで見れるけど、これはどうしても使用に許可が下りなかったのだそう。
2.11.2026
[film] It's Never Over, Jeff Buckley (2025)
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